なぜNTTデータは介護事業に進出するのか? 「AI時代におけるSIerの役割」を考察:Weekly Memo
AI時代を迎え、SIerはどう変わるのか。その代表格であるNTTデータが介護事業を手掛けるという動きから探る。
NTTデータが介護事業を始めた。SIer(システムインテグレーター)である同社が、なぜ異業種に参入したのか。そこには、従来型のSIerではない新たな役割を追求しようという同社の思惑がある。キーワードは「社会課題の解決」だ。本稿では、SIerの代表格である同社の動きから「SIerの役割はどう変わるのか」について考察したい。
NTTデータが「働く家族介護者」を支援する理由は?
NTTデータと同社の子会社NTTデータ ライフデザイン、東京海上日動火災保険の3社は2025年10月24日、ワーキングケアラー(働く家族介護者)を支援するため、新たな介護事業「ケアラケア」を立ち上げ、サービスの提供を開始した。同日に開かれた発表会見では、NTTデータの鈴木正範氏(代表取締役社長)、NTTデータ ライフデザインの濱口雅史氏(代表取締役社長)、東京海上日動火災保険の城田宏明氏(取締役社長)が説明に立った。
事業内容は、NTTデータが2025年8月5日に設立したNTTデータ ライフデザインが中心となり、「仕事と介護の両立」という企業と従業員双方の喫緊の課題に対し、包括的なソリューションを提供するものだ。
具体的には企業向けに、家族(親)の介護が必要な従業員の実態を把握する調査や、その結果に基づいて企業が従業員個人への診断や個別カウンセリングなど、実効性の高い両立支援施策を提供する。一方、従業員向けには、介護負担を軽減するための伴走型サポートと、家族(親)の自立生活を支えるサービスを一元的に提供することで介護とキャリアの両立を後押しする。
また、東京海上日動火災保険がNTTデータ ライフデザインへ資本参画し、法人顧客向けの販売体制を強化するとともに、東京海上日動ベターライフサービスをはじめとする東京海上グループの介護領域における知見を活用してサービスの高度化・迅速化を図る。
3社は、この事業を通じて介護離職の防止と、従業員の定着・活躍を促す人的資本経営の推進に貢献し、誰もが安心して働き続けられる社会の実現を目指す構えだ。
さらに詳しいサービスの内容については発表資料(注1)をご覧いただくとして、ここではNTTデータがこの新たな事業を始めるに至った思惑に焦点を当てる。
鈴木氏によると、グローバルに事業を展開するNTTデータグループの国内事業会社であるNTTデータは、図1に示すように3つの役割と3つの連携がある。
3つの役割としては、1つ目がNTTデータグループへの「Quality Growth」、2つ目が日本の顧客への「グローバル水準のバリュープロポジション」、3つ目が日本社会へ「デジタルの力で日本を元気に!」と掲げている。また、3つの連携ではNTTグループ会社やNTTデータグループの海外事業会社であるNTT DATA Inc.などとのつながりを挙げている。
その上で、NTTデータの位置付けは「企業、そして社会の『変革パートナー』」と表現した。
鈴木氏は、この「変革パートナー」が従来型のSIerからの役割の変化を表す新たな代名詞だと述べた。どういうことか。同氏は図2を示しながら、「当社はSIerとしてこれまで企業や行政のお客さまに向けてビジネスを展開してきたが、これからはその枠を超えて生活者の課題を解決するために社会システム全体を設計、実装する形に役割を変化させる必要がある」と説明した。
SIerから「変革パートナー」へ、誰もが分かる代名詞は?
鈴木氏はその上で、変革パートナーの大事な要素について、次のように述べた。
「当社はテクノロジーカンパニーというイメージが強いと思うが、テクノロジーのトレンドをしっかりと捉えていくとともに、もう一つ大事なのがビジネスとマーケットのトレンド、すなわち社会のトレンドもしっかりと捉えることだ。そのニーズに対応する形で、テクノロジーを駆使していろいろな変革を推進する。そんな企業になりたいと思っている」(図3)
NTTデータが今回の介護事業を始めたきっかけになったのは、社会課題の解決に向けて新たな社会をデザインする「ソーシャルデザイン」を推進する全社横断組織を2020年10月に設置したことだ。そこで考案された取り組みの一つが、介護事業だ。
鈴木氏はソーシャルデザイン推進組織を設立した背景について、図4を示しながら次のように説明した。
「組織を立ち上げたのは新型コロナウイルス感染拡大の真っ只中で、さまざまな社会課題が顕在化した。特にデジタル化の遅延、データの非連携が目立ち、コロナ禍を契機とした社会変化が起きた。つまりは、社会がデジタルでつながっていないという課題が浮き彫りになった。その課題解決に当社が先頭に立って取り組みたいと考えて組織を設けた」
そして、その理念として「生活者視点でありたい姿を描き、社会課題を解決する」ことを掲げ、「信頼をつむぎ、一人一人の幸せと社会の豊かさを実現する“Smarter Society”」を目指す姿として描いている(図5)。
NTTデータではソーシャルデザインを推進する社会課題として、「ウェルビーイング」「レジリエンス」「地域創生」「モビリティ」「マイナンバー」「こども・教育」の6つを注力するテーマとして挙げている。今回の介護事業はウェルビーイングにおける取り組みとなる(図6)。
鈴木氏は6つのテーマへの取り組みについて、「どれを取っても一つの企業や行政で解決できるような課題ではない。そこで当社としては、生活者視点を軸に、異業種を含む企業や行政機関の連携によるエコシステムを構築し、社会システムとして事業化し実装することでお役に立ちたい」と力を込めた。
今回の介護事業の始動は、まさしく従来型のSIerからの脱却に取り組むNTTデータの意気込みを感じる動きだ。一つ注文をつければ、SIerに代わる新たな代名詞として「変革パートナー」はピンとこない。自社の思いだけを込めた言葉ならいいかもしれないが、同社はSIerの代表格なので、業界全体として使える新たな業態を分かりやすく表した代名詞を打ち出してほしいところだ。
会見の質疑応答でそんな注文をぶつけたところ、鈴木氏は次のように答えた。
「個々のお客さまから要件をお聞きしてシステムを構築するという従来型のSIerの役割はサービスモデルの浸透とともに変わりつつあるが、さらにそれに拍車を掛けるのがAIの台頭だ。今後はAIによって、お客さまはSI(システムインテグレーション)を内製化する形になるだろう。そうした中で、これからのわれわれの役割とは何なのか。単にシステムを構築するということではなく、AIをはじめとした先進のテクノロジーを駆使して、お客さまの業務プロセスをどう最適化するか、ひいては社会の仕組みを生活者視点でどう変えるかといった課題を解決する存在になりたい。それは当社だけでなく、従来のSI業界もそう変わっていかなければいけないだろう。そうした新たな業態を表す代名詞についてもぜひ考えていきたい」
代名詞など大した話ではないとの声も聞くが、「自分たちは何者かを明らかにする」意味で、筆者は非常に大事だと考えている。世の中に通じる言葉で「何をもって何をやりたいのか」。世の中も変わりつつある中で、誰もが分かる代名詞を表すのはなかなか難しい。でもそれこそが、パーパス(存在意義)なのだ。規模の大小に関わらず、どの企業もぜひ考えていただきたい。
(注1)ワーキングケアラー支援事業「ケアラケア」を始動(NTTデータ)
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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