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“クラウド一辺倒時代”はもう終わり? 新たな選択肢「ニューオンプレミス」は検討に値するか「新しい乱世」を生き抜くためのIT羅針盤

多くの企業がクラウド移行を進める中で、大規模障害の発生や利用料の高騰といった「クラウド信仰」を試される事態が発生しています。オンプレミスの良さが見直される中で登場した、「昔のオンプレミスにただ戻るだけじゃない」選択肢は検討に値するのでしょうか。

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この連載について

これまでどの時代でも、時代に適応した者だけが生き残ってきました。

テクノロジーの急速な進化、経済見通しの不透明さ、地政学リスクの顕在化、そして前例なき気候変動――。これまでの経験や常識が通用しにくいこの時代は、まさに「新しい乱世」と言えるでしょう。

今、企業に求められているのは、混迷の中を生き抜いていくために必要な次の一手を見極める力です。

そのための羅針盤となるのが、経営とビジネスを根本から変革し得るエンタープライズITなのです。

本連載では、アイ・ティ・アールの入谷光浩氏(シニア・アナリスト)がエンタープライズITにまつわるテーマについて、その背景を深掘りしつつ全体像を分かりやすく解説します。「新しい乱世」を生き抜くためのITの羅針盤を、入谷氏とともに探っていきましょう。

 ここ十数年、企業ITにおけるクラウドへの移行は、疑うことのない前提として扱われてきました。新規システムはクラウドで構築し、既存システムも可能であればクラウドへ移行する。この一連の判断は合理的であり、技術トレンドとしても王道でしたが、その空気感は次第に「クラウドを選ばないのは時代遅れだ」という圧力を内包し、「クラウド信仰」と呼べる一方向的な流れを形成していました。

なぜ「オンプレミス」に再び関心が集まっているのか?

 しかし、その信仰が静かに揺らぎ始めています。先般、ハイパースケーラーで発生した大規模障害は、クラウドの高可用性を前提としてきた企業にとって、設計思想の再考を迫る出来事となりました。加えてクラウド利用料の高騰や複雑化する料金体系、国外情勢の変化に伴うデータ主権への懸念など、これまで“見て見ぬふり”をしてきた課題が一気に顕在化してきたように見えます。

 アイ・ティ・アール(以下、ITR)が実施した調査結果が、この変化を裏付けています。クラウド(IaaS)上のシステムをオンプレミスへ移行したことがある企業は17%、移行作業を進めている企業は31%となっています。クラウド一辺倒であった時期を思えば、これは「静かな地殻変動」と表現しても大げさではありません。

 では、企業はなぜオンプレミスに再び関心を持つようになっているのでしょうか。

 この問いを考える上で重要なのは、クラウドが当初想定されていた“万能なインフラ”ではなく、それ自体が明確な強みと弱みを持つ選択肢であるという事実です。クラウドを前提に進んできた企業も、運用の成熟とともにその構造的な特徴に気づき始めています。

予測できないクラウドコスト

 クラウドの大きな利点は、初期投資を抑えつつ、開発と展開のスピードを大幅に向上させる点にありました。しかし、利用が拡大するにつれて、多くの企業が「思ったよりも安くない」という現実に直面します。クラウドは利用した分だけ支払う従量課金型であるため、アプリケーションの増加やデータ量の肥大化が、そのままコストの増加につながります。

 しかも、料金体系は非常に複雑です。ストレージ階層の選択やインスタンス購入の最適化、リージョンの使い分け、データ転送量の抑制など、コストを管理するには高度な専門性が求められます。これは、クラウドが、使い続けるほどコストが安くなるような仕組みではなく、むしろ継続的な工夫と運用改善を必要とするインフラであるということです。

 その結果として、クラウド利用が一定規模を超えるとコストの予測性が低下し、経営層が意思決定しにくい状況に陥るケースも増えています。ITRの調査では、クラウド(IaaS)の支出が、期初の予算を超過した企業が60%にのぼるという結果も明らかになっています。利用量の増加だけでなく、予算管理の難易度そのものが高まっている現状は、クラウドコストがIT課題、ひいては経営課題としても無視できなくなっている段階に来ているのではないでしょうか。

データ主権とガバナンスが問いただされる時代へ

 もう一つの大きな要因が、データ主権とガバナンスへの関心の高まりです。データ主権とは、企業が扱うデータについて「どの国の法律が適用されるのか」「どこに保存され、誰がアクセスできるのか」を自ら明確にコントロールできる状態を意味します。本来、企業が保有するデータは企業自身が主体となって管理するべき資産ですが、クラウドの利用が広がるにつれて、データが置かれる場所や法律の適用範囲が企業の直接的な管理から離れやすくなるという問題が浮かび上がっています。特に近年は、国際情勢の不安定化や規制強化を背景に、企業が保持するデータの所在や管理権限が、事業継続リスクと直結するようになりました。

 クラウドサービスは可視化ツールやリージョン選択の自由度を高めるなど、透明性の向上に努めています。しかし、物理的なデータの所在が国外を経由し得る点や、事業者側の運用方針に依存する部分が残る以上、クラウドに配置した途端に、想定すべきリスクの幅が大きく広がる企業も少なくありません。

 オンプレミスであれば、データの保管場所やアクセス権限、バックアップ運用など、あらゆる要素を自社内で設計し制御できます。例えば、金融機関のように顧客データが厳格に管理される業種ではログデータや取引データを国外に移転できないケースがあり、規制対応のためにオンプレミスでのデータ管理を維持する事例が見られます。データの扱いに対して自社がどこまで主導権を持つべきかという点は、業界固有の要件や規制とも密接に結びついており、オンプレミスを選択肢として再評価する動きを後押ししています。

レジリエンス確保と復旧を“自ら握る”ことの重要性

 レジリエンス、すなわち障害発生時の耐性と復旧能力もオンプレミスが再評価される大きな理由です。クラウドは高い可用性を前提に設計されていますが、それでも障害は避けられません。障害時の対応プロセスや情報開示のタイミングはクラウド事業者に依存するため、ユーザー企業が復旧の主導権を握れない場面が多々あります。特に、どこまで障害が波及しているのかが見えづらい場合、事業継続に対する不安が増大します。

 これに対しオンプレミス環境では冗長構成やバックアップ方式、復旧手順を全て自社で設計し、障害発生時に即応できます。例えば基幹系システムをオンプレミスで運用している企業では、ストレージの多重化やネットワーク経路の二重化を自社要件に合わせて細かく設計し、障害発生時にどの構成に自動的に切り替えするかを自ら定義できます。

 ある製造業事業者は工場の制御サーバをオンプレミスで冗長化することで、ネットワーク障害が起きても生産ラインを止めずに復旧作業を進められる体制を構築しています。

 このように、障害時の影響範囲を自社の判断で細かく制御できる点は、オンプレミスならではの強みといえます。復旧のコントロール性が高いという点は、サイバー攻撃の増加やBCPの重要性が高まる中で、企業にとって非常に強い安心材料となります。

「ニューオンプレミス」の台頭

 オンプレミス回帰というと、クラウド時代以前に戻るという印象を持つかもしれません。しかし実際には、オンプレミスは全く別の姿へと進化し、新たな価値を備えたニューオンプレミスとして再定義されつつあります。

 近年の特徴的な変化の一つが、オンプレミス環境にクラウドの俊敏性や運用効率を取り込む動きです。「HPE GreenLake」や「Dell APEX」のような従量課金型のオンプレミスインフラはその代表例で、必要なリソースを必要なタイミングで拡張できる柔軟性を備えています。さらにコンテナプラットフォームも実装されており、クラウドと同様にアプリケーション基盤を標準化しながら高い可搬性と運用自動化を実現できるようになっています。クラウドのようにスケールアウトできる一方で、データ主権やレイテンシ要件といったオンプレミスならではの強みも維持することができます。

 また、HCI(ハイパーコンバージドインフラ)も、単なる仮想化基盤からクラウド連携を前提としたプラットフォームへと進化し、ストレージやネットワークを含むリソース管理を自動化することで運用効率を大幅に高めています。さらに、オンプレミスとクラウドを統合的に管理するソフトウェアも実装され、ハイブリッドクラウド技術も成熟しつつあります。CPUやメモリ、ストレージ、ネットワークといった構成要素をワークロードに応じて柔軟に最適化しながら、分散と統合のどちらにも対応できる高い自由度と効率性が備わっています。

 ニューオンプレミスは、クラウドの俊敏性とオンプレミスのコントロール性を融合させることで従来のオンプレミス像を大きく刷新し、その価値を再び押し上げています。クラウドの登場で取り残されつつあったオンプレミスですが、新たな進化を背景に有力な選択肢として再浮上してきています。

今回のまとめ:自らが判断して最適な選択を

 クラウドは間違いなくこれからも有力な選択肢であり続けます。しかし、クラウドとオンプレミスのどちらか一方を“信仰”する時代は終わりを迎えているのではないでしょうか。重要なのは、クラウドの俊敏性や豊富なサービス群、オンプレミスのコントロール性やレジリエンスといった特性を正しく理解し、ワークロードごとに最適な配置を設計することです。

 これまでクラウド一辺倒で進めてきた企業であっても、オンプレミスを選択肢に戻すことは決して後退ではないと筆者は考えます。むしろ、クラウドが成熟した今だからこそ、改めて両者を並列に比較する局面に来ているのではないでしょうか。

 さらに、ITインフラのビジネスモデルが多様化し、AI基盤の重要性が急速に高まる中で、自社がどのようなデジタル戦略を描くのかによって最適なインフラ構成は大きく変わります。これからの企業には、短期的な効率性だけでなく、中長期の競争力を見据えた視点で判断することがこれまで以上に求められています。

 他社の事例やベンダーの宣伝文句など周囲の声に流されることなく、自社のビジネス要件に基づいて戦略的に判断する姿勢こそが、これからのITインフラ戦略の鍵になるでしょう。

筆者紹介:入谷光浩(アイ・ティ・アール シニア・アナリスト)

IT業界のアナリストとして20年以上の経験を有する。グローバルITリサーチ・コンサルティング会社において15年間アナリストとして従事、クラウドサービスとソフトウェアに関する市場調査責任者を務め、ベンダーやユーザー企業に対する多数のコンサルティングにも従事した。また、複数の外資系ITベンダーにおいて、事業戦略の推進、新規事業計画の立案、競合分析に携わった経験を有する。2023年よりITRのアナリストとして、クラウド・コンピューティング、ITインフラストラクチャ、システム運用管理、開発プラットフォーム、セキュリティ、サステナビリティ情報管理の領域において、市場・技術動向に関する調査とレポートの執筆、ユーザー企業に対するアドバイザリーとコンサルティング、ベンダーのビジネス・製品戦略支援を行っている。イベントやセミナーでの講演、メディアへの記事寄稿の実績多数。

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