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「SaaSの死」論議の本質はどこにあるか? Salesforceの取り組みから探るWeekly Memo

AIがSaaSに取って代わるとの見方から「SaaSの死」の論議が大きな波紋を呼んでいる。だが、その本質は「AIがSaaSに取って代わる」とは違うところにあるのではないか。SaaSベンダーの代表格であるSalesforceの取り組みから探る。

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 「SaaSの死」――生成AIおよびAIエージェントがSaaS(Software as a Service)に取って代わるとの見方から、SaaSベンダーの株価が軒並み下落し、大きな波紋を呼んでいる。だが、現実に生成AIおよびAIエージェントがSaaSに取って代わり得るのか。この論議の本質はどこにあるのか。SaaSベンダーの代表格であるSalesforceの取り組みから探る。

AIエージェント活用に注力するSalesforceの最新の取り組み

 「当社は1年半前にAIエージェントの可能性を訴え、いち早くソリューションをお届けしてきた。当社が掲げる『エージェンティックエンタープライズ』の実現に向けた革新は今、多くのお客さまで進みつつある」

 米Salesforceの日本法人セールスフォース・ジャパンの三戸篤氏(専務執行役員 製品統括本部 統括本部長)は、同社が2026年2月18日に開催したAIエージェント関連事業の記者説明会で、こう切り出した。


セールスフォース・ジャパンの三戸篤氏(専務執行役員 製品統括本部 統括本部長)(筆者撮影)

 同社によると、エージェンティックエンタープライズとは「人とAIエージェントが協働し、人の可能性を拡大する新しい働き方」とのことだ。この環境は、単なるAIによる自動化にとどまらず、AIエージェントが人の可能性を最大限に引き出し、働く人の思考や感性、判断といった能力の拡張を伴う次世代の企業像をも意味しているという。

 その具体的なソリューション体系が、図1に示した「Agentforce 360」(以下、Agentforce)である。


図1 Agentforce 360の全体像(出典:セールスフォース・ジャパンの説明資料)

 三戸氏によると、グローバルでのAgentforceの契約社数は同社の2026年度第3四半期(2025年8〜10月)終了時点で1万8500社を超え、同第2四半期(同7〜9月)終了時点から50%増加。「自社開発製品として史上最速の成長を果たした」という。これが同氏の冒頭の発言の根拠となっている。ちなみに、同社の同第4四半期(2025年11月〜2026年1月)の決算発表日は明日(2月25日)なので、この数字の伸びと業績の推移が注目される(図2)。


図2 Agentforceの実績(出典:セールスフォース・ジャパンの説明資料)

 また、同氏は直近のユーザーの声に基づいて、AIエージェントの活用における課題とその対策について述べた。ユーザー企業にとって参考になりそうな内容だったので、以下に紹介しておこう。

 まず、AIエージェントの活用において本番環境に至る課題として、「不十分なデータ・データ品質」「AIエージェントの動作が不安定」「複雑な業務に最初から取り組む」「分断されたIT部門とビジネス部門」の4つを挙げた(図3)。


図3 AIエージェント本番環境に至る課題(出典:セールスフォース・ジャパンの説明資料)

 そして、これらの課題に対し、「テクノロジーの進化」および「プロジェクトの取り組み方」の2つの観点から、AIエージェントを実務で活用するためのベストプラクティスを挙げた(図4)。


図4 図3の課題への対策(出典:セールスフォース・ジャパンの説明資料)

 筆者がこの話を聞いて感じたのは、AIエージェント活用におけるユーザーの声として、テクノロジーもさることながらプロジェクトの取り組み方に対する問い合わせが今後増えるのではないかということだ。AIエージェントの活用は、これまでのITやDX(デジタルトランスフォーメーション)のプロジェクトと全く違う発想が必要ではないか。このテーマについてはさらに取材を進めて、また別の機会に取り上げたい。

 なお、セールスフォース・ジャパンでは今回の会見でAgentforceの強化として、AIエージェントの挙動をより精密に定義し、制御を可能にするAgentforceのための新しい言語「Agent Script」と、新たなビルダーツール「Agentforce Builder」を日本市場で提供開始したことを発表した。

AIエージェント活用のビジネスモデルに注目せよ

 さて、本題に入ろう。生成AIおよびAIエージェントはSaaSに取って代わるのか。

 実は、既に多くのSaaSベンダーが、生成AIおよびAIエージェントを自社のサービスに組み入れている。これまで最新の動きを紹介してきたSalesforceは、とりわけAIエージェントの活用にいち早く乗り出し、先に述べたエージェンティックエンタープライズというコンセプトを打ち出して、むしろ「SaaSの進化」を訴求しているとも見て取れる。

 そこで、会見の質疑応答で「Salesforceは今回の説明にもあったように、SaaSからいち早くAIエージェント活用を前面に打ち出してAgentforceの顧客も増えている。なのに“SaaSの死”の代表格として株価が下落し続けているのは、現時点での活動が市場に理解されていないからではないか。この点について、どう見ているか」と聞いてみた。これに対し、三戸氏は次のように答えた。

 「まず前提として申し上げておきたいのは、SaaS自体も業務アプリケーションとして進化するということだ。その上で、“SaaSの死”の論議については2つの観点からお話ししたい。一つはテクノロジーの観点で、生成AIやAIエージェントの基盤となるLLM(大規模言語モデル)を企業の業務に適用するためには、それに必要なデータはもちろん、ワークフローをはじめとした業務の仕組みをLLMに学習させなければならない。それを教えられるのはSaaSだけだ。従って、AIがSaaSに取って代わるのではなく、AIはSaaSを基盤として活動する形になるだろう」

 「もう一つは、ビジネスモデルの観点だ。先にもお話しした通り、当社のAgentforceは多くのお客さまに利用されており、AIエージェント利用のために用意した3つのモデルから選べる課金形態も受け入れられつつあると認識している。ただ、市場からはこのAIエージェントの課金形態が定着していないのではないかとの見方もあり、AIエージェント活用を積極的に進めている当社などのSaaSベンダーへの理解がいただけていないのかもしれない。とはいえ、実績は着実に上がりつつあるので、中長期的には必ず理解いただけると確信している」

 三戸氏の上記の発言で特に注目すべきは、ビジネスモデルの話だ。すなわち、「SaaSの死」論議の本質は、AIが業務処理としてSaaSに取って代わるのではなく、SaaSベンダーなどが取り組むAIエージェントの利用における課金形態が定着していない、要はビジネスモデルとして確立していないところにあるのではないか。

 ちなみに、SalesforceではAgentforceの価格体系として「会話単位の従量課金」「アクション単位のフレックスクレジット」「利用者単位の月額料金」の3つを選択できるようにしており、日本法人でもこれからの価格を自社サイトに明示している。中でもフレックスクレジットとは「AIエージェントが生み出すビジネス価値に合わせてコストを調整するAgentforceの新しい支払い方法」とのことで、同社としても新しい試みだ。

 さらに、AIエージェントが生み出すビジネス価値という観点では、別のSaaSベンダーから「価値に対して対価を支払う、雇用形態のような課金形態もあり得るかもしれない」とも聞いた。いわば、AIエージェントを「能力給」で採用するという考え方だ。

 このビジネスモデルについては、SaaSベンダーが自らの業務アプリケーションに組み込むだけなら、従来のサブスクリプション(定額料金)の範囲で対応できる。しかし、これから企業の業務全体の仕組みがマルチベンダー・マルチタスクのAIエージェントをオーケストレーションさせながらマネジメントする「エージェンティックAI」の利用環境になる中で、どのように確立されるか、明確になっていないのだ。このエージェンティックAIとは、Salesfoeceが言うエージェンティックエンタープライズのことでもある。

 こうしたことから、先ほど述べたように「SaaSの死」論議の本質は「AIエージェント活用のビジネスモデルが確立していないことにある」というのが、筆者の見方だ。

 三戸氏は会見後の筆者との立ち話で、「AIエージェント活用のビジネスモデルが明確になれば、それに取り組むSaaSベンダーの株価も上昇に転じるのではないか」とも話した。

 「SaaSの死」論議に惑わされることなく、市場の推移を注視したい。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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