東大とNECを「AI分野での産学協創協定締結」に突き動かしたものとは:Weekly Memo
東京大学とNECが「信頼できるAI」を目指して産学協創協定を締結した。強力なタッグだが、難しいテーマに向けて果たして世の中に大きなインパクトをもたらすことができるか。
東京大学とNECが「人とAIが豊かに共生する信頼社会の実現」に向けて産学協創協定を締結した。両者をこう突き動かしたものは何なのか。強力なタッグだが、難しいテーマに向けて果たして世の中に大きなインパクトをもたらすことができるのか。発表会見の質疑応答でそう斬り込んだ筆者の質問に対する回答が印象的だったので、今回はこの話題を取り上げたい。
東京大学とNECが結んだ「産学協創協定」の中身とは
東京大学とNECは2026年3月17日、「AIと共生する未来の協奏−信頼ある社会実装に向けて−」をビジョンに掲げ、人とAIが豊かに共生する信頼社会の実現に向けて産学協創協定を締結し、「NEC東大ラボ」を設置すると発表した。同日、東京大学内で開かれた発表会見には、東京大学から藤井輝夫氏(総長)、津田敦氏(理事・副学長)、森川博之氏(大学院工学系研究科 教授)、NECから森田隆之氏(取締役 代表執行役社長 兼 CEO)、西原基夫氏(執行役Corporate EVP 兼 CTO)が登壇した。
新たに発足するNEC東大ラボは、同協定に基づく共同活動の実行母体として、「多様なステークホルダーによる議論の場での“問い”の探究」「社会連携講座での社会実装に向けた活動」「AIと共生する信頼社会の実現をけん引する人材の育成」といった3つの取り組みを一体で推進する。
本協定は、「ソートリーダーシップ」活動を通じたAIネイティブ社会の構想策定の段階から社会実装に至るまでを一貫して推進するもので、両者は技術開発にとどまらず、社会実装のために必要な法改正、倫理・社会規範の形成、文理横断型の研究の深化など多様な観点から取り組むという。これらを通じて両者は、AIネイティブ社会における安全・安心を基盤とした新しい社会像を確立し、持続可能な未来社会の実現に貢献していくとしている。なお、ソートリーダーシップとは、特定の分野において深い専門知識と独自の洞察を持って議論や方向性をリードし、未来のビジョンや課題解決の方向性を示すことを指す。(図1)
会見の冒頭、藤井氏は「これからAIと共に歩んでいくインテリジェンス時代は、人と自然と社会の関係を根本から問い直す必要がある。その中で、大学としても社会との連携を一層強化していくことが重要だと感じている。その意味で、AI事業を積極的に進めておられるNECと協創することにより、AIネイティブ社会を巡る議論や交流をリードしていきたい」と意欲を述べた。
続いて、森田氏も「AIが社会の前提を変える今、日本の成長と産業競争力につなげるには、技術だけでなく、信頼性、社会受容性、ガバナンスを備えた社会実装が不可欠だ。東京大学の多様な知とNECの実装力を掛け合わせ、“信頼できるAI”の定着と、その実践知の世界への還元を進めていきたい」と応じた。
NEC東大ラボが推進する3つの取り組みのポイントは、次の通りだ。(図2)
1つ目の「多様なステークホルダーによる議論の場での“問い”の探究」については、産業界のリーダーや倫理学者、法制度の専門家など多様なステークホルダーが集まり議論する場を設け、東京大学とNECの知を融合することで、さまざまな視点からAIとの共生をテーマに「問い」を探求する。この活動を通じて社会全体を俯瞰しながら、日本と世界の未来像と解決すべき重要な社会課題を提言として社会に発信するとともに、社会連携講座での研究や人材育成に還元し、社会実装へとつなげる。
2つ目の「社会連携講座での社会実装に向けた活動」については、人とAIが共生する未来社会のデザインと、技術の社会実装を担う社会連携講座を開設する。データやAIを基盤とするデジタル空間と人々が暮らす物理空間の境界は次第に薄れており、近い将来、両者が一体化してあたかも同一の空間に存在するかのような社会の実現が見込まれる。その一例として、AIエージェントが経済活動の主体となるエージェント経済圏の勃興が挙げられる。こうした新たな社会・経済システムを健全に実現するためには、技術のみならず、社会システム、倫理、法制度が複合的・有機的に進化していくことが不可欠となる。そこでNECは、複数のAIエージェント間で最適な合意形成を行う独自技術「自動交渉AI」を、エージェント経済圏を支える重要な技術と位置付け、その技術の高度化とともに、あるべき社会システムや倫理、法制度の在り方について東京大学と検討し、社会実装を推進する。
3つ目の「AIと共生する信頼社会の実現をけん引する人材の育成」については、AIと共生する信頼社会の実現をけん引する人材の育成に取り組む。この一環として、東京大学が新学部として設立を目指している「UTokyo College of Design」において、長期インターンシップやデザイン教育プログラムなどを通じた次世代リーダーの育成に参画する予定だ。また、学生や両者の研究者が相互に行き来する機動的な人材交流を推進。これにより、有機的な連携を一層強化し、問いの探究から社会実装までの取り組みをさらに加速させる。
突き動かした「アジアから信頼できるAIをどう広げていくか」
とりわけ、2つ目の取り組みにおいて、NEC東大ラボでは上記のポイントの説明でも取り上げたAIエージェント経済圏の健全な形成に先行テーマとして取り上げる。この点について説明した森川氏によると、AIエージェントはこれから図3に示すように、「ツールのエージェント化」「組織内エージェントの協調稼働」「組織外エージェントと交渉・調整」といった段階を踏んで進展していくとの見方に基づき、「東京大学の中立なネットワークを活用した業界横断の取り組みでAIエージェント同士が協調、連携し、人間だけでなくAIも経済主体になる世界を実現していきたい」と述べた。
ただし、そうしたAIエージェントの経済圏の社会実装に向けて不可欠なのが、今回のキーワードである「信頼」だ。森川氏は図4を示しながら、「技術開発だけでなく、実運用上の課題を早期に解決することが重要だ。そのために、NEC東大ラボではユースケースの開発、共通ルールと信頼の基盤づくりに重点を置いて活動していく」と説明した。
あらためて、冒頭で紹介したNEC東大ラボが掲げるビジョンは、非常に重要だが難しいチャレンジになる。両者による強力なタッグのもとで両者の多様なネットワークを活用する取り組みには期待したいが、果たして本当に世の中にインパクトをもたらすことができるのか。例えば、先行テーマに挙げるAIエージェントについてはすでに有力なプレーヤーがグローバルで実績を上げつつある。そうしたプレーヤーを巻き込んでいく必要があるのではないか。そんな疑問が頭に浮かんできたので、会見の質疑応答で聞いてみた。すると、NECの森田氏は次のように答えた。
「この活動のネットワークやエコシステムをこれから大きく広げていくためにも、この活動によって目指すべきものは何で、そのためにどんな議論をどういう人たちとやるのかをまず明確にすることが重要だと考えている。そこで、人とAIが豊かに共生する信頼社会の実現に向けて、産学において日本を代表するこの分野のプレーヤーが自由闊達に議論する場を設けたいというというのが、NEC東大ラボの主旨だ。AIの技術開発やサービス展開においては米国や中国のプレーヤーがグローバルで先行しているイメージがあり、このまま行くとAIの選択肢が限られてしまいかねない。そうした声は日本だけでなく、アジアの国々からも強く聞こえてくるようになってきた。むしろその点では、アジア諸国は日本に期待する声が高まっているというのが、私の実感だ。今回の活動にはそうした背景もある」
また、東京大学の藤井氏も「東京大学でもアジア諸国の大学とさまざまな活動を行っており、森田社長の話と同様に、AI分野においての日本への期待を耳にしている。アジアから信頼できるAIをどのように広げていけばいいのか。そこを起点にグローバルな活動へと広げていければ。NEC東大ラボはそのための場として、大いに活用していただきたい」と語った。
両氏の話でNEC東大ラボの設置を突き動かした意図がお分かりいただけただろう。それもさることながら、印象的だったのは森田氏も藤井氏も話しながらボルテージが上がっていったことだ。筆者はこの会見でひな壇の真正面に座っていたので、肌で感じることができた。とりわけ、「本当に世の中にインパクトをもたらすことができるのか」とストレートに聞いたことが、ボルテージのアップにつながったようだ。
とはいえ、このような活動を成功へ導く第一条件は、そうした「熱意」だ。重ねて言うが、非常に重要で難しいテーマである。それだけに、ぜひとも目に見える形での世の中へのインパクトに期待したい。
著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功
フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。
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