AIを「人と同じ基準」で管理せよ アトラシアン製品開発トップが語る、AIネイティブ組織へのロードマップ
アトラシアンはAIの精度を高める「ビジネスコンテキスト」を武器にした新戦略を発表。日本企業が直面する部門のサイロ化やセキュリティの懸念を乗り越え、「AIネイティブ組織」へ変革するための現実的な道筋を示した。
Atlassian(以下、アトラシアン)が日本で開催した年次イベントで、企業がAIネイティブな組織へ移行するための新たなナレッジプラットフォームと、進化したAIツールを発表した。同社が差別化要因として掲げる、AIに必要なビジネスの「コンテキスト」(文脈)とは何か。
本稿では、イベントで明かされた同社の戦略をレポートするとともに、製品開発責任者へのインタビューを交え、日本企業が部門のサイロ化やリスクへの懸念を乗り越えてAIネイティブな組織へ変革するためのアプローチを示す。
AIエージェントのプロジェクトは、大半が失敗する?
豪州発のエンタープライズソフトウェア企業アトラシアンは、2026年6月中旬、都内で年次カンファレンス「ATLASSIAN Team on Tour Tokyo 2026」を開催した。
同社はソフトウェア開発者向けのタスク、ワークフローの管理ツールからスタートし、一般業務のプロセス管理や議事録ツールなどに対象を拡大してきた。今回のイベントでは、企業の「AIネイティブな組織への変革」をコンセプトに、幅広いビジネス領域でAIの力を引き出すプラットフォームの提供と、その上で動くツール群の進化を発表した。
今回の発表について、アトラシアン日本法人マーケティング統括マネジャーの朝岡絵里子氏は、基調講演後の記者会見で次のように説明する。
「企業はAIネイティブな組織に急速に移行している。当社は、AIが仕事の中に入ってきたというよりも、人以外の労働力が入ってきたとみている。これからは、AIエージェントは実行のプロセスを担当し、人は人にしかできないことへシフトしていかなければいけない」
同社が事業領域を拡大する背景には、企業におけるAIエージェント導入の急拡大がある。エージェントが複数の組織間の業務を連携し、自動化が一気に進むことが期待されている。IT調査会社ガートナーは、2028年までにエンタープライズソフトウェアの3分の1がエージェント型AIを組み込むと予測しているが、同時にエージェント間の調整の複雑さが原因で、これらのプロジェクトの大半が失敗するという警告も発している。
それはなぜか。「専門性に特化した複数のAIエージェント同士が連携しながら1つのタスクを実行していくマルチエージェントの時代がやってくる。そうすると、エージェント間の調整が非常に難しくなるからだ」と朝岡氏は説明する。
マルチエージェントによる自動化を有効に機能させるには、ビジネスの「コンテキスト」をAIエージェントが理解することが不可欠だというのが同社の主張だ。
積み上がった「コンテキスト」がAIを駆動する
コンテキストの重要性について、朝岡氏はより詳しく説明する。
AIエージェントは複数の業務プロセスを自動接続し、自動化を一気に進めることが期待される。だが、単に各プロセスのアウトプットをつなぐだけでは、AIが類推する余地が多く残り、結果的に精度の低下やハルシネーションを引き起こす可能性が高まる。
それを回避するため、仕事を進める上で立てた目標や、誰が何に取り組み、誰の仕事に依存し合っているか、といったコンテキスト情報を提供することが重要だという。
アトラシアンはこれまで提供してきたツール群で、これらのコンテキストに関する情報を蓄積してきた。それを提供することでAIエージェントの精度を高めようとしている。
「他社のアプローチは、メールやチャット、議事録などの散らばった断片を後から集めて、テキストの類似性から関係性を推論し、文脈を構築しようとしている。アトラシアンのアプローチは逆であり、仕事を進めれば進めるほど、構造化された関係性が複利的に積み上がる」
アトラシアンは、製品の提供を通じて20年以上ビジネスコンテキストの体系化に取り込んできた。例えば、業務をステータスごとの単位で管理し、ワークフローで遷移させ、誰が何をしたかを記録する「Jira」の仕組みは、マルチエージェントのオーケストレーションに必要な要件と構造的に一致するという。
「Jiraはこれまで人のためのワークフローツールだった。これからは、AIエージェントのための管制塔、コントロールプレーンになり得る」
ナレッジグラフから汎用AIが必要な情報を取り出す
この戦略の下で展開する製品の説明もされた。同社の製品にはJiraと同じくタスク管理の「Trello」、業務手順やナレッジ共有ツールの「Confluence」などがあり、これらを「Teamwork Graph」と呼ぶプラットフォームに統合している。
その上で、Teamwork Graphに蓄積された社内ナレッジと、外部の高度なAIモデルを掛け合わせて活用できる「Atlassian Rovo」を開発した。Rovoは、社内外のデータを横断して検索、要約するだけでなく、ユーザーの質問やタスクに応じて最適なAIエージェントを使い分けられる。
Rovoを活用することで業務別の自動化アプリケーションが構築できる。一例として、F-1のウィリアムズチームでは、膨大な数に上るパーツ情報とTeamwork Graphを連携させ、マシンの改善計画を効率化に進めているという。
朝岡氏に続いて記者会見に登壇した、同社エグゼクティブプロダクトマーケティングストラテジストである渡辺隆氏も、事例を交えてコンテキストの重要性を説明した。
「ビジネス目標に対して、なぜその判断をしたのかという意思決定のポイントは、会議やチャットの中にある。例えば、営業において特別な値引きをするという情報はCRMには入っておらず、『Microsoft Teams』のチャット履歴や会議のスクリプトにある。これらの関連性も含めて、全て取り込んでいるのがTeamwork Graphの強みだ。仕事で起きていること、必要なことをAIがつなぎ合わせ、その履歴を短時間でまとめられるのが、アトラシアンが提供するコンテキストの本質だ」
部門のサイロを突破するためのAI導入法とは
本イベントの基調講演にも登壇した、アトラシアン製品開発責任者のレイ・ウォン氏にも個別取材を実施した。日本企業が直面するAI対応の課題について意見を聞いた。
アトラシアンが提唱するAIネイティブな組織になるためには、社内のデータやナレッジを、部門を超えて共有しなければいけない。だが、特に日本企業の場合、過去から進めてきた部門最適の考え方が根強く、情報の分断が起きている。
トップダウンで一気に進める企業もあるが、製造業など現場の強い業種では、変革が進まない場合も多い。そうした組織が、データ統合を進めていくにはどのようなアプローチが有効なのか。ウォン氏はこう答える。
「ある米国の金融機関では、それまでのセキュリティ基準を維持したまま、イノベーションを起こしたいと考えていた。そこでまず、使い古された古いシステムの安全データセットを使った小さなパイロット(PoC)を作り、運用を始めるアプローチを採った。その投資対効果(ROI)をCIO(最高情報責任者)が確認し、全社へ展開するプロセスが有効だった」
アトラシアンは、既にJiraなど同社の製品を導入している企業に、新機能であるRovoを追加することで得られるナレッジ活用とAIへの効果を試すことを推進している。また、全く製品を導入していない企業に対しては、企業に応じて複数のプロダクトを提案しながら、どの組み合わせのROIが高いかを丁寧に検証することで、現場および経営層の理解を得ていくことが重要だと話す。
AIも人と同じ基準で管理する
一方、企業のIT部門も、AIに過剰な権限を渡すことへのリスクを気にしており、結果的にAIの導入に慎重になる場合が多く、この懸念を払拭することも必要だ。
ウォン氏は、「AIによって全く新しいことを実現しようと考えず、まずはこれまでワークしていた機能を、AIで実現する仕組みを作ることを推奨している。同時に、AIエージェントにも人と同様のアカウントを持たせることで、どのように活動しているのかを個別にダッシュボードで確認できる。人と同じ基準でAIを管理、監督できる体制を整えることも重要だ」と説明する。
このような運用面の体制構築の前提として、同社は基盤となるデータのセキュリティや権限管理について、多層的なデータ保護を施し、日本政府のクラウドサービスセキュリティ認定制度である「ISMAP」の登録も進めている。
また、AIネイティブな組織では、人とAIが役割分担をして業務に当たることになる。その際、AIが進める業務は人の管理下に置いて、要所を人がチェックする、いわゆる「ヒューマンインザループ」のプロセスを整備することが求められるとウォン氏は語る。
「現時点のAIは、まだ人がしっかり監視することが必要なフェーズだとみている。参考になるのは、自動化が進んだ工場の製造ラインだ。無人化が進んだとはいえ、要所で人のチェックが入っている。ビジネスプロセスにおけるAIの扱いも、同様に人の目が届くようにしなければいけない」
ウォン氏は最後に、同社のAIビジネス展開と日本企業に対する期待を、次のように語った。
「AIの世界はまだ発展途上であり、早期に参入することで、そこに影響を与えることができる。安全性などを厳格に守ってきた日本企業の知見が、AI時代に生かされる機会は非常に多い。アトラシアンも、日本のお客さまとの対話を通じて、日本の視点も採り入れたグローバルプラットフォームを作っていきたい」
AIの進化によって、ソフトウェアの開発コストは劇的に下がり、各ベンダーは新たな付加価値の提供を模索している。アトラシアンは、これまで培ったビジネスプロセスとナレッジのデータ資産を武器に、コンテキストというテーマを打ち出した。AIネイティブな組織への移行を、仕事のつながりから支援することで、独自のポジションを築こうとしていることが見えたイベントだった。
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