「データ品質に問題あり」から「予測精度95%」へ Umiosは販売計画をどう自動化した?:AWS Summit Japan 2026
Umios(旧マルハニチロ)は、年間約4200時間を費やしていた販売計画作成を自動化した。全国の支社で入力の運用ルールがバラバラといった「データの品質」問題をどう解消し、予測精度95%を実現したのか。
AIによる自動化に取り組む上では「どのAIモデルを選ぶか」「どの業務を自動化対象とするか」に注目が集まりがちだ。しかし、「どの程度の精度を“合格”とするかの事前の合意形成」や「確実に自動化するための運用」を実現できなければ、自動化計画は“絵に描いた餅”になってしまう。
本稿では食品メーカー大手のUmios(旧マルハニチロ)が、これまで担当者の勘や経験に頼って作成してきた販売計画の自動化を実現した背景に迫る。同社の販売計画作成業務では、予測精度の限界の他、全国の営業担当者が得意先から得た情報を手入力する手間も課題になっていた。入力ルールの運用が支社ごとに異なるために、データの品質に問題があることも発覚した。
Umiosはこれらの課題を解決し、需要予測の精度95%を実現した。同社のDX推進部はこのためにどのような“打ち手”を採ったのか。
約4200時間を削減 販売計画自動化プロジェクトの「3つの方針」
食品メーカーにとって、販売計画は生産計画の前提になる。Umiosは過去の出荷実績や季節性、営業担当者から五月雨式に上がる特売や新規獲得、失注見込みなどの販売増減情報を基に、各支社の計画策定担当者が商品ごとに数カ月先の販売数量を予測していた。
業務用カテゴリーだけでも商品数は600品目を超え、手作業による計画策定は担当者に大きな負荷がかかっていた。さらに、個人の経験や勘に頼る予測精度には限界があった。
そこで業務の棚卸しをした結果、業務用カテゴリーだけでも計画策定に年間約2500時間、欠品や過剰在庫の対応に年間約1700時間、合計約4200時間もの時間を費やしていることが判明した。
この状況を打破するため、同社は次の3つの方針を掲げ、販売計画自動化プロジェクトを始動させた。
- 精度向上よりも工数削減を第一優先とする
- 営業現場の作業の最小化を目指す
- AIで何ができるかではなく、理想の姿にどうAIを活用するかを重視する
同プロジェクトはまず、社内生成AIによる予測検証からスタートした。2025年12月にAWS(Amazon Web Services)から時系列基盤モデル「Chronos-2」の提案を受け、2026年2月に予測検証を本格化させた。現場に即した運用設計を重ね、2026年6月に同モデルを使った自動予測システムの本格稼働を開始した。
3つの課題と現場主導の“打ち手”
Umiosの大木優子氏(DX推進部 営業デジタルマーケティング推進課)によると、販売計画予測の業務フローを棚卸しした結果、以下の3ステップで実施されていることが判明した。
- 営業担当者が、自身の得意先の販売増減情報をキャッチして、都度表計算ソフト「Excel」などに反映する
- 計画策定担当者が、販売増減情報などを踏まえて商品・倉庫別に月の販売計画を策定する
- 事業部が、販売計画を基に生産計画を策定する
このプロセスを精査する過程で、「販売増減情報の入力が徹底されていない」「入力の精度が担当者の経験や勘に依存している」「3カ月先を予測しなければならない」という3つの課題が判明した、と大木氏は明かす。
具体的には、全国の支社や拠点で入力の運用ルールが統一されておらず、入力漏れが頻発し、自動予測の前提となる「データ品質」が確保されていなかった。また、欠品を恐れる心理から、営業担当者は過剰に予測を立てがちで、これが過剰在庫を引き起こす要因となっていた。加えて、計画から生産・納品までにリードタイムが発生するため、特に海外工場で生産する商品は約3カ月先の需要を的中させなければならない難しさがあった。
プロジェクトチームは課題ごとに解決策を講じた。入力不徹底に対しては、従来の「Microsoft Excel」(以下、Excel)管理を廃止し、新たに「簡易入力アプリ」を作成して運用の徹底を図った。残る2つの課題に対しては、Chronos-2の導入が突破口となった。
「Chronos-2の導入によって、現行運用を変えないまま経験依存から脱却し、ロジカルに予測値を算出できるようになりました。最新の予測値を日次で更新することで、計画との乖離(かいり)をスピーディーにキャッチし、BIツールで可視化できるようになりました」(大木氏)
同社は業務フローを、自動算出した予測値を毎月20日に計画システムに反映し、支社担当者が確認、確定する流れに変えた。また、予測や計画、実績を並べて可視化し、乖離発生時にはアラートでリアルタイムに状況を把握できる環境も整った。
Chronos-2の採用理由と技術面における工夫
続いて浦本和司氏(DX推進部 DX推進課)が、Chronos-2の採用理由やアーキテクチャ、精度検証について解説した。
Chronos-2は、Amazon Scienceが開発した、学習不要で時系列予測を実行できる基盤モデルだ。時系列基盤モデルは大量かつ多様な時系列データで事前学習しているため、統計的手法や個別の深層学習モデルのようにデータごとにモデルを構築する必要がない。同社が数ある選択肢の中からChronos-2を選定した理由は、次の3点だ。
- 事前学習済み: 自社でゼロからモデルを構築、訓練する必要がない。導入初日から即戦力として予測業務を開始できる
- APIで呼び出せる: 複雑なモデルのチューニングに時間を取られず、社内エンジニアがビジネスロジック本体の実装に集中できる
- デプロイが容易: 機械学習ハブの「Amazon SageMaker JumpStart」を利用することで、数クリックで実行環境を起動できる。インフラを一から準備する手間を省ける
一方で、あえて見送った選択肢もある。最初に検証した「社内生成AIモデルによる直接予測」は、アウトプットの再現性が低く、時系列予測にも対応していないため、見送った。また、「独自の学習モデルを一から構築する」案も、膨大な学習コストがかかる点や将来的な保守、継続性の面から現実的ではないと判断した。
販売計画自動化におけるAWS構成は、既存資産を生かしたシンプルな「日次バッチ構成」を採用している。既存のデータベースやBI(ビジネスインテリジェンス)ツールには手を加えない方針を徹底し、外側にAI予測エンジンをアドオンする形を採った。
具体的には、ワークフロー管理サービスの「AWS Step Functions」が全体の処理フローを起動し、サーバレスの実行環境「AWS Lambda」が過去の出荷実績や見込みデータをデータベースから取得する。その後、データをChronos-2に渡し、予測結果をBIツールに流し込む仕組みだ。最終的に担当者が結果を確認し、データを販売計画システムに連携する。
事業部と事前に合意していた「合格ライン」
精度検証を進めるに当たり、プロジェクトチームは直近2年の業務用カテゴリーの代表品目を対象に、実績値を正解として、Chronos-2の予測結果と人手の計画結果の一致率を比較した。事前に事業部と合格ラインを確認し、受容ラインを「一致率6〜7割」、自動化システムとして本格採用する基準値を「一致率80%」と定めた。
検証の結果、AIの予測一致率は95%に達し、受容ラインを大幅にクリアした。ただし、この数値は定番品の年累計ベースであり、季節品は誤差が大きくなる傾向があった。そこで、確率的な予測の幅を出せるChronos-2の特徴を生かし、商品の性質に応じて次のように運用を使い分けた。
- 定番品(通年で安定): 予測の中央値を採用し、営業の過剰予測を適正化して無駄な在庫を抑え込む
- 季節品(変動が激しい): 欠品を防ぐため安全側(高めの数値)を採用し、ピーク時の供給に配慮する
直面した「3つの壁」と対策は?
次に浦本氏は、プロジェクトチームが直面した3つの壁と対策を次のように整理した。
1. 需要の定義(実績データは「本当の需要」ではない)
過去の出荷実績には、倉庫の在庫ひっ迫による「安値での処分販売」が含まれていた。これをそのままAIに学習させると過剰予測の原因になるためデータから除外し、さらに過去データを2年分に拡張して「月」を明示的にパラメータに追加して誤差を小さく抑えた。
この経験を通じてプロジェクトチームは、どのデータをAIに渡すか以上に、「どのデータを渡さないか」の設計が精度を大きく左右するという学びを得た。
2. 商品コード改廃(商品識別番号のJANコードの世代交代)の壁
食品業界では、パッケージ変更などで商品コードが頻繁に変わる。新旧のコードが別商品として扱われるため販売履歴が分断され、Chronos-2が周期性を捉えられなくなる。業務用カテゴリーには該当品がなく顕在化していないが、他カテゴリーへの横展開では必須となるため、先回りで整備を急いでいる。
3. 全国の拠点で発生していた「入力バラバラ問題」
全社共通の販売計画システムが存在するが、実際はExcelでの管理や未入力など、拠点ごとに運用がバラバラでデータに欠損が多発した。原因は既存システムの利便性の低さにあると見たプロジェクトチームは、現場が入力しやすい「簡易入力アプリ」を生成AIで内製開発。データの自動連携の仕組みを整え、AIが使えるデータをスピード重視で確保した。
成功の背景に「AIと人間の明確な役割分担」
数々の試行錯誤を経て本番稼働を迎えた同プロジェクトは、業務用カテゴリーにおいて年間約4200時間の削減効果をもたらそうとしている。浦本氏は、成功の背景には「AIと人間の明確な役割分担」があると強調する。
「AIはロジカルなたたき台を、確率的な予測の幅を伴ってスピーディーに出力する役割を分担し、人間は、AIのアウトプットを現場目線で点検・修正し、最終的に責任を持って確定する役割を担います。運用設計の肝は、AIが人から仕事を奪うのではなく、人間がより付加価値の高い業務に集中するための土台を作ることです」(浦本氏)
同社は、この需要予測プロジェクトを単発の効率化で終わらせるつもりはない。今後は「予測」「説明」「行動」の順に、AIが担う範囲を段階的に拡張する方針だ。現在の「予測」フェーズに続き、今後はAIが予測根拠を自動で説明できる仕組みの構築を目指し、2027年以降は、AIが予測に基づく具体的な打ち手を自発的に提案できる世界の実現を目指す。
浦本氏は最後に、プロジェクトを通じて得られた学びとして、「効果はデータ品質が左右する」「技術選定より運用設計に時間をかける」「現場が回る運用を事業部と作る」の3つを挙げた。
「まずは、AIが扱えるクオリティのデータをそろえることが最優先です。また、予測精度だけを追い求めるのではなく、現場が回る現実的な目標値を設定する必要があります。さらに、どれほど優れたAIモデルであっても、現場に活用されなければ価値を生みません。業務プロセスから逆算したルール作りが不可欠です」(浦本氏)
大木氏と浦本氏は共に、「効果を左右するのはデータの品質であり、現場が回る運用設計だ」と一貫して強調する。Umiosの事例は、AIによる業務効率化を目指す以前に、現状の業務を丁寧に整理し、理想の姿を定義することが成功への近道になることを示唆している。
本稿は、Amazon Web Services(AWS)が主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(開催日:2026年6月25〜26日)でUmiosの大木優子氏(DX推進部 営業デジタルマーケティング推進課)と浦本和司氏(DX推進部 DX推進課)が「Umios(旧マルハニチロ)が時系列基盤モデルChronos-2で実現する販売計画AI〜過剰在庫の削減・作業4,200時間削減への裏側〜」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
AWSの「静かな」戦略シフト OpenAIとAnthropic“1日違い登壇”の意味を読み解く
生成AIで競合するOpenAIとAnthropicを1日違いで基調講演に招く――。「AWS Summit Japan 2026」で浮かび上がったのは、モデルの賢さではなく「別のあるもの」を握ることで、基盤の価値を保ち続けようとするAWSの戦略シフトだ。
日立、メインフレーム事業から撤退へ ハード製造終了から9年後の決断
日立製作所が、自社のメインフレーム環境提供から撤退する。同社のメインフレーム事業撤退の経緯を整理する。
ファイントゥデイの先進事例で知る、クラウドERPとAIエージェントによる基幹業務の自動化
ファイントゥデイは基幹システムをクラウドで再構築し、AIエージェントの早期導入を進めている。RPAでは難しかった「経験やナレッジを伴う推論業務」の自動化に取り組み、予定より半年前倒しで本番稼働を実現した事例を紹介する。
待てない現場、抱え込むIT部門 生成AIによる「開発の民主化」を火種にしない方法
コード生成AIの活用が進むことで事業部門がシステム開発を主導するケースが増え、IT部門との役割の境界が曖昧になっているとIDCは指摘する。CIOには役割明確化と統制確保を前提に迅速な開発環境整備が求められるとした。


