Asanaが5年、600万ドルのコード移行を「1.5週間、1.2万ドル」で完了 5文のプロンプトに絞った理由は:AIニュースピックアップ
Asanaは5年、600万ドルかかるとされた旧式ライブラリ「Enzyme」からの移行をAIで約1週間半に短縮、費用1.2万ドルで完了させた。成功のカギは長文指示ではなく「5文のプロンプト」と既存コードの品質の高さにあった。
Asanaは2026年8月7日(現地時間)、旧式のフロントエンドテストライブラリー「Enzyme」から「React Testing Library」(RTL)への移行作業を、AIを活用してわずか約1週間半で完了させ、Enzymeをコードベースから全面的に除去したと発表した。従来の手作業ベースの速度では完了までに約5年かかると試算されていたタスクだ。
AI主導のコード移行を成功させた条件
Asanaが移行に着手したのは2022年だった。Enzymeはコミュニティーによるメンテナンスが停止しており、Reactの新しいバージョンとの互換性にも課題を抱えていた。さらに、実装の内部構造に強く依存したテストを生成しやすく、ユーザーが実際に体感する動作を検証しにくい点も深刻な問題となっていた。RTLへの移行には、内部実装ではなく「ユーザー目線の振る舞い」を検証する設計へ刷新する狙いがあった。
数年間にわたりプロジェクトチームの投入や各チームでの書き換えを愚直に進めてきたものの、完全移行への道のりは依然として遠かった。そこで同社は、残る移行作業を1週間で完了させるという大胆な目標を設定。結果として約1週間半のエンジニアリング作業で全工程を終えることに成功した。
4つのエージェントと「5文のプロンプト」
実際の作業には、OpenAIの「Codex」をはじめとする高度な推論能力を持つモデルを採用。推論設定を指定し、最大4つのエージェントを同時稼働させて個別のディレクトリを担当させた。PCがスリープ状態に入らないよう調整し、24時間体制で処理を継続。担当エンジニアは朝夕に進捗を確認し、プルリクエストを作成・管理する運用した。
特筆すべきは、AIエージェントへの指示(プロンプト)がわずか5文で構成されていた点だ。指示内容は主に以下の通りだ。
- リポジトリ内のEnzymeテストをRTL形式へ変換すること
- 既存コードの慣例や推奨手法に従うこと
- 指定したテストコマンドを用いて変更結果を検証すること
- 変換が容易なファイルから優先的に対応すること
同社は当初、チケット管理による細分化や進捗(しんちょく)メモの作成、サブエージェントの動的生成、詳細な規約を網羅した長文指示なども試していた。しかし、こうした複雑な構成はかえって結果を悪化させることが判明し、最終的に「短くシンプルな指示」が最も効果的という結論に至った。
成功の秘訣は「高品質な開発環境」と「明確な評価基準」
シンプルな指示で高い成果を得られた最大の要因は、Asanaが日頃から整備してきた開発環境の質にあった。コードベースには、RTL導入初期から積み重ねられた設計判断や使いやすいテスト用ヘルパー、明確な命名規約、参照可能な実例が豊富に存在していた。AIモデルは膨大な指示文からではなく、既存のコードそのものから意図や規約を正確に読み取ることができた。
また、課題自体の性質もAIに適していた。「Enzymeのコードが完全に消えること」という明確な終了条件が存在し、型チェックやリント、各種テスト、CI(継続的インテグレーション)によって誤りを即座に検知できる環境が整っていたため、人間の細かな介入を最小限に抑えられた。
一方で、作業のボトルネックとなったのはAIの性能ではなく社内環境だった。
比較的新しい社内ドキュメントやガイドラインの中にEnzymeを推奨する記述が残っており、これがAIを誤った方向へ導くケースが発生した。また、リント処理に10分以上を要したり、ローカル環境での検査結果とCIの実行結果が食い違ったりするなど、インフラ側の不備や処理遅延が作業スピードを制約する要因となった。
600万ドル相当の作業を1万2000ドルで実施
今回の移行にかかった総費用は約1万2000ドル(モデル利用料約1万1000ドル、インフラ費用約1000ドル)だった。移行過程では単なる置き換えにとどまらず、テスト範囲の拡大や低品質なテストの修正、さらにはEnzyme以前の極めて古いテストフレームワークの発見・除去まで完了した。同社は、これと同等の作業を全て手作業で行った場合、諸経費を含めて約600万ドル相当のエンジニアリングコストがかかったと試算している。
Asanaは今回の知見から、「AIはエンジニアリングの判断を不要にするのではなく、むしろ人間の下した判断の影響力を拡大させる」と結論付けている。優れたコード例や明確な規約は高品質な出力を生み出すが、不適切なパターンや古い文書も同様にAIによって増殖してしまう。ドキュメントや規約、コード例、検証ツールといった開発環境全体への投資こそが、AI時代の移行作業を成功させる鍵となる。
全ての長期的課題を数週間で解決できるわけではないとしつつも、長年放置されてきたレガシーコードの書き換えやリファクタリングにおいて、AIの活用余地は極めて大きい。Asanaは、単純なコード記述から解放されたエンジニアが、より本質的な技術的完成度や野心的な課題に集中できるようになる未来を示している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
われらの救世主「パスキー」に暗雲? 壊れていないのに“合鍵”が作られる条件
パスワードレス認証の本命とされてきたパスキーに、新たな攻撃手法が公表されました。パスキーはもう信頼できないのでしょうか。そもそも、この攻撃はどんな条件がそろったときに成立するのでしょうか。
Microsoft Entra IDにCVSS 10.0の緊急脆弱性 対応不要なのに公表された理由
Microsoftは「Microsoft Entra ID」に存在した深刻度「CVSS 10.0」の脆弱性「CVE-2026-69836」を公表した。Microsoft側で既に緩和が完了しており、利用者側の対応は不要とされている。作業を伴わない脆弱性情報が公表された理由とは。
「自分がいなくなっても回る」仕組みを作る AI時代のIT部門が生き残る条件
「AIに仕事を奪われるのではないか」。不安が語られる一方で、スタートアップや中小企業には「自分がいなくなってもシステムが回り続ける仕組みを作る」という価値観が根付く。属人化を抱え込む大企業のIT部門にとって、この発想は何を意味するのか。
AIエージェント活用を阻む“予算の壁” セールスフォースらの新機能は打開策になり得るか?
企業にとってはあらかじめAI利用コストを想定できないと投資が決まらない。そうなると予算が立てられず、ROIの見通しもつかない。そんな企業のAIエージェント活用に立ちはだかる“予算の壁”を打破するにはどうすればよいのか。セールスフォース、IBM、マネーフォワードが提供を開始した最新機能はその打開策となるのか。