われらの救世主「パスキー」に暗雲? 壊れていないのに“合鍵”が作られる条件:半径300メートルのIT
パスワードレス認証の本命とされてきたパスキーに、新たな攻撃手法が公表されました。パスキーはもう信頼できないのでしょうか。そもそも、この攻撃はどんな条件がそろったときに成立するのでしょうか。
センセーショナルな報道が出て、それがある企業だったり、仕組みだったりに関する問題だったとき「失望した! 〜〜は使わない!」と反射的に思ってしまうことが増えたような気がします。SNSではそういったセンセーショナルな話題が良くも悪くもウケるので、真偽はともかく、名前が挙がってしまうと少なからずそういった感情が生まれてしまうのも致し方ないと思うようになりました。
セキュリティにおいては、「安全」や「信頼」が非常に重要です。ある製品やベンダー、仕組みに対して少しでもそれを脅かすものが明らかになると、そういった感情が生まれてしまうでしょう。でも、セキュリティこそ、その部分に冷静な判断が必要になるはず。筆者自身も冷静になるため、今回ちょっと焦った、ある報道をピックアップします。
本当にパスワードレスの社会を作りうる、われらの救世主「パスキー」に暗雲?
今回の主役は「パスキー」。このコラムでもたびたび登場する、認証の仕組みです。コラムの連載当初(2013年)から、本人認証の鍵となるパスワードや、デバイスを他人に使わせないためのPINコードなどを取り上げていましたが、パスワードはセキュリティの基本ながら、今にいたるまでその扱いにはずっと悩まされ続けています。
時代とともに「パスワードは使い回さずサービスごとに分けましょう」というタテマエ、「記号を入れて長く複雑なパスワードを作りましょう」という今ではちょっと間違った指針、「2要素認証を使いましょう」というより複雑な仕組みの導入、「パスワード管理ソフトを活用しましょう」という理想論を経て、現在ではひとまずの結論に近い「パスキーを使いましょう」と解説するようになりました。
パスキーとは、従来のパスワードや多要素認証(MFA)を公開鍵暗号に置き換えることで、フィッシング詐欺などを防ぐ非常に強力な仕組みです。サービス側の対応が進み、われわれも生体認証機能付きのスマートフォンを持ち歩くようになりました。こうして普及が進み、皆さんも幾つかのサービスで利用しているはずです。しかし、普及に伴い、攻撃者はパスキーそのものを狙う新たな手法を開発し始めています。それが、新たに公表された攻撃手法群「Pass-ta-key」です。
パスキーを乗っ取る黄金のパスタキー?「Pass-ta-key attack」とは?
Palo Alto Networks(以下、パロアルト)は2026年8月3日(現地時間)、「Pass the Passkey: A Novel Attack Surface in Passwordless Authentication」という記事を公開しました。これは、パスキーに対する新たな攻撃手法を同社が自ら検証して公表したものです。
パスキーをはじめとするパスワードレス認証は、攻撃者にとっての新たな標的になりました。パスワードのない世界を実現するパスキーが狙われること自体は、当然だと思っていました。ただしパスキーは仕組み上、強力な守りを備えています。だからこそ、この攻撃が成立するとなれば話は別です。この攻撃が成立することは、私たちの理想のパスワードレス社会が脅かされることになるので、非常に問題です。この報道がでてきたときにも、「やっぱりパスキーは危険なのではないか?」という印象を持ったかもしれません。
しかし、セキュリティに限らず、こういった内容は感情的にならず、まずは冷静に判断することが求められます。果たして、この攻撃は私たちにとってどこまで脅威なのでしょうか。読み解いていきましょう。
今回、パロアルトでは3つの新たな攻撃手法が紹介されています。ただし検証の対象は、Windows上のGoogle ChromeとGoogle Password Managerで同期パスキーを使う環境に限られます。1つ目は、マルウェアがユーザーの同意やロック解除のための生体認証、特別な権限なしに背後でパスキーの署名を生成し、勝手にログインしてアカウントを乗っ取るという、通称「Pass-ta-key attack」です。
2つ目は、攻撃者がクラウド上の認証システムをだまし、「ユーザーが正しく生体認証できた」と誤認させ、被害者のデバイスを直接使わずにアカウントを乗っ取る「Silver Pass-ta-key attack」。3つ目はさらに、同期されている全てのパスキー情報を盗み出し、売買、共有できる形式で抽出する「Golden Pass-ta-key attack」です。
ここまで読むと、絶望的な気持ちになるかもしれません。しかし、重要なのは「マルウェアが」という大前提です。被害者のデバイスがマルウェアに感染するところからスタートしているという点が重要であること、またパスキーが「同期されている」というキーワードも見逃してはなりません。この攻撃が成立する前提としては、マルウェアの感染があること、そしてパスキーがクラウドで同期されていることが条件です。
そして最重要ポイントは「パスキーそのものが壊された」わけではないという点です。パスキーの仕組みそのものが壊れていたとしたら、本当に大きな、大きな問題です。今回の問題は、パスキーそのものではなく、その周辺であるPCやスマートフォンを攻撃し、パスキーの仕組みごと盗み、パスキーの仕組みを使って不正にログインするというもの。私たちが認識すべきことは、「パスキーそのものは壊れていないが、パスキーだから絶対に安全というわけではない」という1点に尽きます。
どうすればいい?
この攻撃の可能性が明らかになったことで、パスキーはセキュリティ的に万能ではなく、私たちが正しく運用する必要がある、ということを再認識する必要があります。気が付かないうちに不正ログインされる、つまりパスキーを使っていても「合鍵」を作られ、盗まれるという可能性がゼロではないということです。
では、どうしたらいいのでしょうか。まずはパスキーを過度に怖がる、危険視することなく、パスワードや、SMSのワンタイムパスワードのようにフィッシング耐性を持たない多要素認証と比べれば、依然として圧倒的に安全であることは理解してください。決して、感情的になりパスキーをオフにする必要はありません。ここだけは、ぜひご理解ください。
そして、これまで通り、PCやスマートフォンをマルウェアから遠ざけ、感染を防ぐための努力をすることです。もちろん、100%マルウェア感染を防ぐことは非常に困難ですが、これまで通り「知らないファイルはダウンロードや実行をしない」「ブラウザは常に最新版にする」などの基礎的なことに取り組みます。組織のルールがあれば、それは必ず守るようにしましょう。
また、パスキーをより安全に運用するためには、クラウド同期をオフにし、スマートフォンの中だけに保存するという方法もあります。パスキーの仕組みを端末内にとどめることができるのですが、複数の端末でのパスキー利用ができなくなるため、利便性と安全の天秤を鑑みて……という仕組みとなります。それでも二次元バーコードを使ったログインが可能なので、パスキーはやはり便利で、安全だと私は考えています。
GoogleやApple、Microsoftなどメール情報にもひも付く重要なアカウントであれば、Yubicoの物理セキュリティキー「YubiKey」などを使うのが最も安全でしょう。
パスキーは今でも、頑丈な鍵として最も簡単に、安全を実現できる仕組みであり、特にフィッシング耐性が高く、万人にお勧めできる仕組みです。しかし、その頑丈で強力な鍵も、運用の仕方によっては攻略される可能性があることが分かります。セキュリティに限らずこういった報道は今後も出てくるでしょう。しかし、感情的になったり怒りがこみ上げてきたり焦ったりすることなく、冷静に、時間をかけ、俯瞰(ふかん)した視点で考えてみてください。
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