なんて誠実な作品なんだろう……。それが『氷の城壁』を見た、私のざっくりとした感想なのですが、皆さんはいかがでしょうか?
中学時代の人間関係が原因で、人と距離を取るようになった氷川小雪(ひかわこゆき)に、モテモテ男子の雨宮湊(あまみやみなと)が接近するところから始まる、青春群像劇。原作は阿賀沢紅茶氏のWEBTOON作品で、LINEマンガにおける累計閲覧数は1.6億回を突破、コミックスの累計発行部数は200万部を超える大ヒット作品です。
私も心理描写に定評があることは知っていましたが、鑑賞後、ここまでとは……と、正直圧倒されました。今回は、そんなTVアニメ『氷の城壁』の凄いところを考えてみました。私自身、末端ながらラブコメ漫画を(原作者として)連載していましたので、そのあたりの経験も踏まえて、作品の魅力をお伝えできればと思います。なお、本記事はTVアニメ8話まで鑑賞した段階の内容になりますので、あらかじめご了承ください。
ライター、作家。Fav-Logではアニメや映画の考察、ゲーム、ファッション、スポーツ用品の記事などを担当。ライター業と並行して、小説や漫画原作のお仕事も引き受けています。『第33回シナリオS1グランプリ』奨励賞受賞、著作に『自殺が存在しない国』(幻冬舎)、原作担当作に『仕組みという名の檻の壊し方』(フローラル出版/ビジネス書グランプリノミネート作)、『嘘つきカノジョの影盛さん』(コミックシーモア/原作)など。好きな数字は「0」。Twitter:@kirimachannel
全員HSPなんじゃないか? と疑いたくなるほど、本作『氷の城壁』に登場する人物の繊細さは、際立っているように見えます。ご存じかもしれませんが、HSP(Highly Sensitive Person)とは、生まれつき感受性が高く、環境からの影響を受けやすい気質のことを指します。最近では“繊細さん”という名前でも認知されているかと思います。
例えば、小雪の場合だと、過去のトラウマ体験が影響しているものの、湊や陽太、美姫など周りの人の変化を敏感に察知し、ああでもない、こうでもないと悩んでいたと思います。誰もいない朝の教室や、人の少ない早朝の通学路が好きという点も、繊細な人あるあるという感じがします。他人と一緒にいると、勘違いも含め、いろんな情報を受信してしまうので、人混みはなるべく避けたいと考えているのかもしれません。
また、小雪以外のキャラを見ても、お互いの態度や表情、言葉の変化をよーく観察しており、「嫌われたのでは?」「地雷だったのでは?」「2人に何かあったのでは?」と真相が語られる前に、先回りして情報を受信して、解釈しているように感じました。
そして一見、距離感がバグっているように見える湊も、第5話『変化』のエピソードに見られるように、実は小雪の表情を細かく観察しているし、慎重に言葉を選んでいることが分かります。そもそも「空気が読める」という湊の特技も、周りの変化に敏感でないと成立しませんからね。
陽太や美姫にしても、同じことが言えます。考えてないように見えて、陽太は家族に対して、美姫は高校の同級生に対して、実はかなり気を使っており、それぞれが生きづらさを抱えていることが描かれています。
ひと口にHSPと言っても、内向的なタイプから、刺激追求タイプや社交的だけど疲れやすいタイプなど、いくつかに分類されるようです。なるほど、小雪、湊、陽太、美姫の4人は、タイプの異なる繊細さんが集まっているグループなのかもしれません。もちろん周囲のリアクションに影響を受けやすいのが思春期と言えば、それもそうなのですが、この作品で描かれる繊細さは他作品と比べて、頭抜けているので、繊細さんの世界を垣間見るという楽しみ方もアリかもしれません。
上記に触れたように“繊細さん”であることが4人の共通点かなと、私は考えていますが、もう一つ気になったのが「自分を出すのが怖い」という感覚です。例えば、小雪の場合、自分を否定されたという過去のトラウマから、自己開示や自己表現にかなり慎重です。湊に対しても、中学時代に嫌いだった男子生徒を投影させて、最初は拒絶していました。あの拒絶反応は、自分の心を守るため、致し方ないと私は思いますが、自分に踏み込まれる恐怖、自己開示の不安が、如実に表現されているように思いました。
陽太は家族内での孤立感を抱えており、ややアダルトチルドレンっぽい、自分の気持ちを脇に置き、大人に配慮し過ぎる傾向が見て取れます。美姫の場合は、高校に入ってからイメチェンに成功したものの、本来の自分が出せずに悩んでいます。現在の環境に過剰適応し、本音を発露しづらい状況にあると言えそうです。
実はひょうひょうとしている湊でさえ「感情を表に出す」ことに消極的に見えます。劇中のモノローグや回想から、感情的なやり取りをする人に対して、どこか距離を取っていることが伺えます。湊の場合、感情をぶつけ合って関係が破綻した様子を見ていた過去もありますから、感情表現をリスクと捉えているのかもしれません。
4人とも全く違うキャラクターなのですが、実は全員「自分を出すことが怖い、リスクだ」と、捉えている節があるのです。アニメ全体から、パーソナルな部分を出すことの不安感を強く感じました。この点はベストセラーとなった金間大介氏の『先生、どうか皆の前でほめないで下さい:いい子症候群の若者たち』の中で扱われている若者像に(個人的に異論はありますが)多少合致するかなと思います。
目立つことをリスクと捉え、大人しくて優しい、いわゆる“いい子”のイメージですね。なぜ目立つことや、自己開示を恐れるのでしょうか。背景にはSNSの影響なども示唆されています。今はいつ誰にネットで誹謗中傷されるか分からない社会ですから、金間氏が指摘するように、目立つことを控えようと考えるのは自然と言えば自然なのかもしれません。
ただし、一見大人しく見える彼らも、当たり前ですが、複雑な悩みを抱えています。 “いい子”なんて概念に閉じ込めることのできない、複雑さです。『氷の城壁』はその各人物が抱える複雑さに、誠実に向き合っている作品だと私は思います。
「自分を出すことが怖い」という共通認識を持ちながらも、彼らはそれをもがきながら手探りで乗り越えていきます。例えば、1人ぼっちの人に対する、湊の「かわいそう」という考え方に、美姫はノーを突き付けますが、この時、美姫はかなり意を決して伝えていたかと思います。「嫌われるかもしれない……」そんな恐怖もあったはずです。しかし、それでも美姫は涙ながらに気持ちを伝えていました。第8話の同級生に対する告白も同じです。
第5話の小雪にしても、そうです。湊を誤解してしまった小雪は、謝罪し仲直りしようと試みます。なかなか考えがまとまらず、想いが溢れそうになる中、それでも逃げずに何とか気持ちを伝えていましたよね。個人的に一番好きなシーンですが、考えが喉の手前で渋滞してしまう様子が、極めて丁寧に表現されていました。私もいじめや暴力を受けた経験があるため、こうした自分の想いを伝える怖さや、言葉にならない感覚はすごく分かります。
でも、同時に伝えたい気持ちも間違いなくある。単にいい子で、目立ちたくないだけじゃなく、ちゃんと彼らは言いたい想いと言えない状況の中で、葛藤しているわけです。そこを捉えているのが『氷の城壁』の凄さだと思います。
自分の気持ちを表現するのは勇気がいるし、大変なこと。涙が出るほど精神が擦り切れそうになる体験なわけです。繊細でトラウマを抱えた彼らにとって自己開示がどれだけツラく高い壁なのか、誠実に向き合っているからこそ描ける、素晴らしい表現だと私は思います。
世間では「嫌われる勇気を持て」とか、先ほどの著書にも出てきますが「いい加減、目を覚ましなさい」とか、外部から助言してくる大人はいますが「そんな簡単なことじゃねーんだよ」と言ってやりたいですね。
というか、この作品を見たら「嫌われる勇気」なんて安易に言えなくなるはずです。陽太の家庭事情を知った小雪のフォローを見ても、ああ……ひと晩中考えに考え抜いて選んでいる表現だなと思いましたし。「変な同情心じゃなく、でも心配してるよ」と伝えるにはどうすればいいのか、必死で考えたことが良く伝わる名シーンだったと思います。
ネガティブなことをネガティブに捉えていないのも、この作品の魅力だと思います。例えば、陽太の本音が見える第7話。小雪が自分のある意味ネガティブな家庭事情を話すことで、陽太は自己開示を始めます。本来なら他人に言えない後ろめたい事情を通じて、2人はより深く互いを知ることになるわけです。
『氷の城壁』には、自分の情けないところ、ズルいところ、弱いところ、そんなネガティブな側面を伝え合うことによって、距離が縮まるという描写が、繰り返し登場します。湊が地雷を踏んでしまうネガティブな事象も、それゆえに小雪との距離が近くなる方向へ動きましたし、美姫の同級生との関係にも似たようなことが言えます。
私たちは日常生活を送っていると、ついポジティブにならなきゃと考えがちですが、本当に深い信頼関係が築けるのは互いのダメさを共有し合った時ではないでしょうか。長所があるから好きという関係よりも、短所があっても好きという関係のほうが強いのではないかと、彼らを見ていると思わされることがあります。
それから、とても素晴らしいと思うのは、何かトラブルが起きた時に、自己責任で済ませていない点です。「私がいる」「俺がいる」と、常に彼らには隣に寄り添う友達がいます。彼らの存在が、自己開示も含め、何かのハードルを乗り越える時のきっかけになっています。自分1人で解決しなくていい、誰かに相談したり、頼ったりして良いんだと、優しく語り掛けてくれているように、私には思えました。
学校でもプライベートでも、情報過多の現代。頭がパンクしそうになる時に、小雪の言うススが付く前に、気持ちを共有することで、抱えていたものがフッと軽くなることもあるはずです。久しぶりに、陽太が静かに眠れたのは、背負い込んだ荷を下ろせたからでもありますし。気合いや根性じゃなく、仲間がいる安心感、「大丈夫」の積み重ねによって、救われることがあるのだと、教わったような気がしました。
このように『氷の城壁』は現代の学生のリアルな心情を扱っている作品となっています。ちなみに、ストーリーについては、実は王道です。冒頭、まず小雪がトラウマを語る心理描写を描き、観客との共感ポイントを確保。続いて「女王」という小雪のキャラクター性を明示(『君に届け』の「貞子」のようなイメージ)。
実はアイドル的な女子の美姫と仲良しで、モテモテの湊から注目されていたなど、自己投影している読者の承認欲求を満たすギミックを用意。各キャラの思い込みを狂言回しとして扱い、トラブルを起こすなどなど……。
匠の技で作られた、ウェルメイドな作品です。こうした仕掛けで観客を満足させつつも、学生の繊細な心に極限まで迫る、中身のある誠実な作品だと思います。私も漫画原作者の端くれとして、非常に勉強になりました。さらなる勉強のために……と言いつつ、普通にいち観客として最新話を楽しみにしている自分がいます。というか、原作読んじゃうかもしれませんね。
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