ITガバナンスが目指す品質とは?:ITガバナンスの正体(9)(2/2 ページ)
筆者より:本稿はITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指した連載です。前回「IT部門が作成・維持しなければならない規範とは?」では、「ITガバナンス」の5つの領域の5番目「規範維持管理力」を解説しました。今回から「ITガバナンス」全体を見渡した考え方をトピックとしてとらえます。まず今回は、「ITガバナンスで考えたい品質」について解説します。
品質の綱引き
3つの力のバランスを取る、とは「いうは易く、行うは難し」である。
まず、「3つの力のバランスが取れている」とはどのような状態なのかを考えてみよう。例えば;
「使う」(より使いやすい仕組み)
- ITリテラシー向上策が講じられており、過度な機能が提供されていない
- 過度な自由度は提供されていない
- EUC、データウェアハウス、データマート、データ統合といった言葉でごまかされていない
- ルック&フィールであり、問い合わせを必要としない
- 利活用者によるデータオーナーシップが持てる(マスタメンテナンスは利活用者が適時可能)
- 利活用者から必要性・重要性を加味した改善要望が提示される(やたら改善依頼は来ない)
- 改変に当たり、業務改革を一緒に考えられる素地がある
- リアルタイムで情報入手でき、経営・業務が適時変更可能
「作る」(より柔軟な仕組み)
- ライフサイクルが定義され、種々の規範が網羅的に整備されている
- 利活用者との役割分担ができており、かつ協力体制が敷かれている
- 部品に分けられており、組み替え・追加・改修が可能になっている
- 機能を作り過ぎない
- 時代・要望・要件によって適時に追加・変更可能で経営の足かせにならない
- 将来にわたり、相対的に低コスト・適正価額で再構成・再構築できる設計構造になっている
「維持する」(より堅ろうな仕組み)
- 利活用者のITリテラシーが一定レベル以上になっており、必要不可欠の改善項目にとどまっている
- 種々の規範にのっとり、運用に必要な仕掛けが企画時・開発時に検討され、組み込まれている
- オープンな仕組みでスケールアウトしやすい
- 市場原理が働き、より適価で追加・変更可能。業務に必要なときには瞬時でも停止しない
- 物理的(施設)・論理的(ソフト・人・組織)にセキュリティが担保されている
- 老朽化更新時にも適正価額で市場から調達できる構成になっている
読み進めていただけると、各企業でこの「3つの力のバランスが取れている」ということの意味・定義は違うものだ、と気付かれるだろう。当然違ってしかるべきだ。ITマネージャはマネジメント層とその整理をしておきたい。
さらに、「バランスが取れている」状態を理解するため、反対にバランスの取れていない状態を少々イメージしてみよう。
1つ目の図では、「使う」利活用者からの改善要望・変更要望がやたら目に付く企業をイメージしてほしい。利活用者へのITリテラシー向上策が講じられていないが故に、利活用者が目の前にある仕組みでできるのか・できないのかの確認をせずに、あれもこれもと要望がシステム部門に向けられる。ITリテラシーが一定レベル以上であれば(例えばエクセルのピボットテーブルが使いこなせる)、余計な要望が出なくなるはずなのに、結局利活用部門の声が大きいが故に、システムに(開発が)難しい機能を実装せざるを得なくなる。
こういった、利活用者・利活用部門からのプレッシャーに対してシステムを開発したり、維持するセクションや人員が疲弊し、コスト高になってしまう。このような歴史的背景を持つシステム部門は多いはずだ。
2枚目の図では、「作る」部門の力が強く、利活用者が望まないのに次から次へと「こんなことが必要なはずだ」と新しい仕組みが開発される企業をイメージしてほしい。こういった企業・システム部門の多くは、ベンダのいいなりになっていることが多い。ベンダのマーケティング戦略や年間売り上げ指針からくる買い替え需要の策略にはまり込んでいる(はめられている)状況だ。利活用者もシステムを維持していくセクションも「作る」部門に振り回されてしまっている。
以上は、あくまでも極端な例であるが、耳の痛い方は多いのではないだろうか。
ITガバナンスでの品質が伴わず、システム構築にまい進している企業は多い。利活用部門・利活用者のITリテラシーが低いままシステム構築をしても、無駄金・無駄な投資になってしまう。プロジェクトを進めていくうえでも、利活用部門からの参画者や関係するマネジメント層(本来的にはすべての役員)のITに関する理解やプロジェクトに対する理解を時間を掛けてきちんと進めてから、ということをしない・できていない企業もあるから驚きだ(急がば回れ、といいたい。この時間を最初にかけたとしても、全体からするとスピードアップにつながるはず)。
このようなことが読者の皆さんの企業ではないように、くれぐれもITマネージャたる皆さんがITガバナンス全体を包括し、(大局的に)見たうえでの施策を打っていただきたい。
ITガバナンスが目指す品質とは、縦軸と横軸がバランスの取れている状態の最大化、あるいは「使う」「作る」「維持する」の3つの力のバランスが取れている状態の最大化であることを理解していただけたと思う。本連載:ITガバナンスの正体(7)「IT投資を成功させるためには、悪者になることも必要」で個々の目標値に対するモニタリング方法を概説した。品質に関してもこのモニタリングが必要だ。ただし、指標はなるべく少なく(多いとモニタリング自体がコスト高になってしまう)。
これら品質モニタリングを通して、個別改善・個別システムの再構築を進めることが良いのか、もっと全体を大局的に見渡し、(ある程度)大きな領域の選択と集中で社内リソース(人・物・金・情報)を注力することが良いのかを見据え、ITガバナンス全体の品質向上を担ってほしい。
池袋マネージャと日暮里くんが営業担当の恵比寿取締役に呼び付けられた。取締役のイスの脇にある小テーブルには、顧客や営業マンからのメールを印刷したものがいくつもの束にしてある。その束を脇に寄せながら、恵比寿取締役が切り出した。
恵比寿取締役(営業担当):プロジェクトの進行はどうなってる? 先の営業システム導入プロジェクトではエース級をはじめ、多くのメンバーの時間を割いた割に、結局使われない仕組みになってしまった。現行システムはどうするんだ?
池袋マネージャ: プロジェクトのミッションの軸が、業務を改革するのか、現行業務の効率化をするのかといった明確さに欠けたため、多くの要望を聞き過ぎた結果、全体的に芒洋な仕組みになってしまったんです。機能も多過ぎました。
恵比寿取締役(営業担当):そんなことは聞いてないっ! 言い訳をするな、言い訳を。
日暮里くん: 池袋マネージャは冷静に分析内容を説明しているだけですよ。今回は、営業部のエース級の少数精鋭と一緒に、業務とシステムのバランス、つまり、ここは業務の改革をするポイント、こちらはシステムで効率化、という見極めをしながら進めます。将来にわたって業務が変化しても柔軟に対応できるようにしていきます。進めていく間に、営業メンバーのシステムに対する考え方まで変えていけるような研修体制も組み立てていきます。
恵比寿取締役(営業担当):とにかく、使えるシステム、使ってもらうシステムにすること。約束しろ、いいな! でないとメンバーをプロジェクトに出すなんてことはできん。
池袋マネージャ: なるほどぉ。しかし、先日の社長や神田取締役とのお話の中では、「何とかしたいのはやまやまだ」とおっしゃっていたじゃありませんか。これを一緒に進めることができれば、営業の業務整理にもなりますし、その結果、顧客に対するわが社の総合的な品質の一端を提示できることにもなります。何にも増して、恵比寿取締役のリーダーシップを見せることができますよ……。
日暮里くん: これまで内向きの仕組み作りだったような気がします。営業のための情報システム、ということではなく、顧客のための営業システムを組織体制や業務の在り方も含めて、一丸となって進めなくては会社としての品質が問われることになりかねません。組織や研修は、人事総務の新橋課長と、そして開発との業務連携については、開発の代々木課長とも連携を取っていきます。
越えなくてはならない壁が高かったり、厚かったりするほどチャレンジでき、それを乗り越えたり、打ち破っていくことで人は成長することができるのだ、と池袋マネージャは前向きに考え、日暮里くんのこのところの成長ぶりを頼もしく思いながら、説明を続けた。
筆者プロフィール
▼三原 渉(みはら わたる)
フューチャーシステムコンサルティング株式会社 ビジネスディベロップメント&インターナショナル事業本部 執行役員。大手外資系コンサルティングファームを経て、2003年より現職。これまで外資系を含む50社あまりの企業の戦略・改革プログラム・プロジェクトの立案と実行、および効果のモニタリングに携わる。特に経営戦略と連動した全社改革プログラム・IT戦略立案に詳しい。改革推進の障害の1つであるトップ層とミドル層の意識・IT知識の乖離(かいり)を埋めるべく、両者への働きかけを精力的に手がける。ご意見、ご感想、問い合わせのメールは、mihara.wataru@future.co.jpまで。
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