ITガバナンスが目指す品質とは?ITガバナンスの正体(9)(1/2 ページ)

筆者より:本稿はITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指した連載です。前回「IT部門が作成・維持しなければならない規範とは?」では、「ITガバナンス」の5つの領域の5番目「規範維持管理力」を解説しました。今回から「ITガバナンス」全体を見渡した考え方をトピックとしてとらえます。まず今回は、「ITガバナンスで考えたい品質」について解説します。

» 2006年08月10日 12時00分 公開
[三原渉(フューチャーシステムコンサルティング),@IT]

ショートストーリー 山の手精工株式会社物語

<前回までのあらすじ>システム設計と同時並行で営業部門全体のITリテラシー引き上げ策と、プロジェクトのPR作戦を進めることになった。日暮里くんは、前回の営業支援システム構築に携わったメンバーに過去の経緯を聞き、営業再検討チームへのフィードバック会を開いた。

大崎さん(企画・業務部門サポート担当):ということは、前回システムを導入した際の問題点は、展開時の役割分担にあったってわけね? システムそのものの完成度、ということもさることながら……。


日暮里くん(営業): そうなんですよ。業務の何がどう変わるのか、どんなことが営業の各メンバーやチームにとって良いのか、ということがうまく伝わっていなかったんです。そもそも営業のやり方はどうしていかなきゃならなかったのか、という根本的なところの共有ができていなかった。そんなところは、何が何でもシステム構築プロジェクトメンバーがやらなきゃいけないところでもなくて、営業の核となるメンバーにやってもらわなきゃいけなかったんじゃないか、ってことですよ。


秋葉原さん: セキュリティやコンプライアンスの面からも、ログ分析機能を強化しているところですが、特定機能をごく一部の特定ユーザーだけが使っている、というのが見て取れますねぇ。これでは「その人のためのシステム」という感じがします。そんな機能は、ほかの人は使ってませんよ。


巣鴨リーダー(課長職):そのくせ、画面のここをこうしてくれ、この項目を見たい、こんなレポートが欲しい、という要望が多いよなぁ……。でも、その要望も出てくるところは決まっているな。作ってはいるけれどどれだけ活用されているのやら……。


池袋マネージャ: なるほどぉ。そういえば、先日の神田取締役とのランチオンでも、「現場の声を聞くことも大事だが、小改善にとどまることが多い」ということをお聞きした。もっと根本的に必要なことは何か、会社として顧客に対する営業の業務やシステムの両方の総合的な品質をどう考えていくのかを整理した方がよさそうだな。


巣鴨リーダー(課長職):そうですよ。システムそのものの品質だけに目を向けがちだけど、展開がちゃんとできて、利活用してもらって、その結果、業務の質が高まってこそだから、そこまでを「品質」としてとらえなきゃいけないんだよな。



「おっと、たまには良いこというな」と池袋マネージャは、巣鴨リーダーの「してやったり」顔をいつになく頼もしく見ていた。



ITガバナンスで目指す「品質」

 とかく情報システムに携わるプロフェッショナル(情報システム部の皆さんや情報システムの構築に携わる方のことです。プロフェッショナルと自認されていることと思う)は、情報システムそのものの品質に特化しがちだ。それ(情報システムそのものの品質)はそれで大事なことだし、追求しなくてはならないことだ。要求仕様を定義したり、機能仕様を定義したりして、情報システムの品質要件を整理されていることと思う。

 機能要件だけでなく、非機能要件(移行要件、運用要件、障害対策要件、セキュリティ、可用性、スケーラビリティ、利便性、実現性、パフォーマンス、保守性、……)も整理しなくてはならない。ちなみに経済産業省の「情報システムの信頼性向上に関するガイドライン」では、非機能要件を「機能要件以外のすべての要素(性能、容量、情報セキュリティ、拡張性など)」としている。

 ただし、これらのほとんどは「情報システム力」の範疇(はんちゅう)だ。図でいえば、縦軸方向での品質を追い求めていることになる。

「ITガバナンス力」と「情報システム力」

 企業のIT総合力は、縦軸の「情報システム力」と横軸の「ITガバナンス力」の掛け算であることは、すでに認識していただいていることと思う。縦軸方法の品質にばかり目がいっていると、横軸方向がおろそかになる。

 横軸方向の土台がしっかりしないまま、情報システム(縦方向)が伸びていくのでは企業のIT総合力としてはバランスが悪く、「使われない」仕組みまっしぐら、ということになりかねない。いくら品質の良い情報システムを作ったとしても、「使われない」のでは宝の持ち腐れになってしまう。

 例えば、利活用部門の業務上の受け入れ準備が整わないうちに、情報システムだけが先行導入されてしまい、利活用部門の反発を食らってしまった……。運用の体制(役割分担)・仕組みが整わないまま、稼働してしまい、その結果、運用が回らず昼夜兼行状態でシステム部門が疲弊……。システムの品質を求めるが故に、開発期間が延長に延長を重ね、投資額が膨大になる。さらに、要件も時代とともに変わってしまい、稼働までこぎ着けても結局使われない、というような例は、枚挙にいとまがない。

 ITガバナンス軸(横軸)での品質も同時に向上・昇華させていく必要がある。

3つの力のバランス

 この図の上部(使う)が利活用者、下部(作る・維持する)が利活用者と情報システム部の協働作業ということになろう。利活用者も積極的に「作る・維持する」活動に参画することがITガバナンス向上の一環でもある。ITガバナンスの目的の1つは、この3つの力のバランスを取りながら、3つの力が形成する三角形(バランスが取れていれば正三角形になる)の大きさを最大化していくことにある。3つのバランスが取れていればITガバナンス品質を保ちつつ、健全な成長が望める。

 翻って、ITガバナンスの5つの領域と、この「3つの力」の関係を整理しておこう。

IT戦略 「作る」「使う」「維持する」を総合的にバランスを取りながら、企業を成功に導くITにかかわる方向性・目指す目標・考え方を整理する。IT戦略の部分をなす中期計画・スケジュールや、IT戦略から詳細化されるプロジェクト計画・情報システム部門の年間計画は「仮説」(ほとんどがハッピーシナリオ)のうえで成り立っているものであるから、必要に応じて変更していく。
IT組織力 情報システム部門(基本的に「作る」「維持する」)の活動・体制のみならず、利活用部門(「使う」部門)でのIT化にかかわる活動・体制を構築・維持する。将来的には、利活用部門も「作る」「維持する」ことも視野に入れておく。
活用・展開力 主に、より良く「使う」ために必要。ITリテラシー向上策により、ITリテラシーが十分であれば、IT投資効率が高くなる。既存システムの活用度は進むし、新規構築・稼働・展開のときにも業務改革が進めやすくなるし、投資効率は(相対的に)高い。
運営力 3つの力のバランスの結果、必要となる投資・モニタリングを実施する。どこかのバランスが悪ければ、余分・無駄な投資が発生する可能性が高くなるので、それを抑止するために、ほかの4つの領域をモニタリング・是正していく必要が出てくる。
規範維持管理力 「3つの力」それぞれの中での規範の整理、相互に関係する領域(重なっているところ)の規範の整理を行い、守るべきことを互いに守ることで考え違いがないようにする。規範も当初は仮説にすぎないので、必要に応じて、「縮小均衡にならないように」変更していく。

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▼連載:ITガバナンスの正体(1)ITマネージャの叫び「なぜIT化は失敗するのか?」(@IT情報マネジメント)


 ビジネスはシナリオのない壮大なゲームであるから、何事も網羅的に分析した結果を受けて意思決定すればよい、というわけではない。そんなことをしていると時間がかかるだけではなく、周囲の環境は刻々と変わるのだから、分析結果は常に陳腐化の憂き目にさらされるのだ。われわれは、常に情報が少ない状態で、何らかの意思決定をして前に進まなくてはならないわけで、その結果から仮説を立てて走り始め、走りながら軌道修正していく、というスタイルにならざるを得ない。

 品質についても、同じことがいえる。当初見込んだものと比較すると、進めていくうちに品質レベルを変更しなくてはならない場面も出てくる。ITガバナンスの正体(5)「必要なIT投資を経営層に認めてもらうには」でマネジメント層と対峙(たいじ)する必要性を記述したが、ITマネージャはマネジメント層とITガバナンス品質についても、どこを目指すのか、いま何が問題でどのような手を打とうとしているのか、といった議論をする場を定期的に持ち、正々堂々と変更点を共有していきたい。時には緊急の場合もあるだろう。常に情報共有のスピードが問われる。

 「ITガバナンスのスピード」については、別途述べていくことにする。

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