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大企業のまねをするとシステム構築・運用は失敗する中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(6)(2/2 ページ)

新興国へのアウトソーシングの活発化により、中堅・中小企業にも海外拠点展開の波が押し寄せている。当然、業務システムも現地用のシステムが必要となるが、これをどう構築・運用すべきなのか? 海外でのシステム構築・運用経験がなくとも、大企業のやり方をまねすることなく、自社のならではの手段を考えよう。

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周囲を見渡せば、中堅・中小なりの方法は必ず見つかる

 情報システム部の全スタッフは、それぞれに一長一短ある3案を前にして頭を悩ますことになりました。どうしてもこの中から選ぶ必要があるとはいえ、どの案にも大きなリスクがあり、安易に決めてしまうわけにもいかなかったのです。

 まず案1には、導入費用と現地導入ベンダとの交渉、コントロールに関するリスクがありました。案2は運用ベンダによる運用移行費用と、5年間以上のアウトソーシングにおけるコスト、運用上のリスクが懸念されました。そして案3には、ネットワーク障害による操業停止や、サポートレベルの低下というリスクがあります。

 こうした中、会議では予算的に現実的ではない案2を除いた、案1と案3で激論が交わされ、最終的に案3を採用することになります。ただ、案3に決めたとはいえ、そのリスクへの対策をしっかりと考えておかなければなりません。そこでF社では計画に一部修正を加えて実施することにするのですが、具体的にはどのような方策を立てたのでしょうか。引き続き事例に戻りましょう。

事例:初の海外拠点展開、現地システムの構築・運用をどう実現するか〜後編〜

 「それでは、F社のマレーシア工場における生産管理システムについては、案3をベースに一部修正を加えたものを上申することとしたい」―― 数回に渡って会議を開き、皆で議論を尽くしたある日、情報システム部長は全員の意思を確認するように宣言した。

 案3を選ぶ決め手となったのは、実際に海外拠点から国内サーバにオンラインアクセスして、システムを稼働させている企業に徹底的にシステムを見せてもらったことであった。それも、同様の手法を採用している複数の企業に運用事例を聞いたのだが、彼らの運用方法にはある共通のポイントがあることが分かった。そして、そのポイントを守ってさえいれば、海外拠点のシステムを安定的に稼働させることも可能であると、実例から学んだのであった。

 そのポイントとは、以下の4つである。

1. 操作マニュアルはWeb化して、利用者がいつでも確認できるようにする。問題発生時のQ&Aもここに掲載して、できるだけ現場で問題解決できるような仕組みを作る。

2.システムで使う言語は、拠点ごとに現地語に翻訳・改修するのではなく、できるだけ同じ言語に統一する。そうすれば何らかの問題が発生した際、それを解決するたびに誤訳などが発生する可能性を減らすことができる。日本語のシステムをそのまま海外で利用しているケースもあったが、その場合は、現地の生産管理責任者に日本語研修や、日本でのシステム研修を個別に行うことで対処していた。大手企業の場合は英語を話せる人材を現地の情報システム担当として雇用していたが、中堅・中小企業の場合、現地の人間に日本語による操作方法を教える方法が主流であった。

3.情報システム担当者が、定期的に海外拠点に出張する体制を作る。月に1週間程度は誰かが海外拠点に出向くという企業が多かった。「現地でシステムを利用する現地担当者も、定期的に日本に出張することで、コミュニケーションを円滑化できる」とのことであった。

4.回線障害によってオフライン状態になってしまうなど、システム利用ができなくなった事態に備えて、操業に必要なデータは常に1週間先の予定まで紙で出力しておく。さらに、システムの入出力は、すべてExcelからのバッチインプット、データダウンロードで行うように改修する。最悪の場合は、バッチインプットするExcelシートを電子メールで日本に送り、それを日本側のシステムに入力して処理、アウトプットされたデータを反映したExcelシートを電子メールで返送する、という仕組みにする。ある企業では「特に財務経理システムの場合、最初から、現地の会計システムによる月締めデータを毎月Excelシートに落とし、電子メールで送る仕組みとしていたため、この考え方が予想以上に受け入れられた」という話であった。

 以上の4点をポイントとして、F社はマレーシア工場のシステム展開方針を案3に決定したのである。


ベンダ、SIer、新しいテクノロジに頼るだけが方法ではない

 大企業が海外に拠点展開をする際、拠点で使う情報システムについては現地で構築、運用するケースが一般的です。前述のように、これは日本のベンダやSIerが海外におけるシステム導入経験、サポート体制を持っていないことに起因しています。意外かもしれませんが、国内の大手ベンダでも海外拠点のシステム構築を避けたがるケースは多いのです。従って、莫大な費用を掛けてでも、外資系のベンダを使い、現地でシステムを構築・運用してもらうケースが多くなるわけですが、それが海外拠点でシステムを構築・運用する唯一の方法というわけでは決してないのです。

 また、F社が重視した4つのポイントの中でも、特に重要なのは2と3です。まず2のシステムの対応言語の問題について、大手企業の情報システム部門長の方々は「英語や現地語に長けた日本人を採用する」と口をそろえたように言います。しかし、筆者もかつて外資系製造業のラインで情報システムを使って仕事をしていましたが、英語や現地語に“長けている”必要性はまったくないと思います。「システムで表示されるメニューは英語でも、全世界共通のシステムであれば、マニュアルを見るか誰かに聞くかすれば必ず操作を覚えられるはずだ」と教えられ、実際その通りだったのです。マニュアルも英語でしたが、研修の際などに日本語で書き込みを入れれば十分に理解でき、操作に困ることはありませんでした。

 にもかかわらず、大企業の場合、システムを現地語に対応させる例が多いのです。自分の経験から「なぜ英語1本に絞らないのか、いっそ日本語版をそのまま海外に持って行っても良いだろうに」と思っていたのですが、あるとき、コンサルティングを担当していた複数の大企業の情報システム部の方々に理由を聞いてみると、そのほとんどの方から「ユーザー部門から現地語にしてほしいという要望があったから」という回答が返ってきました。

 そのうち、ある企業は中国に拠点展開する予定だったのですが、私が「英語ではダメなのか」と聞くと、その情報システム部員の方は「中国なのに英語は変だ」と言うのです。それではと、実際にシステムを使うことになる生産部門や販売部門のユーザーに「中国語じゃないと駄目なのか」を聞いみると、「中国の管理職は優秀だし、英語を使えることは当然採用条件に入っているので、システムで使う言語が英語でもたぶん問題はない」という答えが返ってきました。

 つまり、システムの要件について、情報システム部門がユーザー部門にきちんと質問することなく、先入観だけで判断してしまっている例も意外に多いのではないかと思うのです。少なくとも対応言語の問題については、問題発生時の誤訳の可能性などに配慮しながらコストを掛けて拠点ごとに対応言語を変えるより、現地担当者に日本語や英語でのオペレーションを教え込む方が確実です。

 一方、3つ目のポイント、「情報システム担当者が、定期的に海外拠点に出張する体制を作る」ことは、現地での運用状況を仔細に把握するうえで有効なほか、現地スタッフのモチベーション向上にもつながります。20年以上前、私が在籍していた企業で、あるとき日本でアジア地区の会議を開催したのですが、中国人やタイ、フィリピン人の同僚は会議終了後、日本でそのまま1週間程度の休暇を取得していました。彼らにとって日本出張はご褒美であり、会社にとってはモチベーションを高める一手段でもあったのです。すなわち、現地システムを安定的に運用するための施策もまた、現地のベンダやSIer、また、テクノロジに頼るだけに限らないというわけです。

大企業のまねをすると痛い目に遭う……間違いだらけの海外展開

 確かに予算的に余裕のある大手企業には大手なりのやり方もあります。しかし、決してそれが唯一の方法ではありません。むしろ予算面で大手より厳しい中堅・中小企業が大企業のやり方をそのまま踏襲しても、たいてい失敗に終わります。

 F社のように、まずは先入観を除外して、もっとコストを掛けずにできる方法はないか、リスクがあるなら、それはどんなリスクで、どのような対策が考えられるのかをじっくりと考えてみたり、似たような先行事例はないか、周囲の事例を探したりしてみると、中小企業なりの実現方法は必ず発見できると思うのです。

 どんな施策も、解決手段となるのはお金やテクノロジだけではありません。ぜひ皆さんも、いま考えている計画について、もう一度、実現手段を見直してみてはいかがでしょうか。

Profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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