システム革新のヒントは“コンシューマ発”にあり“革新を起こす”新アーキテクチャ活用術(1)(1/2 ページ)

「経営への貢献」がIT部門に強く求められている今、既存の業務システムを変革するためには、どのような発想が必要なのだろうか。新しいアーキテクチャを適用し、イノベーションを起こすための数々のヒントを紹介する。

» 2012年06月15日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

新しいアーキテクチャが業務システムに変革をもたらす

 近年、市場の動きが加速するとともに、ビジネスのグローバル化も進み、企業間競争はいっそう激化しています。これに伴い、企業ITにもさまざまな変革が求められ、従来のシステム設計開発の考え方だけでは、十分な対応が難しいケースも急速に増えています。

 そうした中、企業の情報システム部門は、日々のシステム運用管理業務に追われる一方で、「経営への直接的な貢献」という要求が突きつけられています。この要求への対応は、アウトソーシングサービスや運用管理製品の発展により、システムの安定稼働を担保するだけの運用管理業務がコモディティ化していることも手伝い、多くの企業の情報システム部門にとって喫緊の課題になっていると言えるでしょう。

 ただ一方で、近年はクラウドをはじめ、“変革をなすための手段”も数多く登場しています。しかし言うまでもなく、手段はあくまでも手段に過ぎません。問題は、それらをどのように使えばビジネスに貢献できるのか、ビジネスを変革できるのかということにあります。

 では具体的には、“変革をなすための手段”をどのようにとらえ、どう使いこなせば良いのでしょうか?――本連載はその点に着目し、既存の業務システムに新しい技術、新しいアーキテクチャを導入することで、ビジネスの変革を果たした数々の事例や試みを通じて、より具体的にイノベーションのヒントを紹介していきます。これを知ることで、少しでも皆さんの発想に寄与できれば幸いです。

 第1回目となる今回は、近年話題になっているコンシューマライゼーションに注目し、“コンシューマモデル発のアーキテクチャ”を採用したイノベーション事例をご紹介しましょう。

コンシューマ発のアーキテクチャがビジネスを変える

 最近のIT業界の潮流で注目すべき点は、コンシューマモデルの技術がビジネス用のシステムに急速に浸透していることです。例えば、地図情報とGPSは、インターネットでGoogle Mapsなどを使えば誰でも無料で利用できる便利なサービスですが、この技術をビジネス用の業務アプリケーションに採用するといろいろなことができます。例えば物流管理システムにおいて、荷物の現在位置情報や送付先の地図を表示することができます。これによって誤配送などを減らせるとともに、荷物の到着を待っている顧客に今、荷物がどこにあるのかを知らせることができます。

 この技術を配車システムに使えば、iPhoneやAndroid携帯などのスマートフォンを使っている顧客の現在位置を把握し、その近くにいるタクシーを効率的に配車することができます。顧客にとってわざわざタクシー乗り場を探す必要がなくなるほか、タクシー会社にとっても利用客を探して無駄に走行する必要がなくなり、燃料代を抑えられるメリットがあります。

 近年、こうしたコンシューマ向けのサービスを応用した、新しい業務アプリケーションが複数登場しています。そして、その利便性と使い勝手の良さから、急速に利用が広がっているのです。

 2000年ごろまで、IT技術は「業務システム向けに開発された技術が、コンシューマ向けに普及する」という流れが一般的でした。例えば、銀行や大企業で使われてきた汎用機と呼ばれる高性能なコンピュータも、今ではPCとして一般の人にとっても身近な存在になっています。つまり、テクノロジの進化によってコンピュータが高性能かつ小型化したことで、ビジネス用に開発された技術でも安価で手に入るようになり、一般にも普及しているのです。こうした流れは今でも数多く見られます。

 しかし近年、企業ITの世界では、クラウドやソーシャルネットワークサービス(SNS)、モバイルなどがキーワードになっていますが、これらはコンシューマ向けのシステムやサービスから生まれたものです。そして“コンシューマ向けのシステム/サービス発”の新しい技術やアーキテクチャをビジネス用のシステムに応用することで、既存の業務アプリケーションが全く新しいシステムへと再生することを目にするケースが着実に増えています。つまり、「ビジネスからコンシューマへ」という流れが「コンシューマからビジネスへ」と逆転することで、“破壊的イノベーション”とでも言えるような新しい事例が多数登場しているのです。

クラウドを業務システムに利用するとグローバル化が加速する?

 そうした“コンシューマ発”の技術の中でも、今最も社会に浸透しているのはやはり「クラウド」ではないでしょうか。ただ「クラウド」という言葉は、新聞やテレビなどで目にしない日がないほど一般的になってはいるものの、あまりにもいろいろなことができるため、「正直、具体的なイメージがつかめない」という人も多いようです。一番イメージしやすいのは、業務システムの世界でよく用いられる「システムをその都度作るのではなく、必要な時に、必要なだけ利用するもの」という説明かと思います。

 そこで今回は、「必要な時に、必要なだけ利用するもの」というクラウドのメリットを軸にイノベーションを果たした、部品メーカー、A社のケースをご紹介しましょう。

事例:部品メーカーA社のチャレンジ

 従業員200名ほどの部品メーカーA社が海外進出を決断することになったのは、最大の取引先である大手精密機器メーカーが、その主力国内工場を海外へ移転するためでした。コスト削減と、急成長するアジア市場の成長が海外移転の理由です。

 A社はその精密機器メーカーに長年部品を提供しており、どんなに短い納期でも、品質の高い部品を確実に納めてきた実績がありました。そうした経緯から、「試作品や高機能品の製造には欠かせない協力会社の1つ」という高い評価を得ていたのですが、今回A社に対して「ぜひ一緒に海外進出してほしい」という要請があったのです。

 「バンコクの工業団地に主要生産ラインを移すのに伴い、半年後にはバンコクに拠点を置き、そこから部品を供給する体制を整えてほしい」――これがその内容でした。「歴史的な円高によるコスト上昇への対応と、サプライチェーンのリスク分散を図りたい。ついては移転に伴い、取引先の全面見直しを行う。これに対応できない場合は、将来的に取り引きを保証できなくなる可能性が高い」とのことでした。A社は苦渋の選択の末、バンコク工場開設を決断しましたが、ここで生産管理システムをどうするかで悩むことになったのです。

 A社の生産管理システムは、ERPパッケージによるものです。老朽化したオフコンの生産管理システムを、3年前にERPの生産管理パッケージへ移行したのです。

 一方、A社の強みは、熟練した技術者が取引先からのオーダーに即時対応して、随時生産計画を立案・変更するとともに、生産に必要な資材手配を同時に行うことで、厳しい納期にも柔軟に対応できる仕組みを持っていることにありました。熟練技術者の経験とノウハウを最大限に生かすため、その判断を起点に、全ての関連部門が有機的に連携しているのです。

 従来は人づてで対処していましたが、これだと手間が掛かり連絡ミスも生じます。そのため、共有情報は全てシステム上に集約することで、生産計画と案件情報、進捗把握などを中心に情報を一元管理し、営業や調達など、関連部署がこれを共有することで、無駄のない連携した業務処理ができるような仕組みを構築ていました。

 ERPパッケージをベースに構築したシステムには、こうした考え方やノウハウを反映させるとともに、Excelシートを利用して入出力ができるように使い勝手を良くするなど、数々の改良が加えられています。製造部門からは、「新設されるバンコク工場の生産にもこのシステムは必要不可欠」との要望が挙がっていました。

 しかし、このシステムをバンコクの拠点に6カ月間で導入し、さらに保守運用体制を構築するのは、費用面からも要員配置の面からも実現の目処が立ちませんでした。当然、A社はITベンダにバンコク工場向けのシステム導入と、保守運用サポートの依頼をしたのですが、「費用は既存の国内システムの2倍ほど掛かる上、保守運用サポートについては現地の拠点がないため対応できない」とのことでした。

 他のITベンダにも声を掛けましたが、良い回答は得られませんでした。さらに、情報システム部門で保守運用体制を作ることも検討しましたが、もともと全員で10名もいない部門です。「増員で不足を補ったとしても安定稼働には遠く及ばず、さらに国内システムの維持に支障が出る可能性も高い」という結論に至ってしまったのです。


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