ソニー「HMZ-T1」、“シアター画質”への道のり(3/3 ページ)
ヘッドマウントディスプレイ「HMZ-T1」については、ソニーの「もの作りの復活」という視点で語られることが多い。開発現場から提案され、商品化に至った“ボトムアップ”のプロジェクトであったからだ。
420グラムといえば、コンパクトデジカメよりも重いくらいで、数字だけを見れば重いと言わざるを得ない。しかし、バランスさえ悪くなければ、体の負担は減らせるという。「映画を見るためのディスプレイですから、2〜3時間は体に負担をかけずに使えるものでなければなりません」(森氏)。
そこで苦労したのはデザインチームだ。与えられた課題は、「軽く軽快に見えて、かぶっている人が本格的な映像体験に没頭しているように見えるもの」にすること。「コンベンショナルなデザインにしてしまうと、野暮ったいものになってしまう。新しいものを作るのだから、未来的なものにしたいじゃないですか。“当たり前の物にはしない”というのが、チーム全員の合意でした」(楢原氏)。
スケッチの枚数はどんどん増える。HMDの場合、単にデザインだけでなく、装着したときにディスプレイを支える方法も考えなければならないが、幸い担当のデザイナーがヘッドフォンのデザインを経験していた。さまざまなタイプの装着方法で試作機を作り、実際にいろいろな人にかぶってもらいながら快適性や見た目といった視点で候補を絞り込んでいく作業を繰り返した。
「装着するときの手軽さも重要です。HMZ-T1の場合、最初にベストポジションを探す必要はありますが、その後はバンドの前後で脱着が簡単にできます。だいたい皆さん3〜4回つければすごく早くなるようですね。カタログスペックとしては重めですが、装着の工夫などで十分に使えるものになったと思います」(森氏)。
コストダウンも一苦労
そもそも開発期間が短かった理由は、最初に設定した発売時期の目標が「2011年中」だったからだ。「なぜかというと、3DやVRは10年周期でブームのように盛り上がるもの。また3Dが下火にならないうちに出したかったのです」と楢原氏。
確かに、2009年の登場時と違って最近はテレビメーカーも“3D”をプッシュすることは少なくなってきた。ただ、コンテンツ製作の現場では、これまで積み重ねてきた3D制作のノウハウを生かし、見る人に負担をかけずに立体効果を楽しめる作品がようやくそろってきた段階でもある。この時期にクオリティー重視の視聴デバイスが登場したことは、映画ファンはもとより、3Dに関わるすべての人にとってラッキーだったと言えるのではないだろうか。
最後に6万円前後という販売価格についても聞いてみた。「ビジネス的に成立しない価格ではありませんが、本気で提案していくという戦略的な価格でもあります」という。「2号機でコストダウンするのは普通ですが、今回は作りながらコストダウンすることが難しかった。付けたり、とったりを繰り返し、紆余曲折を経て完成にこぎつけた印象です。例えばソフトウェア開発のメンバーには、(コストダウンのために)メモリサイズを1ランク下げてくれとか無茶な注文もしました。うれしかったのは、ソフトウェアのエンジニアが『はい、がんばります。自分で買える値段にしたいから』と言ってくれたこと。そのためにがんばるという、強い意志を持ってやってくれたんです」(楢原氏)。
「エンジニアにしても企画チームにしても、こんなすごい技術を入れているのだから高くてもいいと思いがちですが、今回は本当に自分がほしいから皆協力的にやってくれたのだと思います」(森氏)。
今後の製品計画については、「もちろん、改良したい点はいくつもあるので、今後も満足度を上げていく方向で考えていきます。(HMZ-T1の)上のモデルも下のモデルも考えられると思います」と両氏。3D映画同様、一過性のブームというより、1つの製品ジャンルとして確立・拡大することも期待できそうだ。
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