組み込みソフトウェアの再利用を目指して──開発プラットフォーム「T-Engine」組み込み機器向けOSとして大きなシェアを持つTRONの,新しいプラットフォームが登場する。従来と異なりハードウェアに規定を設けることで,ソフトウェアの再利用,流通の活性化を図る。
TRONプロジェクトは12月12日,携帯情報機器やネットワーク接続型の家電機器を効率よく開発するためのプラットフォーム「T-Engine」を発表した。2002年第2四半期から仕様が一般に公開される。
TRONプロジェクトの代表である,東京大学の坂村健博士 現在組み込み機器向けのリアルタイムOSとしては,ITRONは大きなシェアを持つが,「T-Engine」はこのITRONをベースにしたカーネルを持つプラットフォーム。アプリックス,イーソル,NTTデータ,パーソナルメディア,日立製作所,三菱電機,ヤマハが既に開発プレーヤーとして名乗りを上げており,日立製と三菱製の開発ボードも用意されている。
ソフトウェア流通のために規定を「携帯のほとんどにITRONが使われている。新規開発の53%」(坂村氏)というくらい,組み込み機器向けのOSとしてITRONは有力だ。携帯電話をはじめとして,自動車のエンジン制御やデジタルカメラなど身の回りの機器に組み込んで利用するOSとして世界ナンバーワンの地位を持っている。 ITRONはハードウェアに対して全く依存しておらず,改造も自由。利用するのも無料で,坂村氏が「完全なオープンというのはTRONしかない」と語るほど自由なOSだ。これがITRONが組み込み機器向けに歓迎された理由の1つでもある。 しかしハードウェアを規定しないため,それぞれのITRONには互換性がなく,「社内でもちょっとずつ異なるITRONを使っている」(ヤマハ)。このため「これまでに開発したITRON用のソフトウェアの流通ができない」という状況になっていた。 世間の組み込み機器の現状を見てみると,ハードウェアは大きく進化し,逆に「ソフトウェア開発に比重が移ってきた」(坂村氏)。 今後を考えればソフト開発を容易にすることがOSとして重要になってきており,こうした状況に対応するため作られたのがT-Engineだ。「ハードウェアのスペックを定義していなかったために(ITRONでは)ミドルウェアの流通が滞った。T-Engineでは,ハードウェアに規定を設けた代わりにミドルウェアは流通できる」(坂村氏) T-EngineではAPIレベルで仕様が決まっており,作成したソフトウェアの相互流通が可能。CPUには依存しておらず,リコンパイルすることでさまざまな環境に対応できるという。 ソフトウェアが流通できるといっても,PCのOSのようにハードウェアの仮想化を押し進めるわけではない。どちらかというとインタフェースなどのハードウェア仕様を規定し,「派手な仮想化はしない。多少PCの思想にすり寄った,という程度」(説明員) T-Engineのカーネルには,ITRONをベースとしたTカーネルが使われている。ミドルウェアを流通させるため修正のほか,暗号化チップである「eTRON」のインタフェースが組み込まれ,バッテリーマネジメントの機能を付加したのが主な変更点だという。
手のひらサイズの開発環境を用意T-Engine仕様に基づく組み込みソフトウェア開発環境として,日立が「標準T-Engine」,三菱が「μT-Engine」の開発ボードを既に用意している。これは,従来の開発ボードに比べて大幅に小型化され,ターゲット製品に近いイメージの機器で開発できるのが特徴。
今後の組み込み向けソフトウェアの開発環境に関して,日立は「新規に作る部分に関してはT-Engine仕様にしていく」,三菱は「当面は既存の評価ボードと併存していく」とコメントしている。 組み込み向けソフトウェアの開発を手がけるイーソルは「これまでITRONの開発環境は貧弱だと言われていた」と,T-Engineでそれも解消されていくのではないかと期待を示す。組み込み向けJavaで有名なアプリックスはT-Engine対応の「JBlend」を提供することを発表した。 携帯電話をはじめとして,組み込み向けソフトウェアの開発は難を極めている。今回の発表でも,ソフトウェアのバグにより回収の憂き目にあったソニー製携帯電話の例を挙げ,ソフトウェア開発の重要性を印象付けた(5月11日の記事参照)。 TRONプロジェクトでは,ソフトウェアの再利用と流通を促進するために「ミドルウェア流通ネットワークセンター」も準備する。肥大し,開発ペースの速まる組み込み向けソフト開発に,T-Engineはどのくらい恩恵をもたらすか。2002年第2四半期にはT-Engineを利用した具体的な製品も投入されるもようだ。
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