コンピュータを着る時代を作り出す(3/3)ウェアラブルPCを実践してみれば、それが決して快適でもなく、便利なことばかりでないことは明らかなのであった。だが大切なことは、当たり前に聞こえる回答のひとつひとつが、実践によって導かれ、裏づけられた言葉だ、ということだ。 ウェアラブルPC/HMDは、できるだけ小さくなり、軽くなり、長時間動作するようになり、アプリケーションがそろって実用的になるのが望ましい。ファッション性だってもっともっと考慮された新製品が出てくるのに越したことはない。 だが、違うのである。 鶏が先か、卵が先か(もちろん卵が先)などと観念論を戦わすのではない。実践することが、決定的に重要なのだ。よいところも悪いところも、清濁合わせ呑みながら、実際にウェアラブルPCを実践すること。ポジティブに未来を見いだし、作り出そうとすること。泣き言をいわないこと。 覚悟を決めて、始めてみることが大切なのだ。継続することが重要なのだ。未来を作るのに、苦しくないなんてことはない。 ウェアラブルPCには悪いところも山ほどある。だが、よいところだってあるのだ。よいところを伸ばし、悪いところを改善すること。そうするためには、実践するしかない。 「キラーコンテンツ、キラーアプリケーションというようなものを考えてから行動しようとするのは、マーケティング的な考え方で、そういうふうに物事は進まない」と塚本助教授は断言する。「iモードも、待ち受け画面や着メロのような、思いもかけないコンテンツがビジネスとして立ち上がってきた。ウェアラブルPCも同じで、実践のなかから新しい使い方が見いだされのだと思います」。 実践の積み重ねから、汗をかきにくいような小さなマシン、コードのいらないシステムを見いだすこと。実践の積み重ねから、新しいものを作り出そうとするものだけに、歴史はパイオニアの称号を許すのである。 塚本助教授が考えるキラーアプリケーションは「昨日こんなことがあってね」という映像蓄積/再生のコンテンツだという。恋人や友達同士で、昨日こんなことがあってね、という話を、映像を見ながらできるアプリケーション。映像日記とでもいったらよいだろうか。そういうのが、新しい時代のコンテンツになるだろう、というのである。 Webの日記ページの多さや、携帯電話へのデジタルカメラの搭載状況を見ていると、この「昨日こんなことがあってね」というのは、実はほんとに決定的なキラーアプリケーションなのではないか、と感じなくもない。おしゃべり、コミュニケーションが人間の本能なのだとしたら、「話をすること」こそが究極のキラーコンテンツなのだ。
「HMDビジネスへの着実な手応えを感じています」と塚本助教授は語る。 HMDを付けた塚本助教授は、わずか数日の東京滞在の間に、大手電子機器メーカーN社の会長社長ら20名を相手にHMDとウェアラブルについて講演し、PAGE2003での講演、HMDメーカーとの打ち合わせ、鈴鹿8耐へのHMD使用研究会の準備、本郷T大学I教授とのミーティング、PAGE2003のレセプション、エンターテインメントコンピューティング2004のための音楽業界とのミーティングなどをこなす。ほとんど2時間おきの超過密スケジュールだ。 普通、人は人に会うだけでも疲れてしまうものだが、これだけの過密スケジュールであっても、かえって生き生きとさえしてくるように見えた。ひたむきな情熱が、会う人ごとに伝播していく。広がっていく。 「どうなるか既に分かっている冒険は、本当の冒険じゃないでしょう。それならどこかの旅行会社がアレンジする冒険セット旅行だ。本当の冒険は、そんな力が自分の中にあるとはそれまでまるで知らなかった、そのような力を投入しなければならない状況へ人を運んでゆくものです。そうして、そんなふうにして自分を知ることになる。真の冒険者はじつはそれを求めているのだと思います」これは、『ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと』(岩波書店)にあるミヒャエル・エンデの言葉である。 ウェアラブルをめぐる本当の冒険。それを追いかけてみたいのだ。冒険行きのバスは、いま動き始めるところだ。
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