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iモードとFOMAが2026年3月31日で終了――iモードの成功はNTTドコモに何を残したのか石川温のスマホ業界新聞

NTTドコモが3G(W-CDMA)通信サービス「FOMA」と、FOMAケータイ向けの通信サービス「iモード」を3月31日をもって終了した。これで日本における3G通信サービスは完全に終息することになるのだが、iモードはもう少し“やりよう”を考えればサービスを継続できたのではないかと考える。

 2026年3月31日、iモードが終了した。

 iモードの開始は1999年2月22日。当時、日経トレンディに配属されて1年目の編集記者だった自分は広末涼子が登壇する記者会見に参加。iモードの可能性にベタ惚れして、この業界にどっぷり浸かってしまったのだった。それだけに四半世紀以上、続いたiモードがなくなってしまうのはとても感慨深い。

この記事について

この記事は、毎週土曜日に配信されているメールマガジン「石川温のスマホ業界新聞」から、一部を転載したものです。今回の記事は2026年4月6日に配信されたものです。メールマガジン購読(税込み月額550円)の申し込みはこちらから。

 当時、9.6kbpsという通信速度にあわせるかたちでコンテンツ制作のルールを策定。C-HTMLという、パソコン向けのHTMLをコンパクトにした記述言語を用いたことで、参入の障壁をできるだけ低くしたのが大きかった。

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 一方のEZwebはWAPという記述言語であったため、新たに習得が必要だったのだ。

また、iモードはサービス開始当初から大手の銀行を並べ、残高照会や振込ができるなど、「信頼できるサービス」という印象を与えたのが大きかった。

 NTTドコモ自身がきっちりと審査する「公式サイト」だけでなく、誰もが自由に作れる「勝手サイト」があったため、見られるコンテンツが豊富だったのも魅力だった。

 いまから考えれば、公式サイトの課金手数料である「9%」という設定値は安すぎたかもしれない。コンテンツプロバイダとすれば、9%でありながら、NTTドコモがユーザーに対して電話料金と一緒に課金回収するという「取りっぱぐれない仕組み」があったというのも、日本のコンテンツ企業を発展させた基礎になったともいえた。

 ただ、iモードに関しては成功体験が大きすぎた故に、新たな潮流を排除して負けたことも多かった。たとえば、J-Phoneとシャープによる「写メール」がヒットしていたときも、NTTドコモはカメラ付きケータイを認めようとしなかった。

 ようやく、NTTドコモ初のカメラ付きケータイとしてシャープが採用されたものの、「SH251i」という、本流での扱いにはならなかったのだ。

 また、KDDIがクアルコムのCDMA2000を採用したことで、パケット通信の「定額制」や、大容量ネットワークを活かした「着うた」を提供し始めたときも、NTTドコモには対抗手段がなかった。

 iモードでは「着メロ」のダウンロード配信が大ヒットしていたが、着メロは絶対音感を持った人間が、新曲が売り出されるやいなや、聞き取り、楽譜に落とし込み、アレンジャーが3和音や4和音のデータを作るという工程であった。カラオケを手がける企業が着メロ配信で急成長を遂げたのは、こうした理由があったからだ。

 着メロ市場が伸びる一方、原曲を作っている作曲家やレコード会社、音楽プロダクションが全く儲からなかったため、音楽業界から相当、煙たがられていた。

 そこで登場したのが「着うた」だった。音楽の一部をそのまま配信するため、作曲家や作詞家、歌手、レコード会社、音楽プロダクションがそのまま潤う。

 ケータイは、日本において音楽配信のプラットフォームとして普及することになるのだ。

 NTTドコモは、iモードを作ったゲートウェイビジネス部をもっと拡大し、それこそ榎啓一氏を社長にするぐらいの度量を見せていたら、さらに大きな企業になっていたのではないか。

 NTTドコモ内で、大成功したiモードに対するやっかみや抵抗勢力ばかりがあり、一枚岩になれなかったことで、自滅していった印象が強い。

 iPhoneやAndroidが出始めるタイミングで、iモードとは別の部隊でLiMo Foundationが登場し、のちに「Tizen」などができたが、素直にiモードとAndroidを融合させた端末を出せていたら、状況は変わったかもしれない。

 NTTドコモは「SPモード」や「dメニュー」といったようにスマホ時代になって頑なにiモードを否定していたが、ブランドとして、iモードを残し続けた方がよかったような気がしている。

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