第8回 「うちのサイトをiPhone 3G対応にせんかい!」と言われる日:コンテンツ業界の底辺でイマをぼやく
打ち合わせがあれば「iPhone 3G買わないんですか?」と、挨拶代わりに聞かれるここ最近。IT業界的には大きなトピックとなっているわけですが、底辺の自分としては発売が楽しみでもあり、その余波が怖くもありな毎日です……。
「iPhone 3G」は、ご多分に漏れず、やっぱり気になります。気になるポイントはいろいろあるんですが、その1つは……「最近作ったあのサイト、iPhone 3Gではどう見えるのかなぁ」ということ。
iPhone 3Gに搭載されているブラウザはSafariですから、ケータイ業界的にいえば「フルブラウザ搭載」ということになります。iPhone 3G様に向かってフルブラウザとか、おこがましい感じもいたしますが。もうね、ケータイサイトなんて見ないですもんね、iPhone 3G様は。
しかし、480×320ピクセル(ハーフVGA)/解像度163ppiという、ケータイ業界的にはQVGAでもVGAでもない「なんぞこれ」というピクセル数にとまどい、PC向けサイトを作っている身としても、Flashには未対応とお聞きしますし(現在Adobeが開発中のもようですが)、「あのサイトは、このサイトはどう映ってしまうのだろう」と、いまからヒヤヒヤなのでございます。あぁ、先月作ったフルFlashのアレはアウトだ……。
iPhone 3G発売後、六本木のキャバクラにて
なんでそんなにヒヤヒヤするのか? といいますと。iPhone 3Gを早い段階で手に入れられる方のなかには、業界のコネが効きまくる偉い方が絶対いらっしゃると思うのですよ、こんな品薄の状況下では。そうなると、ですね……。こんなこともありかねないなと。
六本木のとあるお店にて
お偉方:「ほれ、ワシiPhoneもっとるんだぞ」
女の子:「えーすごーい!ちょっと見せてくだされよー」
お偉方:「これでな、パソコンサイトだって見られちゃうんだぞー。ウチのサービスだって」
女の子:「えー、社長さんIT系なんですか?」
お偉方:「そうじゃよ。おぉ、じゃちょっと見てみようか。近くに寄ってごらん」
女の子:「えー、じゃぁ、ちょっとだけ(ピタ)」
お偉方:「(ニヤ)どれどれ、アクセスしてと……。ん? あれ?」
女の子:「あれー。なんだか絵が出てないところとかありますよー。(サッと離れて)ダメじゃないですかぁ」
お偉方:「い、いやぁ、まいったなぁ、こんなはずでは……」
→翌日の朝礼
お偉方:「お前ら今日中にiPhoneでちゃんと表示されるように修正しろ! 分かったか!」
こんなふうになりそうじゃないですか! いや、これ冗談抜きで。そして底辺の我々にしわ寄せが……。
「環境によって見た目が崩れる」という問題は、いつまでたってもWebデザイナーを苦しめ続けますね。それこそ、ネット黎明期には「ちょっと、このページこの前見たのと色味が違うじゃない! こっちのノートPCで見ると薄いよ」「……(それはディスプレイ輝度の問題では)」なんて言われたり、紙でバリバリのデザイナーさんから「プリントアウトしたこのデザインから0.1ミリもずれないデザインでWebにして」とか言われたりして、それがいかに“無茶振り”なのかを説明するのに半日かかる……なんていうことも日常茶飯事でした。最近は、さすがにそういうことは、なくなってはないですけど、減りましたよね。グッと。
なぜ減ったのか。それは現場、それこそ末端のコーディング祭り人員からクライアントのWeb担当者、そしてその上司くらいまでは、最低限の共通リテラシーを持つようになったからでしょう。今じゃ「昔ネットアイドルをしていた管理職」なんていう人までいる時代ですし(Y嬢、あなたのことですよ)。
つまりはWebサイト、サービスのチェックをする人たちまで含めて、ある程度皆「分かっている人」で固めることができるようになってきたわけです。ですが、普段は現場を目にしない上層部の方々、ネットよりも新聞で主にニュースを購読されるような方々が現場に降臨されてしまう、そんなタイミングはやはりあるわけです。いまだに。
「今朝の日経に書いてあったんだが、なんだか最近、携帯業界は調子いいらしいな。たしかウチにもあったはずだが、アレどうなってるんだ」とか、「この前テレビでやってたんだが、いまはやっぱり動画らしいな。ウチのアレは(以下略)」とか、「娘(本当はお店の)が言うには、今こんなのがはやっているらしいぞ。ウチのアレは(以下略)」などなど。
そうなるともう、現場は大混乱な“無茶振り”が振られる可能性が必死になるわけです。いや、そういうところから、サービスの改善や新機軸(奇想天外とも言う)サービスの開発が始まったりするものとは思いますが、あまりにも固め打ちでそうした指令が来ると目も当てられません。iPhone 3Gの熱狂は、まさしくそんな状況を呼び起こすんじゃないかなぁと、そんな気がしてならないわけです。いや、業界活性化でいいことなんですけどね。ただ、今のタイミングだと夏休みを直撃しそうだなと(笑)。
価格据え置きでクロスデバイス対応とか増えそう……
実際、昔こんなことをおっしゃるクライアント様がいらっしゃいました。
「もうケータイサイトは古い!これからはフルブラウザだから、ケータイサイトもPCサイトも関係ねぇ! ということでケータイ(フルブラウザ……っていってもいっぱいある)でも、パソコン(Internet Explorerだけでいいの?)でも、同じように見やすくて使いやすいサイトを作れ」
あ、いや、あの、ケータイとPCじゃ画面サイズとか違うし、普通のケータイってタッチパネルじゃないから、マウス操作前提のPCサイトと同じ発想のUIは無理っていうか使いづらいっていうか、そもそも通信速度も読み込める容量もメモリも違うし、auのOperaならきっちり表示されるかもしれないけれど他社だと結構崩れるっていうか、えっと、その……。
などと、ゴニョゴニョ言っていると、「お前らはそうやって、できないできないばかり言うからダメなんだよ」的な烙印を押されてしまうため、無理やり作ってみた我々ですが、やはりその仕事が世に出ることはなかったのでございました……。合掌。
当時はどう考えても、いいものができないとしか思えない要望でしたが、2008年夏現在の話で言うと、このクライアント様がおっしゃった話は、ある程度理解できます。VGAやフルワイドVGA対応のディスプレイを搭載した機種が増えたし、ソフトバンクのインターネットマシンのような機種も出てきました。ニュースだけ見ていれば、そういう考えになってもおかしくはないですよね。
しかし、本当にPCサイトとケータイサイトの垣根がなくなっていくのだとすれば、IEにFirefoxにOperaにSafariにと、各種ブラウザでの表示をキッチリ仕上げるクロスブラウザ対応だけでも四苦八苦していたWebデザイナーたちにとっては、難題が増えるばかりです。つまり、クロスブラウザよりもややこしい、クロスデバイス対応(PC・ケータイ・Wii・PSP?)を、求められるようになるわけですから。しかも、コーディング価格は据え置きだったりして。うはー、ありそうだなぁ、これ。
iPhone 3GのSafariはかなり高機能と聞きますし、多くのサイトは(当社が作ったものも含めて!)きれいに表示、されることでしょう。ですが、そうはいってもPC向けのサイトをiPhone 3Gでそのまま表示するよりは、iPhone 3G向けにカスタマイズした方が見やすくなるのは必定ですよね。
iPhone 3Gで見るならPCサイトとケータイサイト、どっちが見やすい?
片手で入力操作まで行う前提のケータイ端末と、マウスとキーボードによる操作を前提としたPCとでは、そこに表示されるサイトのUIは当然異なります。異なっていないとおかしいです。そして、いくら解像度が高いからといって、物理的には2.5〜3.5インチ程度しかないケータイの液晶で、15インチとか17インチを想定して作っているPCサイトを、「同じように見せる」のもまた、おかしな話だと僕は思っています。
そこにまた、新たな操作方法を持つiPhone 3Gが加わるわけですが、ハード的な操作方法が違うのだから、画面に表示されるソフトのUIは、ケータイともPCとも違うものになってしかるべき……でしょう。あとはユーザーサイドの許容範囲と、作る側がどこまでやるか(お金をかけるか)という問題です。
少なくとも、従来のケータイのフルブラウザを持ってして、「ケータイサイトとPCサイトの垣根がなくなる」という話は、製作サイドとしても1ユーザーとしても、「そんなわけないじゃん」としか思えませんでしたから、今までずっと、1つのサービスでケータイ版とPC版の両方を作ってきたわけです。
ですが、もしこれを、ダブルタップや二本指でつまむといったiPhone 3Gご自慢の操作方法によって、「ケータイ端末でPCサイトを見ても違和感ないじゃん」となれば、話が変わってくるかもしれません。しかし、その一方で、日本のケータイ/ケータイサイトにも、ここまで築き上げてきた独自のUI・サイト構成があり、「いまの画面サイズと通信速度では、やはり日本のケータイサイトの方がiPhone 3Gで見るにしたって便利なんじゃないか」という思いもあります。
「iPod touchのSafariが快適だからiPhone 3GでのWebブラウジングだって問題なし」という方もいらっしゃると思うのですが、無線LAN環境とHSDPA環境では通信速度が違い過ぎで、やはり「HSDPAの速度でサクサクとPC版のITmediaが見られるのか」という、まぁそういう話になってしまいます……。もし、「ウチのサイトもiPhone 3G向けにカスタマイズしようか」となって、しかも無線LAN用とHSDPA用で作り分けるようになったりするとすごい話ですな。
現実的にはHSDPA用に1つ作ればいいでしょうということで落ち着くのでしょうが、そうなると「あれ? これってケータイサイトをそのまま表示させればいいんじゃない?」となるんじゃないでしょうか。なんだか話がややこしくなってきてしまいましたが、一番簡単なのは端末振り分けでiPhone 3Gの人にはPC向けサイトを見るかケータイサイトを見るか選べるようにするのが、親切な感じですかね。よし、「iPhone 3G対応」の話が出たらこの論法でごまか……、いや対応しよう。ケータイサイトが問題なく表示される場合だけですが。
そんなこんなで、iPhone 3G(スマートフォンを含む)のタッチパネルを使ったフルブラウジング文化が定着するのか、それとも日本独自のケータイサイト文化が残るのか。かなーり気になるわけでございます。そして、最も気にかかるのは、「その決着がキッチリ付くまで、iPhone 3Gを使っている偉い人からの“無茶振り”が増えそうだなぁ」ということなのでございました。
プロフィール:トミヤマリュウタ
ときにライター、ときにデザイナー、ときにプランナー。某携帯電話関連会社にて某着メロ交換サイトを企画するなどといった若気のいたりを経て、2001年に独立。2004年には有限会社r.c.o.を設立。書籍、雑誌、ウェブの執筆・デザインなど、各種制作業務を中心に活動。2006年あたりから始まったケータイ業界再編の波にもまれていうるちに、近年では大手携帯電話会社のコンテンツ企画を手がけることになっていたりと、なんだか不思議な毎日。
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