想像以上に遠い「1人1人に電子教科書」の実現:小寺信良「ケータイの力学」
MIAUと日本マイクロソフトとの協働プロジェクトとしてニコ生で放送した「電子教科書がもたらす未来」で、一部の学校で試験的に投入されようとしている電子教科書、学童用PC、電子黒板、教材などを紹介したが、文部科学省が目指す電子教科書全面導入は2020年。電子教科書による教育改革にはまだまだ時間がかかる。
2月25日、MIAU(インターネットユーザー協会)と日本マイクロソフトとの協働プロジェクトとして、電子教科書に関する番組「電子教科書がもたらす未来」をニコニコ生放送で放送した。2010年7月から取材を始めて、今回のような形にまとめるまで約半年かかった、大掛かりなプロジェクトである。
すでに数年前から“生徒1人に1台PC”プロジェクトなどは実証実験が始まっており、要するにハードルは金銭的な問題なのかと思っていたのだが、取材を進めるうちにまったくそれ以前の問題であることが分かってきた。
まず前提条件として、就職してくる新人たちの人間的な基本力が低下している問題がある。敬語が使えないというのはまあ昔からあったにしても、会社・業界それぞれに存在するルールに従わない、あるいはそれに馴染んでいないことを問題だと認識していない、メールの文章が何か変、会社の非公開情報をブログに書く、報告書も何かのコピペという事態に至って、「あれーなんか日本まずいぞー?」と誰もが思い始めた。「近頃の若い者は」というセリフはいつの時代にも言われており、最も古い記録ではギリシア時代にまでさかのぼるそうだが、どうもそのレベルではなく、このままだと国や社会の形が滅びかねない、完全なる赤信号である。
これは何が悪いのか。新卒を迎える会社は大学何やってんだということになり、大学は高校何やってんだ、高校は中学何やってんだ……と連鎖的に下に降りていき、結果的に実は子供の教育に失敗しているのではないか、という話になる。それならば、教育を変えなければならない。
世界はどうなってるんだ、と経済協力開発機構(OECD)による国際的な生徒の学習到達度調査(Wikipedia:OECD生徒の学習到達度調査)を調べてみると、実は上海、シンガポール、香港、韓国といった、かつての日本型教育を手本にした国に抜かれていることが分かる。
日本はかつての詰め込み型教育の反省から、80年代末にゆとり教育に転換した。基礎詰め込み型ではなく、応用力重視の教育へと転換したつもりだったが、基礎が身についていなければ応用も利かないのだという当たり前の、ゆとり教育失敗を認めるまで、日本は20年かかった。その間に、アジア諸国に抜かれたわけである。
本当に変わるのは教育というシステム
番組では、一部の学校で試験的に投入されようとしている電子教科書、学童用PC、電子黒板、教材などをVTRやスタジオに実機を持ち込んで紹介した。そのたびにコメントでは形じゃない、中身が重要だという指摘も多くあったが、そんなことは当たり前だ。
いや、電子教科書導入推進活動というのは、他国に負けているICT利活用というトロイの木馬に隠して教育界に突っ込む、教育革命なのである。そこは暗黙の了解で、だからこれらのデバイスに何が仕込めるかを想像してほしかったのだが、ほとんどの人はそこが分かっていなかった。
日本の教育は、文部科学省が行なう教科書検定を通った教科書しか学校で採用されない。通常教科書の検定には3年程度かかる。しかもその内容が4〜5年使われることになるわけだから、最長では8年前に作られた内容で子供に教育されることになる。
特に情報系に属する話は、毎年少しずつ改訂されていてもおかしくない。電子教科書なら、そのようなアップデートも可能になるのでは、という期待もある。しかしそれが教科書である以上は検定を通らなければ、アップデートもままならない。電子化されようが紙であろうが、検定制度がある限り年単位のタイムラグが発生することは変わらない。
文部科学省が電子教科書全面導入としてターゲットとしているのは、2020年である。あと9年。今年小学校に入学する子供が、高校生になる時にようやく電子教科書が配備される。電子教科書にかこつけて教育改革を滑り込ませるとしたら、遅すぎるわけだ。
小寺信良
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。
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