通信品質の“谷間”をなくせ――ソフトバンクが取り組む基地局間協調伝送技術を見る:LTE-Advancedを見据えて
ソフトバンクモバイルが、同社が検証を進めている基地局間協調伝送技術や指向性アンテナ技術のデモをお台場で開催。電波干渉による通信速度の低下を新技術で改善できることをアピールした。
ソフトバンクモバイルは2月21日、同社が検証を進めている通信品質改善技術のデモンストレーションを報道関係者に公開した。東京のお台場地区を会場とし、14日に発表した「複数基地局間協調伝送技術」実証実験の成果に加え、「基地局アンテナ垂直面内指向性制御技術」を披露。これらの技術を組み合わせ、通信品質が改善される様子をデモンストレーションした。なお、各技術の実用化時期は未定となっている。
IPネットワークを使った基地局間協調制御を実現
今回の一連の技術は、基地局間で発生する電波干渉の影響を低減するのに役立つものだ。
携帯電話は一般に、セル(細胞)状に複数配置された基地局の中から、最寄りの基地局と通信し、インターネットや通話を実現している。移動して基地局から離れていくと、通信品質は下がり、一定以上離れると通信を維持するために次の最寄りの基地局に接続する。この基地局の切り替えをハンドオーバーと呼ぶが、こうしたハンドオーバーが必要となる「セル境界」エリアでは、隣り合う基地局との間で電波が干渉しやすい。そのため、「セル境界では一番通信品質が劣化する」と同社ワイヤレスシステム研究センター長の藤井輝也氏は説明する。また、電波を遮るビルなどの構造物が複雑に入り組む都市では、セル境界に限らずさまざまな場所で、基地局間の電波干渉による通信品質の“谷間”が生まれるという。
これらの干渉問題を、隣接基地局を協調制御することで改善するのが、14日に発表した複数基地局間協調伝送技術だ。通信状況に応じて隣接基地局からの信号送信を停止する「複数基地局間協調送信制御技術」(以下、ECO-LTE)と、隣接基地局から携帯電話へ同一信号を同時送信する「複数基地局間協調送信技術」(以下、CoMP)という、2つの技術を同社は検証している。
なお、同社が今回開発した協調制御技術は、一般的なIPネットワークで基地局を結ぶ「基地局間インターフェース(X2インターフェース)」により実現するのが特長となっている。これまでの光張り出し方式による集中型の協調制御では、一定範囲内にある基地局グループ間でしか協調制御ができず、グループの境界をまたいだ協調制御ができなかった。一方、X2インターフェースは「IPネットワークでつながっているため、どのペアでも使える」と、同社ワイヤレスシステム研究センター モビリティネットワーク技術研究課課長の岡廻隆生氏は話す。グループが存在しない分散制御構成のため、基地局の組み合わせが制限されないのだという。また、現行の商用LTEの構成を変更せずに利用できるメリットもあると岡廻氏は説明する。
ECO-LTE(Enhanced Cooperative-Long Term Evolution)
ECO-LTE(同社による独自呼称)は、「比較的容易に実現できる技術」だとワイヤレスシステム研究センターワイヤレスアクセス制御技術研究課長の長手厚史氏は説明する。同技術では、干渉の悪影響が強く認められた際、隣接基地局が電波のリソースのうち干渉原因となっている信号の送信を停止することで、通信品質を確保する。LTE(Releace-8/9)の基地局に制御ソフトウェアを追加することで利用でき、現状の基地局や端末でも実現しやすいと長手氏は話す。
CoMP(Coordinated Multi Point transmission)
一方のCoMPは、LTEをさらに進化させた高速通信規格である、LTE-Advancedに向けた技術として、3GPPで標準化が進んでいるものだ。隣接基地局から携帯電話へ同一信号を同時送信する“協調MIMO伝送”により、干渉を防ぐだけでなく受信電力の改善も期待できる。同社では独自技術も駆使してCoMPを実現し、実験を行っているという。
なお、CoMPの実現にあたっては、IPネットワークを利用するX2インターフェースでも高精度な同時送信を実現するために、(1)GPS信号の活用により基地局同士の絶対時間を合わせる、(2)送信時刻指定をデータのヘッダに埋め込む、という2つの手法を採用した。これにより、同時送信に十分なタイミング精度を確保できているという。データの流れ方としては、バックボーンノードからマスター基地局がデータを受け取った後、送信時刻指定ヘッダを加えた分岐データをX2インターフェースを通じてスレーブ基地局に送り、最後に両基地局から端末へデータが同時送信される。
基地局アンテナ垂直面内指向性制御技術
基地局の協調制御技術に加え、アンテナの指向性制御技術も紹介された。位相によりアンテナの指向性を制御するもので、端末が基地局近傍に滞在している場合は、垂直面内への指向性を高めて電波が遠くまで届きにくくし、周辺基地局への干渉を低減できる。
こうした指向性の制御は個々の端末に対して行われる。基地局配下の端末が遠方に集中して存在するような極例では干渉低減が望めないが、一般的には基地局圏内のさまざまな場所に端末が滞在しているため、統計的に干渉低減が期待できると藤井氏は説明する。
エリア全体で安定した通信速度を提供
実証実験では、干渉エリアにおける下り伝送速度がECO-LTEで2倍以上、CoMPで約2〜3倍向上させられることが確認できた。なお、こうした協調制御による隣接基地局の送信停止または同時送信は、あくまでも電波のリソースの一部を使って行うため、隣接基地局圏内にある他の端末が全く通信できなくなるといったことはない。ただし、リソース分配による速度低下は起こり得る。
この問題に対し、同社では協調制御をするべきかどうかを判定するアルゴリズムを設けることで、基地局の総合スループットが減らないように制御できる仕組みを設けた。“良好なエリアでは非常に速く、干渉エリアでは非常に遅い”という状況を地ならしし、多くのエリアで安定した通信速度を得られるようにするのが、今回の各種技術の方向性だ。
フィールド実験のデモンストレーション
今回のデモンストレーションのうちフィールドデモでは、実験用基地局が配置されたお台場の実験エリアで測定車を走行させ、各技術により下り通信品質がどの程度改善されるのかを紹介した。
まず通常のLTEを使った走行では、干渉の少ないエリアでは10〜20Mbpsと高速な通信を実現していたが、セル境界や“谷間”的なエリアに入ると1Mbps程度にまで速度が落ちた。低品質な状況においても1Mbpsの速度を得られるのはLTEの優れた点だと岡廻氏は指摘しつつ、こうした干渉エリアでもECO-LTEやCoMPで電波良好なエリアに匹敵する速度を確保できることをその後の走行デモで実証した。ECO-LTEやCoMPを有効にした場合、走行中に電波干渉がひどくなるとECO-LTEあるいはCoMPが発動し、途端にスループットが10〜20Mbpsに跳ね上がった。干渉エリアを抜けると基地局の協調は終わり、速度は数Mbps程度に収まり、ハンドオーバー先の基地局に近づくに連れ十数Mbpsの品質に回復していった。
ECO-LTEやCoMPの効果実証デモは「青海実験局」「台場実験局」という2つの実験基地局間を走行して行われたのだが、デモの最後では、アンテナ垂直面内指向性制御技術を利用できる「有明実験局」という3つ目の基地局も活用。指向性制御技術を有効にして電波の範囲を狭めることで、他の基地局での干渉による速度低下がある程度改善されることがアピールされた。
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