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iPhoneの体験を加速する「iOS 8」――ユーザー主体の時代へ林信行のWWDC 2014ポイント解説(2/3 ページ)

アップルが6月2日(現地時間)に米国で開催した開発者イベント「WWDC 2014」の基調講演を受けて林信行氏が現地からリポート。今回の発表にあるエッセンスをまとめた。

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混沌の世界に秩序を生み出す

 冒頭でも書いたように、筆者は今回のWWDCでの一連の発表をくくるキーワードは「デバイス主体時代からユーザー主体時代」だと思っている。その例として次に挙げたいのが、アップルがiOS 8に組み込む予定の「HomeKit」と「HealthKit」だ。

ヘルスケア系アプリのデータを集中管理する「Healthkit」と、アプリから照明のオン/オフや施錠などを行うスマートホームを実現するためのAPI「HomeKit」がiOS 8に組み込まれる

 毎年1月にラスベガスでCESというイベントが開催される。メディアではよく「世界最大の家電イベント」と形容されるイベントだが、筆者は常々、「世界最大のガラクタ見本市」という側面もある気がしていた。

 とにかくハンパではない物量で新製品が発表されるが、1年後には、誰も前の年に発表された製品の半分も覚えていない、という印象がある。

 話題作りのために、未来っぽくみえる割には未来のない製品が大量に展示されている。そしてこのCESでここ2〜3年ほど話題を振りまき、濫造(らんぞう)されまくっていたのがリストバンド型のウェアラブルデバイスだ。

 これらはどの製品も、リストバンド本体と専用アプリ(ものによっては専用クラウドサービス)のセットになっている。機能はどんぐりの背比べで大して変わらない機器が大量にあるにも関わらず、それらの機器の間でデータの連携も何もまったく考慮されていない。そんな製品に未来が感じられるだろうか。

 あるメーカーの活動量計を使っていた人が、他社の最新製品に切り替えると、それと同時にアプリまで切り替わってしまい、それまで蓄積してきた活動量データが利用できなくなってしまう。そんなデバイス主体の考え方は、およそユーザーに優しいとは思えず、私自身も講演などを通してこうした機器の問題を指摘し続けてきた。

 だが、残念ながらこうした健康系ウェアラブル機器には、相互連携を計っていこうと旗ふりをする会社もなければ業界団体もない。だから、各社がひたすら我が道を行っていたのがこれまでだった。

 正直、もしかしたらGoogleが発表したAndroidベースのウェアラブル端末仕様「Android Wear」がこの部分の規格統一をしてくれるのかもと期待していた。しかし、少なくとも今のところ、さらに多くのウェアラブル端末を簡単に作れるようにするという、いわば乱雑さを増やす方向の提案はあっても、それらを標準化し、秩序を生み出す側の提案はあまり聞こえてこない(間もなく開催されるGoogle I/Oに期待したい)。

 もっとも、Androidは、その成り立ちから多様性を賞賛するベクトルの文化だった。これに対して、できることを少し制限してでも秩序や統一性を大事にし、それによって誰にでも分かる使いやすさを生み出そうと目指してきたのがiOSだ。そう考えると、こうした秩序作りができる会社は、アップルをおいてほかになかったのかもしれない。

 そんなアップルが今回発表したのがHealthKitという開発者向けの環境と、iOS 8に標準搭載される「Health」というアプリで、これを使うとメーカー間や機器間の壁を越え、活動量なら活動量、心拍数なら心拍数、体重なら体重といった流行のスマートフォン連動型ヘルスケア製品で記録できるさまざまなデータを集中管理できる。あとでもっといい機器を見つけて乗り換えても、前の機器のデータとちゃんと連続性が保てるのだ。

iOS 8の標準アプリとしてヘルスケア管理アプリ「Health」が組み込まれる(写真=左)。血圧を計るヘルスケア機器の例(写真=右)

「Health」(写真=左)と他社製ヘルスケアアプリ(写真=右)の比較

 さて、この“ウェアラブル・カオス”に負けないくらいカオスな状況となっているのがホームオートメーション系の製品だ。これまで筆者もCESで数えきれないほどのスマートフォン連動型の照明機器やロック、AV機器のコントローラーなどを見てきたが、これも名前も聞いたことのないような会社が、各社各様にバラバラに作った製品ばかりで、およそ未来が感じられないものばかりだった。

 製品としては機能するかもしれないが、一体どれくらい長く機能し続けてくれるかの保証はない。同じiPhoneで色が変えられる照明でも、メーカーが違うと操作に使うアプリも変わってしまって相互連携もできないし、将来他社製品に置き換えてもうまく使える保証もない。

 ウェアラブル機器にしても、ホームオートメーション機器にしてもそうだが、こうしたメーカーが、ただ「作れるから」というだけの理由で、一貫した考えや長期的展望のないまま生み出した、未来の短いプロダクトに対して、アップルのHealthKitやHomeKitは、ある意味、救世主という側面もある。

 機器側の能力が足りず、HealthKitやHomeKitへの後付け対応ができない機器はそこでおしまいだが、後付け対応できる機器に関しては、iOS 8によって製品としての価値が上がり、寿命が延びるものも少なくないのではないだろうか。

照明をオンにする、ガレージを閉めるといったホームオートメーション例。家庭内のさまざまな対応機器がiOS 8で制御できるようになる

HomekitはSiriもサポート。iPhone(Siri)に向かって「これから寝ます」と話しかければ、部屋の照明を落とし、家のカギをかけ、ガレージを閉めて、温度調整するといった一連の操作を実行できるという(写真=左)。Homekitの参入メーカー(写真=右)

 CESで毎年あれだけ多くのウェアラブルデバイスやホームオートメーション機器が発表されていたのは、これらの分野に多くの人が可能性を感じているからにほかならない。しかし、小さな会社が独自規格で製品を出し続けても、本当に大きなうねりを生み出すことは難しい。

 今回、アップルがヘルスケア機器とホームオートメーション機器の標準化を行なったことで、これからこの分野は、本当に人々の暮らしに変化をもたらす大きなうねりになるのではないかと思う。もし、それでもほかのメーカーがうねりを生み出せない場合は、きっとアップル自身が手本となって、そうした製品を出してくるのではないかと思っている(※1)。

 「○○元年」という言葉を使うと、そうならないことが多いので使いたくないが、スマートフォン連動型ヘルスケア製品と、スマートフォン連動型ホームオートメーション製品が、ただのオモチャではなく、実用品として着実な1歩を踏み出すのだとしたら、この秋リリースされるiOS 8がそのスタートラインになるだろう。

※1 実は今回の基調講演を見ていて思い出したのが、2001年に行なわれた「デジタルハブ」構想の発表だ。あれも今回の基調講演のような「地殻変動」を感じさせる基調講演だった。デジタルカメラや音楽プレーヤーなどパソコンと連動するデジタル機器がどんどん増え、パソコンはそれらの中枢(ハブ)として機能し始める、と発表した講演だ。講演直後には、他社の構想に似ているなどの批判もあったし、当時は他社製音楽プレーヤーの機能を最大限に引き出す連携をしていたiTunesが出た後も、他社製音楽プレーヤーはぱっとしなかったが、それを見かねたアップルは半年で初代iPodを開発し、同年に販売開始。その流れが今日のiPhoneにつながっている。

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