News 2002年3月13日 11:04 PM 更新

マイクロソフトeHOME戦略の光と影

マイクロソフトは米国本社から来日したeHome担当バイスプレジデントのMichael Toutonghi氏を交え,同社の次世代ホームネットワーク構想について,プレスとのラウンドテーブルミーティングを催した。

 マイクロソフトは米国本社から来日したeHome担当バイスプレジデントのMichael Toutonghi(マイケル・タットゥンギ)氏 を交え,同社の次世代ホームネットワーク構想について,プレスとのラウンドテーブルミーティングを催した。

家庭のメディアへの入り口を統合するFreestyle

 eHOME構想とは,パソコンを中核にして,家電を含むあらゆるデジタルメディアに対して統合された情報の管理,操作を可能にさせる構想。マイクロソフトは昨年2月,この構想を実現させるための事業部としてeHOME事業部を設立。今年1月に米国ラスベガスで開催されたInternational CESで,その成果であるFreestyleを発表していた。


 FreestyleはWindows XPのアドオンモジュールとして動作するユーザーインターフェイスや家電デバイスに組み込まれるソフトウェアなどのコンポーネントセットの総称。家電ユーザー向けにデザインされており,ネットワークで音楽やビデオ,写真などのメディアを,リモコンなどで簡単に活用可能にする。

 マイクロソフトでは,Freestyleの中心となるPCとして“メディアセンターPC”をホームネットワーク上で動作させ,PCの機能やPCで管理するメディアデータを,ネットワーク環境でどこからでも利用できるようにする。テレビやビデオ録画,DVDプレーヤ,デジタル写真や音楽などを,離れた場所からリモコンで操作可能になる。タットゥンギ氏は「リモコンがマウスと同じぐらいに重要なユーザーインターフェイスになっていく」と話す。

 たとえば書斎にあるメディアセンターPCと,ネットワークで接続されたデジタルテレビ上でFreestyleのユーザーインターフェイスを用い,PC上にある写真やビデオを見たり,UPnP対応のオーディオ機器を通じてPC内で管理されている音楽を再生したり,あるいはMiraのようなワイヤレスのパッドを用いてあらゆるメディアを制御するといったことが可能になる。FreestyleにはNECが賛同しており,SamsungやHewlett-Packardもこれに加わっている。

 他の家電品とは比べものにならないほど大きなコンピューティングパワーとストレージ能力を持つPCの価値を,ホームネットワークの中で最大限に活用しようというのが,Freestyleの意図するところだ。

 加えてPCの柔軟性を応用し,利用者ごとにカスタマイズされたメディア環境を提供するのもFreestyleの鍵となるポイントだと,タットゥンギ氏は説明する。たとえば自分用の音楽と再生リスト,自分用の録画ファイルなどは,自分で使いやすいように管理できなければ使いにくい。Freestyleはこのような利用者ごとのパーソナライズを許容する設計になっている。

 またFreestyleのコアとなるメディアセンターPCは,フル機能のWindows XP搭載PCであるため,同社が展開する.NETサービスを家庭内のあらゆるデバイスから利用可能にする。家庭内のノンPCデバイスから,.NETサービスのフル機能を利用可能になるわけだ。

 タットゥンギ氏は「テレビやビデオ,音楽などのメディアは,現状でも当然のように楽しむことができる。そのためにWindows XPの各種機能を搭載した。しかし,コンシューマはPCを使って行える,そうしたリッチなメディア機能を,よりシンプルな手法で行いたいと考えている。Freestyleはそのための環境を提供する技術だ」と話す。

業界はFreestyleを望んでいるか?

 良いところばかりのように見えるFreestyleだが,果たして家電業界や,音楽や映画を提供するコンテンツベンダーから,幅広い支持は得られるのだろうか? もし,Freestyleの導入によって,彼らがメリットを享受できないのであれば諸手を挙げて賛成するとは考えにくい。

 たとえば日本でもコピーガード信号が混入された音楽CDがいよいよ発売された。このCDは特殊なドライブを用いない限り,デジタルデータを抜き出してコピーできない。言い換えれば,PCで音楽を管理して利用する使い方をコンテンツベンダーは望んでいないことを意味している。

 タットゥンギ氏は「マイクロソフトはデジタルコンテンツ管理の技術に投資をしており,ビデオ,映画,音楽業界などと協力して,メディアディストリビューションを簡単にしつつ,権利保護を行う技術を開発している。コンテンツベンダーに受け入れてもらえるためのインフラを整えるのも,我々eHOME事業部の仕事だ」と話し始めた。

 「コンシューマユーザーは,各種メディアデータをシンプルに扱いたいと望んでいる。著作権者も,なるべくシンプルな手法で広くコンテンツを楽しんでもらいたいと考えているはずだ。しかし,一方で著作権は守りたいため,話が複雑になってくる。しかし,現在は過渡期だと言える。今後数年の間に,コンシューマにとっても,コンテンツベンダーにとっても,大きな進歩があると思う」とタットゥンギ氏は続けたが,コンテンツベンダーの動向に関して"制御不能"なイメージはぬぐえない。

 またeHOME構想を実現していく上で,メジャープレーヤーと呼べる家電メーカーを取り込めていないことも気がかりな部分だ。Freestyleではメディアに対するアクセスの手段を統一するが,これはユーザーが直接触れるインターフェイスとメディア管理手法などを,マイクロソフトの技術に依存することでもある。家電ベンダーにとって,ユーザーが直接触れる技術は非常に重要なファクターだ。ここを明け渡してまで,PCとの親和性を高めることを大手家電メーカーが選択するのだろうか?

 マイクロソフトは今年1月のInternational CESで,Windows Mediaが各社に採用されていることをアピール。松下電器のDVDプレーヤにWindows Media Audio再生機能が搭載されたことを発表したが,同日に松下電器関係者に話を聞いてみると「あくまで音楽圧縮フォーマットとしてPC分野で定着したため」と素っ気ない。このあたりの温度差は,マイクロソフト自身も感じ取っているのではないだろうか?

 タットゥンギ氏は「ソニーや松下電器といったメジャープレーヤーを取り込み,家庭内のデジタルテレビなどのディスプレイや,各種のデジタル家電との接続性を高めていく必要がある。NEC,Samsung,HPの3社とのみ話を進めているわけではない」と話すが,まだまだ明確な答えを見いだせてはいないようだ。

 プラットフォームベンダーであるマイクロソフトが,PCの機能を家庭内で活かすことによりWindowsの支配力をノンPCにまで広げたいと考えるのは自然なことである。また家庭内ネットワークに関して,自社で設計図を引いてその通りに戦略を実行できない企業にとってみれば,マイクロソフトの戦略に乗っかるのもひとつの手ではあるだろう。

 しかし,力のある家電ベンダーにとってみれば,必要なのは最低限の接続性であり,その上で動作するアプリケーションに関しては自社で開発し,他社との差別化を図りたいと考えるのが自然だ。そうでなければ,ハードウェアの機能は横並びになり,PC市場と同じような低価格化競争のみの世界しか残らない。

 マイクロソフトの戦略に乗る本質的なメリットを,ハードウェアベンダーに対して提供できるか。PC市場で取り続ける強者の戦略を実践するだけでは,家電市場に入り込むことは難しいのではないか。このあたりにマイクロソフトeHOME戦略の成否の鍵が隠されているように思う。

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[本田雅一,ITmedia]

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