News 2002年6月28日 04:31 AM 更新

Tablet PCの「ディテール」と「可能性」に迫る――TechXNY

Microsoftが力を入れるTablet PCには、冷ややかな見方も少なくない。しかし、TechXNYで実物に触れると、その考えも変わってくる。そこでMicrosoftと米富士通PC――ソフトとハードの双方から、Tablet PCのディテールと可能性に迫ってみた

 いよいよ発売日が決まったTablet PC。当初、9月のリリースが噂されていたが、結果的には約2カ月遅れの製品リリースとなる。各社のTablet PCハードは、「Windows XP Tablet PC Edition」発表と同時に、一斉に発売される見込みだ。

 Tablet PCのどこが良いのか分からない。これまで失敗してきたペンコンピュータと大きな違いはない。日本語で使い物になるわけがない――そんな厳しい意見もTablet PCにはある。実は筆者自身、同様の意見を持っていた。

 しかし、実物のTablet PCに触れてみると、ペンコンピュータとの違いも徐々に見えてくる。そこには大きな可能性が考えられる反面で、そのベネフィットを伝えにくい難しさがある。米富士通PCおよびMicrosoftの両方向から、Tablet PCのディテールを探ってみた。

富士通は同一ハードの“ノンTablet PC”機を9月発売

 TechXNYに先だって紹介された富士通のTablet PC「Stylistic ST4000」をレポートしたが、その後、米富士通PCにStylistic ST4000の詳細について話を聞く機会に恵まれた。

 米富士通PCの社長兼CEOのToshio Morohoshi氏は「我々のTablet PCは、すでにプロダクトレベルにある。Tablet PCの条件を満たすStylistic ST4000はマイクロソフトの発表と同時発売になるが、それに先だって、9月にはバーティカル市場向けにデジタイザ部が感圧式の製品を出荷する予定だ」と話す。同氏によると、電磁式デジタイザはまだ最終調整が終わっていないが、感圧式ならばハードウェア的にもフィックスしており「明日にでも出荷できる」という。

 Tablet PCは高解像かつ高速なデジタイザを前提として作られているため、対応ハードウェアは電磁式であることが求められている。富士通PCではこの部分を感圧式にしたバージョンを先に出荷するわけだが、これは、バーティカル向けでは、専用ペンでしか入力できない電磁式よりも感圧式の方が求められているケースもあるからだ。

 元々、同社のタブレット型コンピュータはバーティカル向けでは高いシェアを持っている。そのため、すでに感圧式デジタイザ採用のバージョンには3000以上のオーダーが入っているという。出張看護婦のための端末や病院でドクターが回診する場合など、Windowsベースのフル機能タブレット型PCは、様々なバーティカル分野で求められているのだそうだ。

 「ただ市場にはTablet PC Editionに対する期待感も強い。我々は9月から11月までの間に、できる限り多くの感圧型を出荷したいと思っているが、中にはTablet PCの登場を待つというバーティカルの顧客もいる。しかし、いずれにしても従来の市場に比べると非常に強い引き合いがあることは確かだ」(Morohosi氏)。

 米富士通PCプロダクトマーケティングディレクタのJon Kies氏も「米国でのTablet PCに対する顧客の反応はすこぶるいい。まだ飛ぶように予約が入るという段階ではないが、非常に強い興味を持って、積極的に製品評価を行おうとしている。企業顧客は非常に前向きだ」と、正式発表に向けて営業活動を行う中での印象を語っている。

 現在、デモ用に制作しているStylistic ST4000は、超低電圧版モバイルPentium III/800MHzを搭載(出荷時にはより高速な構成も用意するそうだ)。メモリは256MバイトでUSBが2ポート、IEEE1394が1ポート、VGA出力が備わり、通信機能としてモデム、有線LAN、無線LANが内蔵されている。

 また、通常のIrDAに加えて、赤外線ワイヤレスキーボードのインターフェイスも内蔵。オプションのキーボードとドッキングステーションと組み合わせることで、デスクトップPCスタイルで利用することもできる。スクリーンを90度回転させることも可能だ。

 バッテリは丸形6セルのリチウムイオン。バッテリ持続時間は約5時間で、スタンバイ中にバッテリ交換を可能にするため、5分間スタンバイを維持するブリッジバッテリを内蔵している。重さは約3ポンド。

 価格はTablet PCの発表まで明らかにできないとのことだが、9月に発売される感圧式のバージョンは2千数百ドルのプラスタグが付くという。

ベンダーがTablet PCに期待するもう1つの理由

 2千数百ドルという感圧式版の価格は、一見、非常に高価に感じるかもしれない。だが、従来のバーティカル市場向けタブレット型端末の価格や機能を考えれば決して高くはない。むしろ非常に値頃感がある。バーティカルではなく、ジェネラルなビジネス向けPCとして販売されるTablet PCとハードウェアのプラットフォームを共通化することで、開発コストや部材調達のコストを圧縮できるからだと関係者は説明する。

 非常に小さな市場で専用端末に近い形で納品されるタブレット型端末では、なかなか製品のコストを下げられないが、Tablet PCでデジタイザなどの部材コストが大きく下がり、また筐体やメイン基盤などのデザインを共用すれば、バーティカル市場で強いコスト競争力を備えることができる。

 たとえば10.4インチ液晶パネル用の電磁型デジタイザは、専用のペン型ポインタと併せて100ドル以上のコストが現在はかかっている。ペン型ポインタのコストだけでも数10ドルレベルだ。これがTablet PCで出荷数が伸びると、全体で20〜30ドル、ペンだけなら数ドルにまで落とせるだろうとMorohosi氏は言う。

 各社がTablet PCを開発している背景には、Tablet PCそのものの機能を高く評価しており、それに対する顧客の興味に対応しようとしている側面ももちろんあるだろう。だが、そこに製品を投入することで現在のタブレット型端末市場にも好影響を与えられるということが、PCベンダーがTablet PCに力を入れるもう1つの理由になっているようだ。

清書ツールからの脱却をはかるTablet PC

 一方、Windows XP Tablet PC Editionそのものの可能性はどうだろうか? おそらくPC業界に長く関わっているユーザーの多くは「ペン型コンピュータなんて使えない」と思うはずだ。マイクロソフト日本法人でTablet PCやMiraデバイス、Pocket PCなどに関わる製品全般のマーケティング部門を7月から率いることになる御代茂樹氏は、「Tablet PCの話を持ちかけると、90%以上の人がキーボードと手書きの生産性の違いについて話し、Tablet PCのメリットを感じられないとの感想を漏らす。しかし、我々がTablet PCで注目しているのは文字入力の生産性ではない」と話す。

 たとえばメモを取る時、文字だけで記録していたのでは、それは単なる議事録のようなものにしかならない。情報とは文章だけで表現できるものではなく、概念をビジュアル化したり、書き込んだ文章に対してちょっとした矢印や囲みなどのマークを付けることで、より立体的に情報を表現できるようになる。

 御代氏は「PCは清書ツールとして発達してきた部分もあるが、一方で人間の思考を支援する側面もある。定型業務に関しては専用のアプリケーションで支援可能だが、人間の思考をあらゆる面で支援することはできない。Tablet PCは自由にメモを取り、それを再利用するための機能を提供する」と、Tablet PCの特性について説明した。

 たとえば現行のPCではアイディアを紙ベースで練り込んだあと、それを文章やOffice文書で入力して電子メールでコミュニケーションしなければならない。しかし、Tablet PCならば、メモそのものを添付し、それに簡単な説明を加えるだけで全く同じことを行える。

 実際、Tablet PCの実物に触れてみると、従来のペンコンピュータとは異なる自然な使い勝手で、手書きメモと従来型アプリケーションを組み合わせて利用できることが体感できる。現在はOS側で提供されるTablet PCの機能を利用したアプリケーションが少なく「Tablet PCを体験してもらうためのサンプルソフト。Windowsに添付されているワードパッドに近い位置づけ」(御代氏)というジャーナルというツールで評価を行うほかないが、手書き機能をうまく利用したアプリケーションが登場すれば評価も変わってくるだろう。

 たとえばFranklinCovey(米国の有名なシステム手帳メーカー)の1Plannerといううアプリケーションは、システム手帳に様々な文書や手書きメモなどを綴じ込むツールで、手書き文字をそのまま手書きイメージのまま保存できる。しかし、バックグラウンドでは文字認識エンジンでテキストデータ化されており、手書き文字をテキスト検索できる。

超えなければならない壁

 Tablet PCに触れてみると、それまで疑問の目でしか見れなかった手書き機能のOSによるサポートが、生産性を高め、思考作業を支援してくれるだろうことはわかる。しかし、使ってみなければ、その良さは見えてこない。これがTablet PCの抱える最大の問題かもしれない。

 かつてDOSからWindowsへと移行するとき、グラフィカルなユーザーインターフェイスによるメリットは、誰もが画面を見るだけでも感じ取ることができた。技術的にGUIをOSの機能として取り込むことは、PCにとって必要なことであると認められたのだ。しかし、手書き機能をOSに取り込むことで、どんなメリットがエンドユーザーにもたらされるかを想像するのは難しい。

 特にPCを使いこなし、PCだけで仕事の情報のほとんどを管理しているナレッジワーカーにとって、Tablet PCはキーボードを使いこなせないユーザー向けの製品にしか見えない可能性がある。既存のヘビーなPCユーザーの多くがこのタイプであろうことを考えれば、Tablet PCの認知を広げることは、Microsoftにとって難しい仕事になるだろう。

 MicrosoftがTablet PCのプレゼンテーションで、ナレッジワーカーではなく“インフォメーションワーカー”向けのツールである、と、従来とは異なるユーザー層向けの製品であることを強調しているのも、おそらくは同じ理由からだ。つまり、Tablet PCは、PCを中心に仕事をしているユーザーではなく、PCをコミュニケーションツールとしてだけ用いている、紙中心の仕事をしているユーザーに向け、売り込みを行っていかなければならない。

 またハードウェアの面でも、デジタイザの厚みから来る視差(細かな文字の書き込みがしにくい)や、スクリーン上に手を置いて書き込むことへの抵抗感(指紋の付着や汚れの固着)など、細かな面でさらに進化する必要があるだろう。もちろん、重さやバッテリ持続時間といったPCとしてのスペックに関わる要素も完璧ではない。

 しかし、Tablet PCが目指す新しいコンピューティングの世界が実用的なものになれば、現在使われているPCとは異なる用途やユーザー層にアピールする製品に成長する可能性はある。Tablet PCは、11月に登場する最初のバージョンだけではなく、対応アプリケーションの広がりや将来的な可能性を含め、長期的な視野で見るべきだろう。

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[本田雅一, ITmedia]

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