News:アンカーデスク 2003年5月19日 05:34 AM 更新

なぜ任天堂が敗れ、ソニーが勝ったのか――E3で考えたこと

E3で一番印象的だったのは、SCEのPSPではなく、任天堂の岩田社長が素直に現時点での「負け」を認めたことだった。彼らの敗因は何だったのか。そして、次世代ゲーム機の勝敗の鍵になるのは、いったい何なのだろうか
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 世界最大のコンピュータゲームトレードショウ「Electronic Entertainment Expo(E3)2003」。その取材に行ったのは、XboxやGAMECUBEの登場に沸いた2001年以来のことになる。その2年の間で、ゲーム機市場をめぐる市場環境は、さまざまなところで変化を見せている。

 E3でもっとも忙しいのは、展示会が始まる前々日の夜から山のようなプレス発表が続く「プレスデー」と呼ばれる日だ。あるベンダーはハリウッドで、別のベンダーはダウンタウンで、とさまざまな場所でその後1年間に計画しているゲームタイトルの紹介や新しいハードウェアについての発表を行う。

 その中で僕がもっとも驚いたのは、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の携帯ゲーム機発売の話題……ではない。

 もちろん、PSPは大きな驚きを持って迎えられた発表の1つではあるが、僕のもっとも大きなサプライズは、任天堂社長の岩田聡氏が「残念ながら、われわれはGAMECUBEを数多く販売することができなかった」と、現時点での負けを認めたことである。

 任天堂には“強気”のイメージが定着していたため、この発言には本当に驚かされた。これまで任天堂の“強気”の背景には、小学生以下向けの市場で圧倒的なブランド力(もちそんそのさらに後ろには、人気の高いキャラクターやゲーム開発能力がある)があった。

 しかし岩田氏は「1本の人気ソフトでゲーム機が売れる時代は終わった」と話し、戦略の見直しを迫られていることを暗に認めていた。

 ちなみにGAMECUBEの総出荷台数は、E3前日に発行された『Los Angeles Times』の記事によると約480万台。旧世代機のPlayStationを除くと、Xboxにもかわされ、3位にランキングされていた。

 もちろん、トップシェアは圧倒的にPS2で、他の機種とは比較にもならない。先日、GAMECUBEに人気シリーズを割り当てたカプコンが、過去最大の赤字を発表したことは記憶に新しい。

 ではGAMECUBEはダメなマシンなのか?というと、これがそうでもない。業界内ではGAMECUBE向けタイトルの評判はとてもいい。

 実際に任天堂ブースに足を運んで各種タイトルを見ても、グラフィックの質で劣るという印象はない。むしろ、現世代機としては最も古い設計となるPS2よりも、ずっと質感の高いグラフィックを実現している。そして、なによりゲームとしての質の高さ、楽しさがある。

 こうした傾向はPlayStationとセガサターンの対決時には見られなかった傾向だ。PlayStationとセガサターンの対決では、セガサターンが普及台数で先行しながら、3Dゲーム制作のノウハウが蓄積されるとともにPlayStationが逆転、そのままはるかに引き離してナンバーワンを独走した。

 超人気RPGシリーズが、プラットフォームとしてPlayStationを選択したのが理由と言われたが、逆転の背景には、扱いやすいハードウェアアーキテクチャと優れた開発ライブラリ、ツール類の存在があったという。

 しかし、この事例は現世代機に当てはめることができない。

 PS2は最も開発が難しく、ハードウェアのピーク性能を出すことが非常に難しいと言われる。CPUが低速な代わりに、強力な並列ベクトル演算ユニットが存在するが、それを使いこなすのは至難の業だ。

 これに対してPCゲームと同じ作法で開発が可能なXboxや、ライブラリが充実し、実効性能も高いと言われるGAMECUBEは、開発者にとって扱いやすいプラットフォームだ。以前の例から言えば、開発者が自らの意図を反映しやすい、つまり開発しやすいプラットフォームが伸びていくはずだった。

 MicrosoftのXboxは粒の揃ったゲームタイトルを持ち、米国では一定の地位を築くことに成功した。特に今年のE3では発売予定タイトルの充実をアピールしていたが、実際にこちらで展示会場を見た感触も同様のもの。Xboxは北米市場において離陸に成功した(ただし日本市場では惨敗である)。

 しかし、それでも今からPS2を追い越すのは相当難しいだろう。

 僕が前回来た2年前のE3と比較しても、ブースで見ることができるゲームタイトルのレベルは大幅に向上している。ゲーム性うんぬんの話はここでは抜きにするが、グラフィックスや3Dモデルの動きなどが、素人目にもわかるほどレベルアップしている。操作性や動きの自由度などもずっと自然になった。

 これらの改善は、地道に人と時間を使わなければできない。つまり、ゲーム制作のコストがはね上がっていることを示している。ゲーム開発費問題に関しては、3Dゲームへのトランジション時にも指摘されたが、ゲームの品質が上がれば上がるほど、開発費も同時に上がっていく。

 もちろん、質を上げることで投資した開発費の回収が可能と見込めるからこそ、より細かなディテールにこだわったタイトルが登場するわけだが、あまりに開発費用が巨額になってくると、制作側は冒険することが難しくなってくる。

 開発費を回収するために、もっとも良い方法は何か? もちろん、ゲーム自身の内容を高めることに相違ない。しかし、さらにリスクを減らすためには、もっとも普及したプラットフォームにフォーカスして開発を行う必要がある。

 ゲーム制作が個人の力ではどうしようもないほど大きなプロジェクトになって久しいが、経済的な面から考えても、個人の冒険心を受け入れる余地はなくなってきている。これは任天堂やMicrosoftだけの問題ではない。将来的にはSCE自身も苦しめられる大きな「課題」だろう。

 それに対する答は決まっている。鍵は「半導体技術」だ。

 半導体製造技術およびプロセッサの設計技術などでリーダーシップを取れる存在になることが可能ならば、大胆な価格戦略を実践しつつ、なおもゲーム機本体の性能、機能で他社をリードできるからだ。

 そうした観点で見ると、SCEのPSP、あるいはCELLプロセッサを用いる次世代PlayStationなど、近年のSCE戦略が1つの線で結ばれる。逆に半導体でリーダーシップを取れなければ、成功することは難しいだろう。他社に中核コンポーネントを依存した状態では、圧倒的なスケールメリットを生み出すだけの戦略を組み立てることはできないのだから。



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[本田雅一, ITmedia]

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