News:アンカーデスク 2003年7月7日 11:02 AM 更新

電子出版の普及は是か非か(2/2)


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 電子書籍のメリットは今さら言うまでもないことだろうが、その物理量が果てしなくゼロである点だ。

 例えば本が好きな人なら、ちょっとした旅行や出張などには、旅行の日数に合わせた量の本をカバンに突っ込むことだろう。筆者もその類なのだが、不思議なことに未読の本はちっとも邪魔に感じないのに、帰路につく時、読み終わった本のかさばることといったらない。

 なんだかんだいって、紙なんてしょせん木の薄いヤツなんだから、かさばるし重いに決まっている。しかし電子書籍であれば、どうせ仕事で使うパソコンぐらいは持って行くわけだから、荷物は何も増えない。さらに旅行先でもネットが使えるのであれば、旅先で新刊を買って読むことも可能だ。

「抵抗」の背景

 24世紀の未来を描いた「StarTrek」の世界では、書籍や文書はすべてデータ化されている。それを読むのはPADD(Personal Access Display Device)と呼ばれる板状のディスプレイ装置だ。これはメインコンピュータの端末としても動作する。スマートディスプレイやタブレットPCの未来形と言えば想像しやすいだろう。

 興味深いのは、例え空想の世界であっても、文字を書き記した書籍や文書というフォーマットを排除することができなかった点だ。これは今の人類が、それに変わるものを思いつけないからである。人間がものを考えるとき、必ず頭の中で言葉として考えている。言葉としてまとまったものは具体性を持つようになり、思考を伝える手段となる。

 一方で言葉にならない思考は、単なる「思い」として止まることとなり、行動原理のよりどころとなるには若干弱い。「いい感じ」、「いやな予感」だけで物事を判断しながら生きていくのは、人間同士が複雑に影響し合う現代社会では相当しんどい人生になるだろう。

 早い話、人類が言語による思考を放棄しない限り、文書というのはなくならないのである。それが紙からディスプレイになるだけのことだ。

 だいたいにおいて、出版業務なんていうのはとっくの昔にデジタル化が完了してしまっているので、電子出版に技術的な問題はない。だがこの動きに抵抗があるのは、基本的に出版という業態が、主にその物理流通で暮らしを立てているからである。

 出版社の制作業務は大して変わらないが、印刷、運送、取り次ぎ、書店といった多くの人手が必要な事業で、その部分がまったく必要なくなってしまうというのでは、抵抗があって当然だろう。このメディアのデジタル化時代に、書籍だけがこうも遅れを取ったのは、このような意図的なものが働いている。

 電子出版のフォーマットが統一されないのも、普及に弾みがかからない原因の一つだ。映像や音楽など、元々再生にハードウェアが必要なメディアでは、最初に規格が統一されなければ普及は難しい。しかし書籍は読めりゃいいわけで、なんらかのハードウェアが必要という読み方は、あくまでも本筋ではなくオプションとしての扱いにされてしまいがちだ。

 こういった状況では、なんらかの専用ハードウェアを作るのは難しい。あとからソフトウェアを追加して新フォーマットに対応できるような作りにしておかなければならないからだ。そうなると早い話、読むのはパソコンしかないことになる。だがわざわざ移動中にパソコンを広げれば、見たいのは小説ではなく、映像だろう。

どちら側に立つのか

 そして最後にもう一つ、皮肉にも「だからWinMXはやめられない」という本の内容が象徴しているが、書籍はデータはコピーしやすいという欠点がある。文字データというのは、例えアウトライン化したとしても本一冊分は大したデータ量ではない。

 件(くだん)の「だからWinMXはやめられない」だって、PDFにして1.5Mバイト程度だ。ヘタすればメール添付で送れてしまうサイズである。この本自体が、WinMXで流通されてしまうという状況もあり得るだろう。

 だがそこでメディアの上流にいる者がビビったらダメなのである。コンテンツが十分値頃感のある価格設定ならば、人はわざわざWinMXで他人に頭を下げて泥棒させて貰ったりしないのだ。たかだか950円ぐらいでいちいち頭下げてたら、首が折れちまうってーの。

 出版というのは、案外フェアな構造を持っている。自分たちで値段を決めていいからだ。ハードカバーである程度売れたら、程なくして廉価の文庫になったりする。そういった手段の一つとして、紙がないから安くしとくねっていう電子書籍の値付けは、多くのユーザーが納得できるだろう。これがCDやDVDなら、沢山売れたからといって定価は定価のままだ。たまにキャンペーンで値段が下がるのは、見込み違いで売れなかったものの在庫処分に過ぎない。

 コンテンツ商売のやり方として、CCCDやDVDからAppleの「iTunes Music Store」に至るまで、ユーザーを「泥棒扱い」するか「客扱い」するか、幅広いバリエーションがあることをわれわれは学んだ。

 そして今、コンテンツの物流とファイル交換ソフトの狭間で、デジタル著作物の価値観が再構築されようとしている。今後の電子出版がどう動いていくかは、各出版社がその商売のあり方をどう見たかということに尽きるだろう。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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[小寺信良, ITmedia]

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