News:アンカーデスク 2003年11月17日 07:30 PM 更新

「プロバイダ責任制限法」に残る、これだけの課題(2/2)


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 これ以上に大きな問題も控えている。それは「電子メールが、なぜか特定電気通信には含まれない」という謎だ。なんと、総務省が出しているプロバイダ責任制限法の逐条解説では、第2条1号の「不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信」のところで、

なお、多数の者に宛てて同時に送信される形態での電子メールの送信も、1対1の通信が多数集合したものにすぎず、『特定電気通信』には含まれない

と記述されているのだ。ということは、いわゆるスパムメールはもちろんのこと、匿名投稿が可能なメーリングリストなどを介して名誉毀損やプライバシーを侵害するメールが多数のユーザーにばら撒かれた場合でも、それは「特定電気通信」には当たらず、発信者情報の開示請求などが行えないことになってしまう。

 このあたりの問題については、10月にテレコムサービス協会と情報ネットワーク法学会の共催で行われた「プロバイダ責任制限法制緊急シンポジウム」の席上でも、NTTコミュニケーションズの速石尚宜氏が「多数への一斉メール送信は不特定多数への送信と認めてしまってもいいのではないか」とコメントするなど、業界関係者の間でも疑問が持たれている。

 もちろん、上記の解説はあくまで補助的なものに過ぎないため、実際に電子メールによる名誉毀損などでこの条文が問題になった場合、裁判所が「多数に一斉配信される電子メールも『特定電気通信』に含まれる」との判断を下す可能性は少なくない。判例もないだけに、実際に裁判所で争われたときにどのような判断が下るか、非常に興味深いところだ。

事情のわからない人間が訴訟を引き受ける?

 また、同法に基づく裁判の過程でも、ISPや掲示板の管理者などからは不満の声が聞かれる。それは「単に通信が経由していたというだけで、具体的な個々の問題の内容について何も知らない立場の人間が、裁判では被告として矢面に立たされる」という不満だ。

 例えば、内容だけ見ると非常に名誉毀損性の高そうな発言でも、公人や法人を対象にしたものの場合は、内容によって名誉毀損の違法性が阻却される可能性があるため、ISPや掲示板の管理者が独自の判断で公開停止や発信者情報の開示を行うのは難しい。

 また著作権侵害のケースでは、誰が本当の著作権者なのかといった問題や、どのような形でデータが流通していたかを特定するのが困難なケースが多い。そのため、こうした微妙な判断を求められるものについては全て裁判に持ち込まねばならず、ISPや掲示板管理者にとって大きな負担になってしまうのだ。

 実際、詳細な事情については発信者でないとわからないケースも多く、本来であれば発信者が訴訟に参加して事情を説明できるのが望ましいのだが、日本の現行法制では匿名での訴訟参加が認められていない。このため、発信者が訴訟に参加した瞬間に実質的に発信者情報が被告に開示されてしまい、訴訟の意味がなくなってしまう。

 これに対し、コンピュータ犯罪などに詳しい岡村久道弁護士(近畿大学講師)などは「発信者が匿名で訴訟参加できるような枠組みを考えないといけないのではないか」と問題提起を行っているが、裁判の公正性の確保などの面から実現にはかなりの困難が予想されている。ISPや掲示板管理者の不満は今後も続きそうだ。

 これ以外にも、細かい問題点は数多く存在している一方で、実際に裁判で判決として判断が下されているケースはまだまだ少ない。これらの問題点の解決には、最終的には裁判所による判例の蓄積を待たねばならないが、動きの激しいインターネット業界では、それを待ってもいられないのも事実だ。法関係者らによる早急な研究が待たれる。

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関連リンク
▼ プロバイダ責任制限法(PDF)
▼ 下級裁主要判決情報(発信者情報開示請求事件)

[佐藤晃洋, ITmedia]

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