量子コンピュータは「極めて高い山」──それでも踏破を目指すワケ 創薬・材料・金融のトップランナーたちに聞く

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» 2025年05月20日 10時00分 公開
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 量子コンピューティング技術は、従来の古典コンピュータでは困難な計算問題を解決する可能性を秘めた次世代技術として注目を集めている。しかし、その実用化はまだ道半ばであり企業における活用例は限られている。現在の量子コンピュータは「NISQ」(Noisy Intermediate-Scale Quantum:ノイズのある中規模量子コンピュータ)と呼ぶ発展段階にあり、誤り訂正機能を備えた実用的な「FTQC」(Fault-Tolerant Quantum Computer:誤り耐性量子コンピュータ)の登場はまだ先になりそうだ。そのため多くの企業が参入に踏み出せずにいる。

 一方、将来的な競争優位性を確保するためには、今から量子コンピューティングに取り組み始めることが重要であるという認識も広がりつつある。実際に、このNISQ時代に将来を見据えた研究開発を進めている先進的な企業がある。富士通と共同研究を行う三菱ケミカル、富士フイルム、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの取り組みから、量子コンピュータ活用に向けた課題と展望を探っていこう。

先進企業は何を考え、量子コンピュータ研究をしているのか

量子・古典のハイブリッドで創薬分野のアプリケーション開発

 三菱ケミカルは、2018年から量子コンピュータの研究に取り組んでいる。同社の高玘(コウ・チ、チは王へんに己)氏(Materials Design Laboratory 上席主幹研究員)は、量子コンピュータのキラーアプリケーション探索に注力している。

 「量子コンピュータの計算パワーが非常に高くなることは間違いありません。しかし、産業にどのように応用すべきかはまだ自明ではありません。まずはそこを明確にしたいと考えています」

ALT 三菱ケミカルの高玘氏

 同社は富士通との共同研究で、創薬分野のアプリケーション開発に取り組んでいる。具体的には、タンパク質と薬の相互作用を高精度に評価するアルゴリズムの開発だ。ただし、現状の量子コンピューティング技術ではノイズの影響が避けられないため、古典コンピュータと量子コンピュータを併用しながらの模索となる。当面は大規模な計算問題、それこそ創薬に必須となるタンパク質のような巨大な分子構造を計算することは難しい。それでも将来の競争優位性獲得を見据え、今から取り組む価値は十分にあると考えている。

材料開発で大きなリターンを得る

 富士フイルムは、材料開発における量子コンピュータの活用を研究している。「材料開発は競争が激しい領域です。もし量子コンピュータを使って新規材料を開発できれば、大きなリターンを得られます」と同社の奥野幸洋氏(解析技術センター 理論計算グループリーダー 主席研究員)は語る。

 奥野氏は富士通が大阪大学と共同研究しているFTQCも見据えているが、FTQCの実現には長い期間を要する。また、量子化学の計算は非常に高い精度が要求され、すでに古典コンピュータでも高度な手法が確立されている。その性能を量子コンピュータで凌駕(りょうが)できるかどうかは未知数だ。

 「それでも私たちは研究を続けます。富士通との共同研究を通じて、現状のNISQでも特定の領域では活用の手応えを感じているからです」

ALT 富士フイルムの奥野幸洋氏

金融アルゴリズム開発を高度化・高速化する

 みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの量子コンピュータ研究は、2018年に数名の自発的な活動から始まった。金融業界は古くから数理を活用しており、古典的な計算の土台があるため量子コンピュータを活用する際に比較、評価しやすい分野と言える。信用リスクをはじめ計算負荷の高い問題を抱えており、量子コンピュータで既存の金融アルゴリズム開発を高度化・高速化することで収益の拡大や新たなプロダクト展開を狙う。

 金融は精度保証が必要な分野であるため、理想的にはFTQCが必要だ。だが、同社の武田直幸氏(ソリューション開発グループ リスクマネジメント技術開発部 シニアフィナンシャルエンジニア)は、「NISQからFTQCへと移行して実機の完成を待つ中間段階でも応用できる方法を探っています」と意欲的だ。

 「当社の研究体制も徐々に整備されてきました。当初の草の根的な活動から、今では10人ほどのチームに成長しています。メンバーはメインの業務をこなしつつ、量子コンピュータ研究にも積極的に取り組んでいます」

ALT みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの武田直幸氏

やらないことがリスクになる 経営層が持つべき視点

 企業で量子コンピュータ研究を推進するには、経営層の理解が不可欠だ。しかし、その可能性を過大に伝えることは逆効果になりかねない。

 奥野氏は「量子コンピュータはすぐに実現するものではなく、まだ先の技術です。ただし、実現すれば大きな成果を得られる可能性があるので、競争に遅れないためにも今から取り組む必要があります」と説明しているという。武田氏も「経営層にはうそをつかない、誇張しないことが重要です。現状の技術でできる範囲と将来の可能性を、クリアに分かりやすく伝えるように心掛けています」と話す。

 三菱ケミカルの高氏も、やらないことが大きなリスクになると続ける。「5年後に量子コンピュータが実用化されたとき、ハードウェアも足りないでしょうし、ハードウェアが手に入ったとしても使いこなせる技術を持っていなければ、先んじて取り組んでいた他の企業に出遅れてしまいます。今からリスクを取ることで、将来的に業界をリードするポジションを確保できるのです」

 人材の確保と育成も重要な課題だ。優秀な量子人材は給与水準の高い海外の大手企業に取られやすい。自社の給与水準を同レベルに引き上げることが難しい場合、「研究の自由度など、付加価値を提供することも重視したい」(高氏)。また、量子コンピュータのアルゴリズムは通常のアルゴリズムと違うため習得に時間がかかる。そこでみずほ第一フィナンシャルテクノロジーは、「ジャーナルクラブを開いたり、情報共有の場を作ったりして、チーム全体のスキルアップを図っています」(武田氏)。組織として自己研さんを支援する仕組みづくりも検討したいところだ。

 特に経営層は、研究を長期的な視点で進める心構えが重要になる。「量子コンピュータの実現は極めて高い山です。登山の過程では巨岩や谷なども現れるでしょう。すぐに諦めるのではなく、現実的な目標を念頭に置きながら一つ一つ取り組んでいくことが重要です」と奥野氏は語る。

 量子コンピュータの実用化に当たって課題は山積みだが、不確実性が高い分野だからこそ面白く、挑戦し続ける意義があると3者は口をそろえる。「実現できるかどうか分からないところが、最大の魅力です。それに賭けるところが面白いのです」と武田氏が述べると、高氏も「まだ成熟していない分野で、いろいろなアイデアが出てきます。価値がある思いつきを試すのが醍醐味(だいごみ)です」と返す。「量子コンピュータは草創期から幼年期に成長する段階にあります。だからこそ感じられるやりがいがありますね」と奥野氏。量子コンピューティングが成長途中にあるからこそ、さまざまな試みができる余地がある。今から研究に取り組んでおくことが、後の大きな競争力につながる。

共同研究パートナーに富士通を選んだ理由

 3社が共同研究に乗り出した2020年当時、富士通は量子コンピュータの実機を持っていなかった。それでも富士通をパートナーとして選んだ理由がある。

 富士フイルムは、もともと富士通の計算機を長く利用してきたユーザーだ。そのため共同研究は自然の流れだった。「『京』や『富岳』のヘビーユーザーとして長年の関係がありました。課題を相談しやすい関係性を構築できていたことが大きな理由の一つです」(奥野氏)

 武田氏は「富士通なら量子コンピュータを作ってくれるだろうという確信がありました。私たちの問い合わせに丁寧に対応してくれますし、技術的な疑問も迅速に解消してくれる信頼できるパートナーです」と述べる。

 高氏は技術力だけでなく、量子コンピュータに取り組む富士通の姿勢に注目した。「個人的には、日本のハードウェアメーカーの中で最もガッツがある会社だと感じました。共同研究を始める前にいろいろな企業や組織から話を聞きましたが、ハードウェア開発に本気で取り組むという意思を示していたのは富士通だけでした」

 共同研究は単に実機やシミュレーターを提供するだけでなく、ソフトウェア/アルゴリズム開発など多方面での相互協力が欠かせない。富士通のチームは、3社の課題やアルゴリズムの相談に真摯(しんし)に対応し、有用なアドバイスを提供する。そうした積極的な取り組みが、3社の信頼を勝ち取っている。

量子時代のトップランナーになる 将来の競争力を今から獲得

 3社は、それぞれの事業分野で量子コンピュータ活用の将来像を描いている。

 高氏は「将来的にはサプライチェーン全体に量子コンピュータを応用したいと考えています。初期段階では小さい分子の計算や薬のスクリーニングなどに取り組んでいますが、今後はビジネスモデル全体の最適化や新しいソリューションの探索などにも応用したいですね」と語る。

 武田氏は「金融アルゴリズムの高度化、開発期間の短縮、表現力の向上によって、より良いモデルを構築して競争力を高めていくことが目標です」と述べる。さらに「現状のNISQでも応用できるアルゴリズムを見つけることができれば、大きなアドバンテージになるでしょう」と期待を寄せる。

 奥野氏は「量子コンピュータで材料の物性を精密に計算して、まだ見ぬ材料を実測値に近いレベルで求めて、性質を正確に予測できるようになるかもしれません。計算機の中だけで物質を設計できるようになれば、材料開発は飛躍的に加速するでしょう」と述べる。

 こうした企業の期待に応えるべく、富士通も量子コンピュータの開発を加速させている。富士通はHPC(High Performance Computing)の経験とノウハウを蓄積しており、次の技術として量子コンピューティングに取り組んでいる。富士通の小山純平氏(量子研究所 シニアリサーチマネージャー)は、「重要なポイントは、単にハードウェア/量子チップを開発するだけでなく、誤り訂正技術のようなアルゴリズム開発、プラットフォームやアプリケーションまでフルスタックで取り組んでいる点です」と強調する。ユーザー企業には、富士通が開発するこれらの技術を利用してもらい、3社のようなトップランナーになってほしいと展望する。

ALT (左から)高氏、奥野氏、武田氏、小山氏

 量子コンピュータの研究は道半ばだが、その可能性に賭け、先行投資として研究開発に取り組む企業は増えている。近い「量子時代」に乗り遅れず、将来の競争力を獲得するためにも、今から量子コンピューティングに取り組むことが重要だ。

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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2025年6月8日