「国産256量子ビット量子コンピュータ」の衝撃、見えてきた“実用化”──富士通と大阪大学のキーパーソンに聞く現在地と2030年までに目指すもの

PR/ITmedia
» 2025年05月19日 10時00分 公開
PR

 世界に伍する量子コンピュータが日本からも出てきた。富士通と理化学研究所が2025年4月に発表した、256量子ビットの超伝導量子コンピュータだ。2023年10月に公開した64量子ビット超伝導量子コンピュータをベースに、新開発の高密度実装技術によって実現。これによって従来よりも大規模な計算、分析や実証実験が可能となる。

 富士通はこの量子コンピュータを、ハイブリッド量子コンピューティングプラットフォーム「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて企業や研究機関に提供する。

 富士通の量子コンピュータ関連の開発はこれだけではない。ダイヤモンドスピンという超伝導以外の方式での高精度操作の実現も3月に発表したばかり。ハードウェアだけでなく、実用化に向けてソフトウェア面の研究開発も多数行っている。中でも重要なのが、大阪大学と共同で研究している「量子エラー訂正技術」を使った「誤り耐性量子計算」だ。

 量子コンピュータの実機を精力的に開発する富士通、そして量子コンピュータの量子エラー訂正技術の大家である大阪大学の藤井啓祐教授(基礎工学研究科 システム創成専攻)に、現在の量子コンピュータ開発がどこまで来ているのか、2030年までに何を目指すのか、日本企業は何をすればよいのか──などを聞いた。

大規模化につれ不可欠になる「量子エラー訂正技術」 先駆者の藤井啓祐教授にいち早く打診

 量子コンピュータのハードウェアが大規模化するにつれ、実用化に欠かせないファクターがある。ソフトウェア側の量子エラー訂正技術だ。計算の要になる量子ビットはノイズに弱く、理論通りの量子計算をしても正しい計算結果が出るとは限らない。複雑、大規模な計算になるほど計算過程にノイズが混入しやすくなるため、こうしたエラーをどう訂正するかが量子コンピュータの実用化に当たっての課題となっている。

 そこで今、量子エラー訂正技術に注目が集まっている。しかし実は、富士通は2020年から大阪大学の藤井啓祐教授(基礎工学研究科 システム創成専攻)とこの量子エラー訂正技術の共同研究を始めていた。

 富士通研究所 フェロー 兼 量子研究所長の佐藤信太郎氏は、藤井教授に共同研究を持ちかけた時のことをこう振り返る。

 「一緒に研究をしてくれませんかとお願いすると、藤井先生は『NISQは既にいろいろな企業と組んでいるので難しいかな』とおっしゃったんです。そこで、私たちが興味を持っているのは誤り耐性量子計算の方なんですと返したら、先生は非常に驚いておられました」

ALT 富士通 量子研究所長の佐藤信太郎氏

 当時、量子コンピュータ業界では「NISQ」(Noisy Intermediate-Scale Quantum)と呼ばれる、“量子エラー訂正のない中規模の量子コンピュータ”の研究開発が主流だった。米Googleが“量子超越性”を実現したとする論文を公開して話題になった頃で、量子エラー訂正がどうというより「とにかく動かせる量子コンピュータの実機」を作ることの方が世間的には注目されていた。

 量子エラー訂正が理想的な量子コンピュータに必要という情報自体はあったが、その実現への道のりはまだ長いこともあり、あまり重要視されていなかったのだ。藤井教授は元から量子エラー訂正の専門家だが、同氏が創業に関わった量子コンピュータベンチャーのQunaSysですら当初は研究スコープに入れなかったほどだ。

 しかし佐藤氏がもくろんだのは、量子エラー訂正技術を利用した「FTQC」(Fault-Tolerant Quantum Computing:誤り耐性量子計算)とも呼ばれる理想的な量子コンピューティングの実現だった。「量子コンピュータを実用化するためにはそれしかないと考えていました」(佐藤氏)

 藤井教授も、量子コンピュータが大規模化していけば、2025年ごろには量子エラー訂正技術の重要性が増すだろうと想定していた。「世界的にもFTQCのプロジェクトは立ち上がっておらず、研究者仲間に話してもピンと来ていないような時期でした。富士通と共同研究できたのは奇跡的でした」と振り返る。

ALT 大阪大学の藤井啓祐教授

 その後、量子エラー訂正技術の研究は2023年ごろから世界的にも増え始め、2024年になると一気に情勢が変化。現在は量子エラー訂正技術の研究が主流になりつつある。藤井教授の想定を超える早さで急速に広まっているわけだ。

 富士通と大阪大学は共同研究の成果として、2023年に高効率位相回転ゲート式量子計算アーキテクチャ――通称「STARアーキテクチャ」を発表。誤り耐性量子計算に必要な物理量子ビット数を大幅に減らすことが可能で、量子コンピュータの早期実用化に貢献する技術だ。「量子コンピュータの開発は、ハードウェアの高度化だけでなく、このようなソフトウェアやアーキテクチャ面での工夫も欠かせないのです」(佐藤氏)

2030年のマイルストーンは“実用的な量子コンピュータの初期段階”

 佐藤氏は、2030年までに「NISQを超える実用的なハードウェア」を実現したいとしている。具体的には、従来のNISQと理想的なFTQCの中間地点である「Early-FTQC」(Early Fault-Tolerant Quantum Computing)だ。ハードウェアの高度化に加え、STARアーキテクチャをはじめとする誤り耐性量子計算のアーキテクチャを改良し、より少ない量子ビット数で実用的な計算を可能にすることが鍵となる。

 藤井教授はEarly-FTQCについて、「現状のNISQも非常にパワフルですが、5年後にNISQでは不可能なレベルを目指すというのはアリだと思います。ただし、FTQCとNISQには大きなギャップがあり、最終的には現状の100量子ビット規模から100万量子ビット規模へ拡張する必要があります。しかし、いきなり4桁も規模を拡大するのは難しい。そこでマイルストーンとしてEarly-FTQCを目標とし、持続可能な研究開発を行っていくことが重要なのです」と佐藤氏の方針を支持する。

 Early-FTQCとは、1〜2万の物理量子ビットを使い、エラー率を0.01%〜0.0001%程度に抑えた量子コンピュータだ。両者の共同研究が進めば、誤り耐性量子計算に必要な量子ビット数やゲート演算数を、STARアーキテクチャによって大幅に削減できるようになり、最新のスーパーコンピュータでも困難な、複雑な物質シミュレーションや化学反応の計算が可能になるという。

 「現在、富士通は、超伝導方式とダイヤモンドスピン方式という2つの量子コンピュータの開発に取り組んでいます。超伝導方式では256量子ビットを実現し、次は1000量子ビット超への拡張を目指しています。一方、ダイヤモンドスピン方式では、量子ゲート精度99.9%以上を達成しました。これらの研究成果を組み合わせるなど柔軟なアプローチを採り、実用的な量子コンピュータの早期実現を目指したいと考えています」(佐藤氏)

企業は量子コンピュータとどう向き合えば?

 富士通をはじめとする量子コンピュータ業界が2030年に向け日進月歩で開発を進める中、日本企業はこの技術革新へどう取り組むべきだろうか。

 まず押さえておきたいのが「量子コンピュータの実用化によって何が実現できるようになるか」ということだ。2030年には特定の領域で、古典コンピュータの性能を量子コンピュータが超える「量子優位性」が達成され、古典コンピュータでは解けない計算量の多い問題が量子コンピュータで解けるようになる可能性がある。そしてこれは富士通、大阪大学が目指す目標でもある。

 量子優位性が実現するとどのようなことが可能になるのか。例えば材料工学の分野では、小規模な計算であれば既存のスーパーコンピュータでできるが、大きなサイズのものは計算が極めて困難になる。佐藤氏はかつてカーボンナノチューブの合成に関する研究をしていたが、「触媒の組成の微妙な違いがなぜ成長に大きく影響するのか、計算量が多すぎて解明できませんでした」と振り返る。「次世代二次電池の開発など、現在は実験に頼っている領域を量子コンピュータでシミュレーションできるようになれば、材料開発の方法、スピードが全く変わり、イノベーションが加速するでしょう」(佐藤氏)

 量子コンピュータで高速に開発できる企業と、2025年と同じ速度で開発する企業とでは競争力に大きな差がつくのは言うまでもない。だからこそ企業はこの武器を手に入れる必要がある。そして、まさに今が量子コンピュータ活用に向けた取り組みを始める時だ。

「AI人材・GPU確保の二の舞」は今なら避けられる

 今では主流となっているGPUやAIといった技術に取り組もうにも、着手が遅れてハードウェアや人材確保が困難になっている組織は多い。量子コンピューティングが主流になってはじめて人材確保に動き出すようでは、出遅れて競争優位性を失う可能性がある。5年後を見据えて「取り組まないリスク」を回避することが重要といえる。

 以前は専門家も少なく、企業が自前で量子コンピュータの研究開発に取り組む必要があった。現在では参入障壁は低くなっている。

 「量子コンピューティングのエコシステムが形成されつつあるので、全てを自社でやる必要はありません。ハードウェアやソフトウェアのベンダーと連携できますし、基礎研究が必要ならアカデミアと組むこともできます。以前ほどのリスクを抱えることなく参入できます」(藤井教授)

 人材の確保について、まず社内で量子物理学や量子化学の経験者を探してほしいと藤井教授は言う。「社内を探すと、大学で量子力学を学んだ人材が潜在していることもあります。そういう方を見つけ出し、量子探索のミッションを与えて適切なパートナーと組んでもらうのがよいと思います」

 佐藤氏は、実際に量子アルゴリズムに触れることを勧める。「量子コンピュータを理解するには実際に動かすことが一番です。Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platformのようなサービスを活用し、量子アルゴリズムを試すことから始めるとよいでしょう」

 両者が共通して強調するのは「早く始めること」の価値だ。2030年に対する2025年は、AI技術における2020年と近しいように見える。当時、AIに投資した企業が、現在では大きなアドバンテージを得ている。同じように、量子コンピューティングへの投資が、5年後のアドバンテージにつながる可能性は高い。

ALT

 まさに今、量子コンピューティングは黎明(れいめい)期から過渡期、成長期へ転換する時期にあると考えられる。これからのビジネスや社会の変革を大きく飛躍させる鍵は、アカデミアだけでなくユーザー企業の行動にも委ねられている。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.


提供:富士通株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2025年5月25日