pixivを美術の世界の入り口に 日本画家・イヂチアキコさん:教えて! 絵師さん
少女をモチーフにした作品を手がける日本画家、イヂチアキコさん。美術作品を積極的にWebでも公開する理由は――。
主に少女をモチーフに描いている、日本画家です。日本画を始めたのは大学のころから、もう10年以上ですね。展覧会やアートフェアの出展をメインに活動しており、本の装画など出版関係のお仕事をいただくこともあります。
制作した作品の一部をpixivやWebサイトでも発表しています。美術フィールドで活躍している周囲の人を見てもpixivに登録している人は少ないので、私は珍しい方だと思います。使ってる道具も、雲肌麻紙や岩絵の具、水干絵具、金箔や銀箔――など、デジタルイラストを描かれる方とはずいぶん趣が違うはずです。
展示情報を告知したり、制作途中の画像をアップしたり、TwitterやWebサイトで広報活動している画家さんは少なくないです。正直、制作途中の作品はあまり見せたくないのですが、ファンの人や絵に興味を持ってくれる人はそういうのが見たいはずだよな、と(笑)。
美術は完成作品をギャラリーで発表する時に初めて人の感想や反応が分かるので、制作途中は手応えがないんです。数カ月、時には1年にわたって黙々と取り組んでいると、社会から孤立したような、存在が消されたような孤独に襲われて……それでも自分を信じて続けるわけなのですが。なので、制作中もネットを通してリアルタイムに声をいただけるのは、続ける原動力の1つになっています。よい時代になったなとしみじみ思います。ありがたいです。
閉ざされた美術の世界の外に
pixivに作品をあげているのは、若い年齢層からの見られ方に興味があったからです。美術品として見てくださる方と、イラストや漫画、アニメ、ゲームを好きな層は興味の傾向がきっと違うだろうと思ったので。
一見かわいいように見えてどこかしら闇がある作品、さみしさや悲しさ、物憂げな雰囲気があるものがネットでは比較的反応が大きいでしょうか。時代的にも、心に不安や孤独を感じている人が多いのかもしれませんね。
Twitterで画像をアップすると見られる違いも興味深いです。イラストや漫画好きの人は一見きらびやかで派手、カラフルなもの、美術界隈は構図的に洗練されているもの、見ている側の思考を入り込ませられる余白や深みがあるものを好む傾向があるように感じます。
美術はある意味閉ざされた世界で、活躍してたり注目されてる作家さんでも一歩外へ出るとあまり知られていないことが多いんですよね。まずは「こんな日本画描いてる人がいるんだ!」と知ってもらうことで、美術全般に興味を持ってくれればいいなと思っています。
心がけているのは、中身や精神性を感じる作品にすること。美術品を制作しているので当然美しさは大事なのですが、人間の感情にひもづく何かしらの普遍性や品格を持たせないといけないと思って制作しています。
購入側もオンリーワンを求めているので、絵やイラストなど同じジャンルからは影響を受けないようにしています。音楽や写真、舞台など違うフィールドのものからインスピレーションを得ることの方が多いですね。過去の作品や最近のトレンドを追いかける必要はありますが、ただ受け取るだけでなく「こういう表現の時、自分ならどうするか?」と置き換えて考えるようにしています。
教えて! 自慢の1枚
「お気に入り」を聞かれると難しいですね……気に入っているということは手放したくないものじゃないですか。絵画は、イラストでいう「原画」を手放す前提で制作するものなので、何か事情がない限り、2度と自分の手には戻ってきません。仕上がった段階で自分の物でなくなる覚悟のような物が生まれます。愛情がないわけではないのですが、子供を独り立ちさせた親のような感覚です。――なのでよく描けた作品、思い出深い作品をあげたいと思います。
I have everything
青森県立、静岡県立、島根県立石見美術館合同の美術展「美少女の美術史」に出展した作品です。この展覧会自体が、広く自分の作品を知っていただくきっかけになった大事な機会でした。
外からは何でも持っている、恵まれているように見える人でも、それぞれ何か悩みや満たされないものを隠し持っていることはよくあること、というテーマを表現しています。記号として1番分かりやすい「富」を、宝石などで象徴させています。鹿の角は傷つけられないための自己防衛の象徴でもあります。
I want to say "Good-Bye" human
制作していたころ、外聞の悪い話題が世にあふれていたのを思い出します。もてはやしていたと思ったら手のひら返しで批判しだしたり、保身に走ったり――そんなニュースばかりにうんざりして「人間やめたい」的な気持ちになった時の作品です。
動物のモチーフには、「7つの大罪」をはじめ西洋絵画の伝統に基づいた寓意や日本画における花鳥画の寓意を込めています。人の人生は楽しい事ばかりではなく、うんざりする事や辛いこともあり、その苦しみや試練のなかで、臆病さ、強欲さ、傲慢さ、怒りや嫉妬にがんじがらめになる時が誰でもあります。それでも自分の目標や理想、善のために自戒したり反省したり、努力していく性質も、もちろんあります。本当に万能の神がいるとしたら、人間はとても不安定で心もとない生物です。
1個体の中に善と悪、光と闇がある人間は、ゆえに惑いやすくもあるのですが、とても魅力のある存在だと思います。
黄泉
洋風な日本画が多いので、日本的な画面を意識しました。この年齢になると、身近な人の死の知らせが来るようになり「死」について考えることも多くなります。
蝶は日本の民俗学では「死」に非常に関連強い虫で、ふわふわ飛ぶ姿が“あの世へいざなう”と思われていたようです。日本画でも幽霊画などで、蝶を描いて死人であることを表現する事もあります。上部の髪をゆるゆる引き上げるように描かれている手は、あの世へ思考をいざなう物で、浄土と地獄を象徴しています。
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