新型コロナで実用化が進む“パスポート”技術 「感染リスクが無いこと」の証明に活用、しかし問題も:ウィズコロナ時代のテクノロジー(3/3 ページ)
「ワクチンを受けました」を証明する技術は新たな通行手形になるのか、そこに問題はないのか。
社会にもたらすリスク
「健康パスポート」に対する不安は、技術的なものにとどまらない。仮に技術的に完璧だったとしても、それが機能するがゆえに発生するリスクも指摘されている。
例えばEU(欧州連合)のシャルル・ミシェル議長は、前述のEUにおけるワクチンパスポート構想について、ワクチンを接種していない・接種できない人々に対する差別が広がる恐れがあるとして、慎重な姿勢を示していることが報じられている。
ワクチン供給の遅れから、接種が進んでいる地域・進んでいない地域が発生してしまっている、あるいは経済的・社会的格差によって接種できる人・できない人の差異が生まれてしまっているといった状況(これらも杞憂ではなく、現実にそのような事態が発生している国も生まれつつある)において、ワクチンパスポートを導入したときに何が起きるかを考えてみよう。その場合、医療制度上の不平等だったものが、新たな差別へと転化されてしまいかねない。特にさまざまな格差が人種的な要素と結びついている地域では、それは人種差別に直結してしまうだろう。
またワクチンパスポートの場合、ワクチン接種者のみに移動を認めることは、事実上のワクチン強制につながりかねない。ワクチン接種については、主要国では本人が自分の意志で自発的に受けることが原則となっていることが多く、接種を強いるような制度は導入されていない。しかしパスポート技術により、ワクチン接種と移動の自由が直接的に結び付くことになれば、何らかの理由で日常的に移動せざるを得ない人々が、本当はしたくないのにワクチンを接種するという例が出てくるだろう。
さらに、ハッキング等による技術的な理由での情報漏えいが起きなくても、健康パスポートによって移動制限が緩和されれば、「あの人は移動できている・できていない」というのが観察によって把握できてしまう。そうなれば「なぜワクチン接種しないんだ」という批判の矛先が特定の人物に向かいかねない。もちろんワクチン接種は感染症対策として極めて有効な手段であり、効果を高めるためにはできる限り大勢の人々が受けることが望ましいが、だからといって接種しない人々に対する社会的制裁が行われることは回避されるべきだ。しかしそうした間違った正義感が杞憂でないことは、「自粛警察」や「マスク警察」といった言葉が生まれていることからも明らかだろう。
このようなリスクがあることを考えると、「健康パスポート」は技術的な設計だけでなく、社会面での対応も十分に検討した上で導入されることが望ましい。前述のInterceptの記事において、米ジョンズホプキンス大学で暗号学の教授を務めるマシュー・グリーン氏が、この種のアプリを展開する際には「政策面の検討や、ハードとソフト、ユーザーエクスペリエンスに関する検討が無数に要求される。そこにおける課題は全て、ブロックチェーンとは無関係だ」とコメントしている。もちろんデジタル技術の有効性を否定するものではないが、それを有益な形で利用するためには、さまざまな側面からの検討が必要というわけだ。
そして彼の言葉は、COVID-19が社会の在り方を大きく変えようとしていることを考えると、あらゆる関連技術についていえることだろう。テクノロジーが社会に思わぬひずみをもたらさぬよう、私たちは技術以外の面にも十分に注意しなければならない。
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