乱立する日本の金融決済システムは海外と比べて遅れているのか? そうとも言い切れない事情(4/4 ページ)
2月初旬、文春オンラインにカンボジアでデジタル通貨「Bakong」を立ち上げた宮沢和正氏のインタビュー記事が掲載された。決済サービスが乱立する日本が海外の決済システムに乗っ取られる危険性を警告していたが、実際に起きうるのか。決済ジャーナリストの鈴木淳也氏が考察する。
中国が積極推進するCBDCとその影響
先進国では欧州と日本が2019〜20年にかけて「Project Stella」という共同でのCBDC検証プロジェクトを展開していたほか、現在進行形で世界各国の中央銀行が研究開発を進めており、将来的に何らかの形でCBDCが導入されるのは間違いないだろう。
一方で途上国での導入効果に比べ、インパクトの薄い先進国では研究開発こそ行っているものの導入にはそこまで積極的ではなく、むしろ「将来的にCBDCの波がきても乗り遅れないように」という意図で動いている。
理由の1つには、中国がCBDCに前のめりであり、すでに主要都市でのテスト運用と受け入れが進んでおり、CNBCによれば2億6100万ユーザーが存在していることが挙げられる。将来的に規模を拡大して利用がさらに進み、複数の国境をまたいだクロスボーダー取引にまで利用が可能になれば、新たな海外送金手段としてDC/EPを提案することで、いま話題のSWIFTのような複数銀行を経由する送金手段の代替となることも可能になるだろう。
取引内容は中国政府がすべて把握し、制御が可能になるわけで、利便性が高い決済・送金手段として一躍躍り出ることができる。導入意向が薄いにもかかわらず、各国がCBDCの研究開発に熱心で、中国を牽制する理由はこの部分にある。将来的にDC/EPが日本の決済システムに大きく食い込んでくる可能性もあり、これは宮沢氏も懸念として指摘する通りだ。
ただ、それほど単純な話ではないとも筆者は考えている。理由は2つあり、1つは「スケーラビリティ」の問題、もう1つは「法規制」の部分だ。見逃しがちだが、もしすべての日本の金融処理が日銀の管理するCBDC台帳上で行われるようになったと考えた時、これを支えるシステムが本当に実現できるかという問題がある。
間接金融ではピラミッド構造の中でうまく金融処理が分散していたわけで、CBDCではこれが中央集権型となる。現状の全銀システムにおいてさえ処理が割とギリギリと聞いており、それ以上のトランザクションを処理できる巨大システムが果たして現在の技術で実現できるのだろうか。中国のケースにおいても、14〜16億人といわれる人民全員に口座が行き渡り、さらにクロスボーダー取引のために海外口座も用意するとなると、トランザクションは膨大なものとなる。
もう1つの「法規制」の部分だが、こちらは金融取引では必ずついて回る話だ。国ごとに異なる規制があり、金融サービスが国境を越えるのは想像以上に困難だ。例えばApple Payをみても、米国で提供される多くのサービスは国外展開されておらず米国内のみに留まっているのは分かるだろう。ゆえに少し前にいわれていた「GAFAのような巨大IT企業が日本の金融システムを牛耳るようになる」という未来はおそらくやってこない。
また中国のDC/EPがいかに使いやすいシステムだったとして、そのまま日本に上陸して標準の決済システムになることも考えにくい。これが他のITサービスと金融サービスの大きな違いだ。法規制をクリアしつつ、個々の国の文化に根付いてはじめて金融サービスの利用が広がる。
中国もサービスは乱立していた
結論として、日本が諸外国と比べて異なる決済や金融文化を持っていることは確かだが、それは積み重ねられた歴史の中で醸成されてきたもので、一朝一夕に変わることもないだろう。「なぜ日本ではサービスが乱立するのか」といった声についても、これが結果としてサービスの早期展開につながっている側面は否定できず、ある意味でユーザーのメリットになっているのは確かだ。
複数のサービスが競合状態になるのは決して日本だけの特殊事情ではなく、決済サービスではAlipayとWeChat Payの2強状態にある中国においても、もともとは多数のサービスが乱立した後に収れんしていった結果でしかない。そして、このように特定地域で強く育ったサービスが国外展開を行って成功できるかもまた別の話で、これは法規制や文化の依る部分が大きい。
日本の市場に問題がないわけではなく、もちろん解決すべき課題も存在するが、よく挙げられている指摘の多くは必ずしも現状を的確に捉えたうえでの発言ではないと筆者は考える。
関連記事
- 乱立する「○○ペイ」 今さら聞けないスマホ決済の疑問
QRコード決済を使った「○○ペイ」が乱立している。本記事では、スマホ決済に関する今さら聞けない疑問をまとめた。 - 日本で使える中国のコード決済サービス、為替変動のリスクは? 決済サービス乱立の先に
中国のコード決済サービスが使える場所が増えている。どのような仕組みで導入が進んでいるのか。決済サービスが乱立した中国はその後、どのような道をたどったのか? - 「ポイントばらまきで終わるのは最悪のシナリオ」 乱立するコード決済サービス、後発・メルペイの戦略は
メルカリ子会社のメルペイが、スマートフォン決済サービス「メルペイ」の事業構想を発表。メルカリが持つユーザー基盤やデータを活用する他、他社とも積極的に連携していくという。 - 買い物DXが起こる? 体験して分かった地方の電子ペイメント事情
宮崎県に住む小寺信良さんが、イオンのレジゴーを体験。そこから考えた、地方での電子支払いの現状とこれからの課題。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.