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チップセットの誕生と隆盛、そして消滅へ“PC”あるいは“Personal Computer”と呼ばれるもの、その変遷を辿る(3/5 ページ)

PCの源流から辿っていく連載の第21回は、チップセットが生まれ、消滅に至る流れを解説する。

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AMD、またしても動く

 実際1995年のSocket 7を最後に、IntelとAMDは異なるプラットフォームを利用するようになる。IntelはPentium II世代でSECCという独自のスロットを利用し、その後Socket 370に移行する。AMDはAthlon世代でSlot Aという、機械的にはSECCと同じながら異なる電気的プロトコルを採用し、ついでSocket Aという機械的にもIntelと互換性のないソケットを利用するようになる。

 ところがNorth BridgeとSouth Bridgeが分離されていれば、North BridgeだけをそれぞれのCPUに合わせるだけで良い。実際VIA Technologies/SiS/ULiの3社や、後続のNVIDIA/ATIはまさしくそういう方法で、Intel向けとAMD向けの2種類のチップセットを、同じSouth Bridgeを使って提供している。

 そんなわけで話を図1に戻すと、長らくPCの内部構造の基本は、図1のような構成になっていた。

 世代によって、North Bridgeにキャッシュが外付けで付いたり、I/O BusがISAだったりPCIだったりPCI Expressだったり独自バス(AMDは一時期HyperTransport Linkと呼ばれる独自バスを利用していた)だったりといろいろあるし、South Bridgeの方も初期は本当にGPIOとStorageくらいしかなかったのが、その後どんどん周辺回路が増えていくといった具合だが、変わらなかったのは、

  • CPUとNorth BridgeとSouth Bridgeの組み合わせで構成される
  • MemoryはNorth BridgeにI/Fが搭載されている

の2点である。

 この構図を崩したのは、またしてもAMDであった。2001年、AMDはx86-64を実装した初めてのプロセッサであるHammerをMicroprocessor Forumで発表するが、この時目を引いたのはx86-64よりもむしろメモリコントローラをCPUの側に統合したことであった(写真2)。

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写真2:まだI/O Busは統合されていないが、この時はむしろこれが正解だった。というのは時期的にPCIからPCI Expressへの移行時期だったからだ。その代わりにキャッシュコヒーレンシな高速なInterconnectとしてHyperTransportを搭載する。今から思えば、CXLを20年ほど先取りしていた、ともいえる

 メモリコントローラをCPUに統合する、という例はこれに先立ちIBMが1999年発表のPOWER 4で既に表明していた(写真3)

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写真3:メモリはL3経由という点がちょっと異なるが、オンダイで2コア(Hammerはコアそのものは1コアだが、SRQ(System Request Queue)やCrossbar、APICといった周辺回路は当初から2コア想定になっていた)、複数のCPU同士のInterconnectなど、今から思えばHammerはPOWER4と非常に近い構成だった

 このためHammerが初めてというわけではないが、これをPC向けのプロセッサに採用したのはHammerが最初である。もっとも製品として投入されたのは2003年であるが。

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