ベンチャーが「SF」に頼るワケ SaaS企業カミナシが2030年のビジョンを小説化 CEOが語る“物語の力”:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(2/3 ページ)
SaaSベンチャーのカミナシがSF小説を作りました。2030年のビジョンを描いています。「SFプロトタイピング」という思考法を活用した理由をCEOに聞きました。
ノンデスクワーカーが報われる世界を創造 2030年のビジョンを描く
大橋 ご自身で、2030年の未来を1万5000字の小説で書かれたとか。どのような内容だったのですか?
諸岡 ノンデスクワーカーは現場で働く人たちです。大切な仕事ですが、頑張っても報われないことがあります。ノンデスクワーカーが挑戦し、報われる世界を創造したいと考えて物語にしました。
大橋 諸岡さんが書かれた物語があったのに、ワークショップを開催された小説家の小野美由紀さんに小説の執筆を依頼したのはどうしてなのですか?
諸岡 私自身と、メンバーに不安があったからです。「諸岡が書いたものは大スベリするんじゃないか」と(笑)。私は自分が書いた小説は良いものだと自画自賛していますが、最後に読むのは一般の方々です。自分だけで考えるよりも、プロの小説家の方に最後に再構成していただいたほうが伝わりやすいと思い、小野さんにお願いしました。
秋の「」 マイワールドだと、面白くてもどうしても美化してしまう。それでも突っ走って行く人もいると思いますが、諸岡さんはいったん、立ち止まったわけですね。
諸岡 人に何かを届けるとき、届いた先のことまで考えないと、いくらコンテンツが良いものでも意味がないと考えています。そこはこだわりとしてありました。8割は私が書いた内容でしたが、小野さんがブラシュアップしてくれました。
完成したSF小説「カミナシビジョン2030」
大橋 そうして生まれのが、「カミナシビジョン2030」ですね。
――2030年
立っているだけでどっと汗が吹き出す。遠くでは太陽の日差しを浴びて銀色に輝くコンテナが、蜃気楼の向こうで揺らいでいる。
松田はARグラスを外すと額の雫を拭った。彼女が今居るのは、パキスタンの砂漠地帯だ。国際的企業が先月竣工した人工肉培養工場にサービス導入するため、一昨日から滞在している。
というのが冒頭のシーン。物語はとても未来観にあふれていると思いました。
諸岡 物語としては、現在を描く方が理解されやすいかもしれませんが、SFプロトタイピングなので、私自身、信じられないような世界を描くことにしました。
秋の「」 私も読んで、面白いと思いました。コスプレイヤー目線で2030年を考えると、個人向けの造形や塗料は進化していると思います。そんな未来が想像できます。
大橋 面白いですね。諸岡さんには諸岡さんの、秋の「」さんには秋の「」さんの課題感があるから、それぞれで未来の解決策が思い浮かぶのでしょうね。
社内で2日間のワークショップ実施 全員がショートショート執筆
大橋 社内でもSFプロトタイピングのワークショップを開催されたのだとか。
諸岡 2日間かけて、私が受けたワークショップと同じようなプログラムを実施しました。参加者全員にショートショートを書いてもらいました。
秋の「」 そのために時間を取って実施されたというのはすごいですね。
諸岡 ショートショートを書かされたスタッフは大変だったと思います。「自分の世界観を小説にしろ」と言われてもね(笑)。みんな苦労しながら、ひねり出していました(笑)
小説をルーズリーフにて歴史を積み重ねていく
大橋 小野さんとともにアウトプットした小説は、Webサイトにアップするだけでなく、ファイルにされたのだとか。
諸岡 小説で書いた「ビジョン」に「ミッション」「バリュー」を加えた3部構成になっています。当初は冊子の予定でしたが、ルーズリーフ形式にしてもらいました。なぜなら、2年後には違うことを考えている可能性もあるから。変わった部分は差し替えられるようにしたいと思いました。
大橋 電子媒体でなく、紙なんですね。
諸岡 私は紙が好きなんです。
秋の「」 紙に対するリスペクトはあるわけですね。
諸岡 メチャメチャあります。紙は便利です。ぱっと見られる良さがありますよね。
大橋 完成したルーズリーフをスタッフに配布したのだとか。
諸岡 スタッフはみんな自分専用のルーズリーフを持っていて、名前やメモを書き込んだりと、カミナシの歴史を作るような感じで活用しています。
大橋 ビジョンをみんなで共有し、活用することが目的だったということですね。
諸岡 イーロン・マスク氏が「テクノロジーは勝手には進歩しない。誰かの強い情熱が集まってこそ進歩する」というようなことを言っています。私が目指す世界は、私たちだけの情熱だけではダメで、多くの人に強い情熱の火をともさないと実現できないと考えています。
秋の「」 自分ができる範囲のことを続けていくと、“ヘンなもの”ができて、偶然、それを見た人が「なんじゃこれ。でも、面白い!」と言ってくれる。「面白そうだから自分もやってみた」「改善してみた」という人が現れる。「コスプレ衣装を作り着るのは自己満足にすぎない」と思っていましたが、イベントに呼んでいただき、魅力を伝えられ、なんと宇宙開発の道に進む人も現れましたから。
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