ベンチャーが「SF」に頼るワケ SaaS企業カミナシが2030年のビジョンを小説化 CEOが語る“物語の力”:「SFプロトタイピング」で“未来のイノベーション”を起こせ!(3/3 ページ)
SaaSベンチャーのカミナシがSF小説を作りました。2030年のビジョンを描いています。「SFプロトタイピング」という思考法を活用した理由をCEOに聞きました。
ベンチャーは共感がないと続かない 小説はビジネスの意思決定を確かにする
大橋 カミナシビジョン2030は、働き方をアップデートした取り組みを表彰する「WORK DESIGN AWARD 2022」において、ニューカルチャー部門賞を受賞されています。
諸岡 まわりから反響をいただいたこともあり、応募しました。するとSFプロトタイピングという手法でビジョンを伝える取り組みが新しい試みだと評価していただけました。
その後、いろいろな起業家から「小説を読みました。ビジョンを作りたいのだけど、どうすれば良いのでしょう?」と相談が来るようになりました。
その背景には、ベンチャーやスタートアップはカルチャーやビジョンへの共感がないと続かない、ということが関係しています。カルチャーやビジョンをどう伝えるかが課題というか、永遠のテーマです。
大橋 SFプロトタイピングを活用しているのは大企業が多いんです。特にレガシーな企業は改革への意識が強く、そこにSFプロトタイピングを活用しようとしています。でも、ベンチャー、スタートアップは、「自分たちがやっていることが未来」と、SFプロトタイピングに対してあまり関心を示さない傾向があります。しかし、カミナシさんではSFプロトタイピングを活用した。実は、そこが僕には驚きでした。
諸岡 多くのベンチャーやスタートアップは、自社のビジョンはスタッフが理解していると勘違いしています。でも、何となくカッコいい数文字のスローガンで、社長の思いまで理解してもらえるわけがありません。実際、自分でカミナシのビジョンを書くと1万5000字になりました。
大橋 スローガンだけでは社長とスタッフに認識のずれは起こりますよね。
諸岡 はい。認識のずれがあると、例えば新しいプロダクトやサービスを立ち上げるとき、みんながそれぞれ違う考え方で進めてしまうことも。なぜなら曖昧で抽象度の高いビジョンだから。そのようなビジョンでは、ビジネスとしてスピードのある意思決定ができなくなるのは当たり前です。カミナシビジョン2030は、人の心に何かを訴えて、ハートウォーミングな物語を語るだけでなく、ビジネス上の意思決定をまとめていくという意味のあるものを目指しました。
SFプロトタイピングは余白がある 夢を具体的に語りやすい
秋の「」 片仮名語を羅列するとカッコいいみたいなのが譬喩されていますが、もっと具体的に語らないといけないと私も思います。でもそれが実は大変。大変だから多くの企業ではやらない。ふんわりとしたイメージだけのものを指摘して気持ちよくなっているように思います。
大橋 夢を語るというのは、その夢が具体的でないと語れません。夢が抽象的になっていないかを見直すのはいいかもしれませんね。
諸岡 その通りだと思います。いろんな見直し方があると思いますが、カミナシではSFプロトタイピングで見直した。SFプロトタイピングの良いところは、具体的になりすぎないところです。余白があって、みんなが想像力を働かせられる余地が残っている。いいあんばいなんです。
大橋 毎年、内容を見直していくということですが、今後もSFプロトタイピングを続けていく予定なのでしょうか?
諸岡 カミナシビジョン2030は、2022年のタイミングで書いたものだし、2030年の夢を書いているだけです。そこから先、どこに行くかは一切、書いていません。今後の世の中の進歩と共に毎年、アップデートしていきたいと思っています。
秋の「」 大長編小説になりそうですね。
諸岡 新しく入社したスタッフは、渡された小説を見て「これを読まないといけなのかよ」と嫌になるかもしれません(笑)。でも、読むと私の葛藤や悩みが分かると思います。
夢への第一歩を踏み出すために 「過程こそテクノロジーの芽」
大橋 最後にメッセージをお願いします。
諸岡 カミナシビジョン2030は、いまの会社からすると夢の状態です。でも、その夢に向かって第一歩を踏み出すために、そこに行く具体的なストーリーを作り始め、出来上がりつつあるところです。2023年からは新しいプロダクト作りにもチャレンジして、具体的に届けることをやって行きます。これからも頑張ります(笑)
秋の「」 コスプレは、架空のものを実際に作り上げていくものです。それはSFプロトタイピングとかなり似ていると思いました。架空なものを形にしてみようとすると、いろいろな問題点が見えてきます。「あれができない、これができない」と……。それが大事だと思います。できないのなら、何ができないか、何が足りないか、それを一つずつ乗り越えてみようと思うと、「こっちでもいい」「こういう方法ある」と新しい発想が生まれます。
検索して、「こういう技術があるから誰か使ってくれ」という情報をキャッチして、それを使ってみる。宇宙開発もそうです。新しい技術がいっぱいあります。APIで公開しています。読者の方にもいろいろな職業の方がいると思うので、ぜひ見てみてもらいたいです。世間に広まる前の段階のものが多いので、組み合わせたら自分の分野でまだ誰もやってないものを作れます。架空のものを実現する過程こそがテクノロジーの芽です。
大橋 僕が言いたかったことを秋の「」さんに言われてしまいました(笑)、僕も同感です。本日はありがとうございました。
カミナシさんは、SFプロトタイピングで会社のビジョンを描き、それをスタッフに共有しています。カミナシさんの「物語」の主役はスタッフ一人一人。確かに、片仮名語を多用した、ふんわりとしたビジョンで企業の「夢」は語り尽くせないように思いました。そこにSFプロトタイピングを用いることでより具体的な企業ビジョンになり得るということが、よく分かりました。
SFプロトタイピングに興味がある、取り組んでみたい、もしくは取り組んでいるという方がいらっしゃいましたら、ITmedia NEWS編集部までご連絡ください。この連載で紹介させていただくかもしれません。
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