AWSでもAzureでもなく“国産クラウド” 学内システムに採用した私大、選定の狙いは?
主流ともいえる海外産クラウドではなく、国産クラウドを新システムに採用した私大。選定の意図を聞いた。
今や企業や自治体での利用が当たり前になりつつあるクラウド。教育の場でも活用例が増えており、特にAWSやMicrosoft Azureといった海外産クラウドサービスが活躍している。一方で、あえて国産のクラウドサービスを採用するところもある。
茨城県と千葉県にキャンパスを持つ私立大学、流通経済大学(流経大)もその一つだ。同大は2020年、無駄な印刷物を減らす目的で、プリンタや印刷の管理システムを導入。運用基盤には、国産のクラウドサービスを採用した。
茨城のキャンパスでネットワーク管理を担当する諏訪智紀さん(総合情報センター 情報システム課)によれば、運用基盤の選定に当たっては、AWSやMicrosoftのサービスも検討していたという。主流ともいえる海外産サービスを選ばず、最終的に国産サービスを選んだのはなぜか。諏訪さんに詳細を聞いた。
「印刷・プリンタのトラブル」解決に向け新システム導入
流経大は1965年創立。学生数は約5161人(2022年5月時点)という。開学当初は経済学科のみの単科大学だったが、後に社会学部や法学部などを開設。現在では5学部・9学科まで拡大しており、85年には付属高校、23年4月には付属中学も設立した。
同大が20年に導入したのは、リコーが提供する印刷管理システム「IO Gate」。印刷機の利用をポイント制で管理する機能に加え、学内のPCや学生個人の端末からシステムにデータを送信し、好きなプリンタで印刷可能にする機能などを備えている。
流経大がIO Gateで構築した印刷管理の仕組みはこうだ。まず、学期ごとに学生にポイントを付与。その上で「モノクロ印刷は1ポイント」「カラーは20ポイント」などとルールを定め、ポイントの範囲内でプリンタを利用してもらう仕組みを整えた。プリンタの利用時、学生を識別する仕組みも採用。プリンタに備え付けた装置に学生証をかざすことで、いつ誰が印刷したか把握・管理できるようにした。
これにより、無駄な紙を減らすことができた他、印刷物の取り忘れによるトラブルにも対応しやすくなったと諏訪さん。これまでは学生が無際限にプリンタを使い、紙を無駄にすることもあったが、改善できたという。
提供基盤はさくらインターネットが提供する「さくらのクラウド」を採用した。当初、リコーからはオンプレミスでの運用を提案されていたが、クラウドにこだわりがあり、さくらのクラウドを「無理やりねじ込んだ」(諏訪さん)という。
3.11や台風で、災害対策の重要性を痛感
流経大がクラウドの利用にこだわったのは、東日本大震災などによって災害対策の重要性を思い知っていたからだ。当時、流経大は学内のシステムを、キャンパス内にあるサーバルームのサーバで運用していた。しかし地震により、ラック内のサーバが物理的に倒れかける事故が発生。ケーブルなども外れてしまったという。2018年にも、台風による停電の影響で半日以上サーバがダウンするトラブルがあった。
一連のトラブルを受け、学内のサーバで運用していたシステムのクラウド化が急務に。クラウド型のグループウェアやメールサービスの導入が加速しており、既存システムのクラウド化も進んでいたことから、IO Gateの利用についてもクラウドありきで考えていたという。
理由は3つ 国産クラウド選んだ決め手は?
とはいえ、クラウド事業者はAWSやMicrosoftなど外資系企業が強力で、AIサービスやコンピューティングリソースなども海外大手の方が充実しているのが実情だ。流経大も、IO Gate以外のシステムで他社クラウドを使っている。当初はIO Gateについても海外産クラウドを検討していたが、比較の結果さくらのクラウドを採用するに至ったという。
流経大がさくらのクラウドを選んだ理由は大きく分けて3つ。1つ目は導入実績があったことだ。実は、流経大では経理・人事組織が先行してさくらのクラウドを導入。すでにシステムを運用しており、学内で信頼のある状態だったという。
2つ目は900以上の大学・研究機関が利用する学術研究用の通信環境「SINET」に接続できる点だ。SINETは全国どこからでも最大400Gbpsで通信可能。クラウドと大学などのシステムをVPNで接続することもできる。
さくらのクラウドに加えMicrosoft Azure、AWSなども接続に対応しており、クラウドを活用する教育機関などがセキュアで安定した通信環境のために利用するケースが多い。流経大も同様の目的があり、SINETに対応するサービスを選んだという。
最後は料金体系だ。クラウドの多くは従量課金制だが、さくらのクラウドは「1カ月のうち20日以上サービスを利用すると、月の料金が定額になる」プランを提供している。「従量課金だと経理と調整しにくく、さくらのクラウドのプランの方が予算が立てやすかった」(諏訪さん)という。
今後は“脱オンプレ”目指す 「いずれはフルクラウドに」
3つの条件に当てはまるサービスとして、さくらのクラウドを選んだ流経大。移行は19年10月ごろに開始し、同月末にテストを実施。20年に入ってから運用を始めた。以降、システムは安定して稼働しているという。新しい印刷管理システム自体も「『どこでも作業できる』と学生から好評」(諏訪さん)としている。
もともとの方針もあり、流経大では今後新たにシステムを導入・構築する際もクラウドを使う予定という。「オンプレの方がよっぽど安いといったケースでなければ、クラウドを使いたい」(諏訪さん)。
大学全体での“脱オンプレ”についても進める方針だ。まだオンプレで運用しているシステムが残っているので、いずれクラウド化したいと諏訪さん。現在、付属高校や付属中学とはシステムが分離しているが、ゆくゆくは共通化も検討したいという。
「それぞれの組織に課題や仕事の仕方があるのですぐには難しいが、個人の目標としては、学園全体で同一のシステムや基盤が使えるようになれば。残っているオンプレミスのシステムについても、主幹業務に関することなので長い検討が必要だが、いずれクラウド化したい」(諏訪さん)
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