AIガバナンスの“コスト”はどのくらいかかる? EUのAI法案、影響を試算 「利益が4割減る」などの意見:事例で学ぶAIガバナンス(3/3 ページ)
2023年12月9日、EUの「AI法案」について、暫定的な政治合意に達したことを発表した。この規制が施行された場合の影響について、さまざまな角度から分析が行われており、AIガバナンスを実施する際にかかるコストの計算も進んでいる。
無視できない“ガバナンス整備の時間”
AIガバナンスのコストは大きいのか小さいのか。金銭的な試算はさまざまだが、単に「コスト」といっても、それは金銭的な負担とは限らない。対応するための労力、特に時間やマンパワーの面での負担も無視できない。企業がAIガバナンス要件に対応する場合、それに要する時間はさまざまな要因によって左右される。
企業内での現状の準備度が挙げられる。AI以外の分野、特に何らかのテクノロジーに関するガバナンス構造やポリシーが既に社内に存在する。それが機能している場合、AIや生成AIによって生まれた新たな要件に合わせて、それらを更新するのは比較的迅速に行える可能性がある。しかしガバナンス全般が未整備であれば、それをイチから構築する必要があり、当然ながら長い時間がかかることになる。
法規制への対応についても、法律自体の複雑さだけでなく、その範囲や専門性も問題となる。異なる国や地域の規制を同時に順守する必要があるグローバル企業は、各国の規制動向とその内容を把握して、社内で統一されたガバナンス態勢を構築しなければならない。そしてAIのような先端テクノロジーに関する規制は、それに対応するためにも高度な専門的知識を要求し、その理解と実践により長い時間が必要になる。
それに関係するのが、人的リソースの充足度だ。AIガバナンスに対応するには、技術面や法制度面で高い専門知識を持つ人材が必要になり、グローバル企業であれば、それを国や地域ごとに用意する必要性も生まれる。「そうした人材がそろっているか」「そろっている人材が持つ知識やスキルは十分か」「これからそろえるのであればどのくらい短期で充足できるのか」がガバナンス対応期間に大きく影響する。
さらに一般社員の教育とトレーニングという観点も無視できない。社員が新しいガバナンス要件を十分に理解し、それに対応できるようになるためには、十分なトレーニングを受ける必要がある。それには当然ながら時間がかかり、特に大規模な組織になればなるほど、より長い期間が必要になる。
こうした対応を確実に遂行するためには、数カ月(場合によっては年)単位で計画を策定しなければならない。EUのAI法については、早ければ25年中にも一部ルールの運用が始まるのではないかという観測もある。だとすれば、EU域内でビジネスを行っているが、EU住民に対するビジネスを行っている企業で、AI活用を考えている企業は、いまから対応を検討し始めても遅いくらいだ。
AIガバナンスへの対応には一定の費用と時間がかかるのは確実とはいえ、AIをビジネスに活用する企業は、その開発や導入を諦めるという選択肢は無いだろう。導入と並行してガバナンス体制の構築も進むよう、十分な予算と準備期間を確保しておく必要がある。
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