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求められ続ける成長にさよなら とあるスタートアップが“値上げなし”でやっていけるカラクリ(2/2 ページ)

「うちは値上げを行わない」と断言するスタートアップ・invox。なぜそんな方針を掲げるのか、そもそも維持は可能なのか。その背景には事業の”カラクリ”が隠れていた。

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 実はinvoxは、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達を避け、自己資金で成長を続ける「ブートストラップ型」のスタートアップでもある。「誰かから無限に成長を求められるビジネスはやっていて面白くないんです」と横井代表。

 そもそも横井代表は過去に2社の創業に関わり、1社は上場、もう1社はM&Aを経験している人物。「上場すると、永遠に目に見えない株主から無限に成長を求められ続けて、成長、株価、株主を見て仕事をしなきゃいけない。M&Aされると、気持ち的にサラリーマンになって、親会社からも設定された目標を達成するみたいな仕事になってしまって。どちらも楽しくないという感覚がありました」

 こうした経験から、横井代表は3社目となるinvoxでは異なるアプローチを選択した。「今回は、思う存分好きな自社開発を自分で目標を設定してやりたい」と横井氏は当時を振り返る。

 創業時の開発費用は横井代表の自己資金で賄われた。「以前の会社を上場した時のキャピタルゲインが少しあったので、それを初期費用にしました」という。さらに、横井さんの志に賛同したエンジニアも手を貸した。「前から一緒にやってくれているエンジニアが何人かいるので、手弁当で手伝ってもらって土日で開発しました。初年度は600万円ぐらいで結構な開発をしました」

 この選択は、経営の自由度を高めることにつながった。例えば継続的に行っている寄付だ。「処理した請求書1枚につき1円の寄付を1件目からやっています」と横井代表は語る。「もしVCから資金調達したら、なんか『俺が渡した金で寄付してんのかよ』って話になっちゃう」


invoxの社会貢献活動「One by Oneインボイス」プロジェクト。請求書1件につき1円を子どもの問題解決に取り組むNPOに寄付。ビジネスの成長と社会貢献を直接リンクさせる取り組みだ

 ブートストラップ型の成長を選択した結果、invoxは2023年夏に黒字化を達成した。「サービス開始が2020年の3月で、3年間で黒字化できました」と横井代表は胸を張る。

社会貢献と事業の両立を目指す「大人のスタートアップ」掲げる

 値上げをしない姿勢やブートストラップ型の選択を踏まえ、invoxは自らを事業の成功と社会貢献の両立を目指す「大人のスタートアップ」と称する。「今応募してきてくれる方も、大人のスタートアップというこのキーワードを魅力に感じてくれる方々が多いんです」と横井代表。


invoxが目指す「オトナのスタートアップ」の理念

 社内でも、従来型の厳格な目標管理やノルマ設定は行っていない。横井代表は「目標とか計画もあまりない。ノルマとかはあるわけがない。その方が仕事が楽しいと思っている」と語る。営業部門でも個人ごとのノルマは設けておらず、月末に目標達成を迫られるようなプレッシャーをかけない方針だ。ただし、数字を見ることの重要性は認識しており、社員自身が改善のために数字を確認することは推奨している。

 「いわゆるキラキラ系の、資金調達いっぱいしてドンドン行くぞ、みたいなスタートアップというよりは、ちょっと地に足がついてて、自分たちの仕事が社会貢献につながるみたいなイメージに共感してもらっている」

 すでに行っている請求書1枚につき1円の寄付に続き、invoxは社会貢献の新たな形として、請求書データを活用したCO2排出量計測サービスの開発も進めている。

 「請求書をやりとりしてたまるデータってすごい価値があるんです。どの会社とどの会社が何をいくらで取引してるかが分かる。その情報を活用して、企業のScope3排出量(サプライチェーンにおける温室ガスの排出量)の計測や、カーボンクレジットの創出・販売を検討しています」

 これらの取り組みも、invoxという事業基盤を活用した社会貢献の一環という。「ビジネスとしての収益を期待しているわけではありません。むしろ、私たちの事業を通じて社会に貢献する方法です」と横井氏は位置付ける。

 「私は、会社というのは自分たちのやりたいことを実現するための器だと考えています。ただ資金を調達するために、本来やりたかったことができなくなってしまうのは本末転倒です。そうなると、長期的に事業を楽しむことができなくなってしまう。だからこそ、私たちは社会貢献と事業の両立にこだわっています。これにより、持続可能な形で私たちの理念を実現できると信じています」

 invoxの「大人のスタートアップ」としての取り組みは、SaaS業界の常識への挑戦でもある。値上げを行わない方針、ブートストラップ型の成長、そして社会貢献との両立。これらは3年での黒字化と2万社を超える導入企業数が示すように、単なる理想論ではない。

 横井氏の追求する「持続可能な形での理念の実現」は、スタートアップの在り方に一石を投じている。急成長と短期的利益追求に偏りがちだった業界に、長期的視点と社会的価値という新たな軸をもたらしたのだ。invoxの存在は、ビジネスの成功と社会貢献の両立可能性を示す、新たなモデルとなるかもしれない。

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