トレース=「著作権侵害」なのか? 江口寿史さん巡る疑惑、福井弁護士に聞く線引きのヒント(1/2 ページ)
「写真を基にイラストを描く」という行為に、「著作権や肖像権の侵害」と判断される基準はあるのか。著作権などの問題に詳しい、骨董通り法律事務所の福井健策弁護士に見解を聞いた。
漫画家・イラストレーターの江口寿史さんが、SNS上の写真を無断でイラスト化していたとして、発注元のルミネが作品の使用を見合わせる事態になった問題。Xでは江口さんの過去作品についても「他人の写真を無断でトレースしていたのではないか」と指摘する投稿が拡散され、雑誌やネット上の写真を“特定”する動きも活発化した。
一方で、「『写真を基にイラストを描くこと』自体は、広く行われてきた練習・表現手法だ」との指摘もみられる。では、「著作権や肖像権の侵害」と判断される基準はあるのか。著作権などの問題に詳しい、骨董通り法律事務所の福井健策弁護士に見解を聞いた。
「トレースならアウト」とは限らない
福井氏によれば、「著作権侵害」の基準そのものはシンプルだ。「表現上の本質的な特徴を無断で借用すれば侵害に当たります。『トレースならアウト、そうでなければセーフ』といった単純なルールは存在しません」。
写真を例にとると、被写体の選択や構図、陰影、色彩、タッチなどの組み合わせによって「表現上の特徴」が生まれる。著作権が保護するのは、こうした“具体的な表現”だが、個別の作品によってその所在は異なる。
例えば、ある程度一般化したモチーフである「富士山」の写真をトレースしてイラスト化した場合には、「富士山の描線が同じだというだけで、侵害になるとは限らない」と福井氏。実際に過去の判例では、構図や描線を写し取ったイラストでも「写真の表現の特徴が再現されていない」として、侵害にはあたらないと判断されたケースもあるという。
「こうした場合は、元の写真の色彩や陰影、あるいはタッチなどまでまねしたのか、どの程度再現したのかという“程度問題”が争点になるでしょう」(福井氏)
時代による揺れも
こうした判断の枠組みは、時代背景によっても変化し得るという。福井氏は「知的財産権」への注目が高まった1990年代、インターネットの普及によって情報の自由が強調されるようになった2000年代、SNSの浸透とともに“パクリ”に対する目も厳しくなった2010年代以降……と、時代によって社会の空気は移り変わってきたとみる。「これらは個人の感覚ですが、いずれにしても境界線は動きます」。
著作権以外にも、考慮すべき問題がある。モデルを起用した写真を例に挙げれば、被写体の肖像権も問題となり得る。モデルが著名人等であれば、パブリシティー権(人気や顧客吸引力を無断利用されない権利)の侵害が問われる可能性もある。このような写真がイラスト化された例の場合は、これらの権利のそれぞれについて、個別に侵害の有無を判断する必要がある。特に肖像権については、最高裁でもケース・バイ・ケースとしており判断が難しいものの、デジタルアーカイブ学会が公表している「肖像権ガイドライン」などが参考になるだろうという。
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