光を使って脳に直接メッセージを送る、脳埋め込み装置 Nature系列誌で米国チームが発表 マウスで成功:Innovative Tech
米ノースウェスタン大学などに所属する研究者らは、光を使って脳に直接情報を送り込む、低侵襲かつ完全埋め込み型無線デバイスの開発に成功した研究報告を発表した。
Innovative Tech:
このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
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米ノースウェスタン大学などに所属する研究者らがNature Neuroscienceで発表した論文「Patterned wireless transcranial optogenetics generates artificial perception」は、光を使って脳に直接情報を送り込む、低侵襲かつ完全埋め込み型無線デバイスの開発に成功した研究報告だ。
研究チームが開発したデバイスは、切手ほどの大きさでクレジットカードより薄く、64個(8×8)のマイクロLEDアレイとワイヤレス給電式の制御モジュールを搭載。各LEDをリアルタイムで制御することで、特定の光のパターン(メッセージ)を生成する。周波数、強度、時間的配列の組み合わせにより、生成できる光のパターンはほぼ無限だという。
このデバイスは頭蓋骨の小さな欠損部から脳内に埋め込むのではなく、頭蓋骨上に貼り付けて使用する。ワイヤレスで情報を受け取り、各LEDをリアルタイムで制御。入力された光のパターンは骨を通り、皮質全体のニューロンを活性化させることで情報を伝達する。
従来では光ファイバーを脳に刺す必要があったが、このデバイスは頭蓋骨越しに光を照射するため、体への負担が軽減されている。
実験では、光に反応するよう遺伝子改変されたニューロンを持つマウスを活用。研究チームは4つの皮質領域にまたがる特定のパターンでマウスの脳を刺激し、これを報酬と関連付ける訓練を行った。その結果、マウスは視覚・聴覚・触覚を一切使わずに、この人工的な信号パターンを意味のあるパターンだと識別して報酬を得ることに成功した。脳がこうした合成パターンを意味のある情報として解釈できることを示した。
この技術は将来的に、義肢への感覚フィードバックの提供、人工聴覚・視覚装置の開発、脳卒中後のリハビリテーション支援、薬物を使わない疼痛管理など、幅広い医療応用が期待されている。研究チームは今後、より多くのLEDを搭載した大規模アレイや、組織深部まで到達する波長の光を用いた次世代デバイスの開発を進める予定としている。
Source and Image Credits: Wu, M., Yang, Y., Zhang, J. et al. Patterned wireless transcranial optogenetics generates artificial perception. Nat Neurosci(2025). https://doi.org/10.1038/s41593-025-02127-6
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