ThinkPadは“黒いBento Box”である(後編)――黒くて四角いアイデンティティ:青山祐介のデザインなしでは語れない(2/2 ページ)
語られるようでいて実は語られていない、PC・周辺機器のデザインにフォーカスした本連載。PCメーカー編の第5回はレノボ・ジャパンの「ThinkPad」シリーズ後編をお届けする。
スケッチではなくペーパーモックからスタートするThinkPad
ThinkPadのデザインワークは、まずはペーパーモックを作るところから始まる。製品企画の段階で液晶ディスプレイのサイズや光学ドライブ内蔵の有無、バッテリーのサイズなどが決まり、それがどのくらいの大きさになるかということがわかると、そこからボディサイズがどのくらいになるかということをつかむためにデザイナーがペーパーモックを作る。プロダクトデザインというとまずスケッチを描いてイメージを作って、というところから始まるのが一般的なイメージだが、ThinkPadのデザインワークというのは、そういった表層的なところからではなく、塊としての量感をつかむというところから始まるのが大きな違いだ。
高橋 いわゆるイメージスケッチ的なものはあまり描かないですね。昔から伝統的にかどうかわからないですけれど、きれいなスケッチを描くよりもまず立体に起こしたいというのがデザイナーの中にあります。少なくともThinkPadの場合、基本コンセプトは明快なので、スケッチで検討するよりも立体に起こして、その製品の特徴を確認していく方が効果的です。
このペーパーモックの段階で、なるべく薄く見せるための工夫やパーツの分割線なども検討される。例えばチタニウム・トップカバーを採用するThinkPad Zシリーズでは、当初チタニウムのトップカバーが側面にまで回りこむデザインも検討されていた。しかし、どうしても側面にはラッチノブや無線LANアンテナのカバーなど、トップカバーを切り欠かなければならない要素が存在する。特にチタンカラーカバーの場合、そこが切り欠かれると側面のラインが凸凹したものになってしまい、シンプルなデザインではなくなってしまう。そのため、最終的には側面に占めるトップカバーの面積を少ないものとするデザインを採用している。
また、側面から見たときになるべく薄く見えるようにカドを落とす方法の検討もペーパーモックの段階で行われる。一般的に側面を薄く見えるようにするためには、明るい色と暗い色のパーツを組み合わせてその明度差で厚みを感じさせなくする方法や、実際にボディのカドを落として薄く見せる方法などがとられることが多い。しかし、黒の単色にこだわるThinkPadシリーズではもちろん後者の方法を採用するわけだ。
ペーパーモックの後は実際の素材感のあるモデルでの検討に移行する。Zシリーズでは当初、標準バッテリーが背面に出っ張るデザインも検討された。シンプルな四角い箱を是とするThinkPadにおいて出っ張るということは珍しいが(大容量バッテリー装着時を除いて)、その分、本体そのものの大きさは小さくなる。しかし、最終的にはこのバッテリーの突起を、側面から見て“平行四辺形”の形にすることで本体の中に収めて、見事に1つの箱のデザインにまとめ上げた。
こういった“黒い四角い箱”という頑なに守るものの中にも、随所に新しい考えかたを取り入れて進化してきたThinkPadシリーズ。大和事業所のデザインチームはThinkPad一筋にやってきて、デザインだけでなく中身のことまで知り尽くしている。だからこそできるデザインなのである。
高橋 大和のデザイングループには十何年もやっているメンバー多いですから、ThinkPadにかけてはデザイナーとしてかなりの習熟度だと思うんですよ。これほどノートPCばかりやっているデザイナーも珍しいんじゃないかと思いますよ。そういう意味で、普通のデザイナーとは違うと思います。
ThinkPadでノートPCを知り尽くしたからこそできたLenovo 3000 Notebook
IBMからレノボのものとなったThinkPadシリーズ。デザイングループも含め開発部門などがレノボに移ったわけだが、その前後でデザインへの変化はなかったのだろうか。高橋氏によると「変わらない、ということはない」という。しかし、「ThinkPadをデザインするうえではあまり関係ない」とも付け加えた。
北京にはもともとレノボ側の強力なデザイングループがある。そこではもっぱらコンシューマー向けの製品を手がけている。もともとレノボは中国ではNo.1のPCシェアを持ちその多くがコンシューマー向けのため、デザイン組織もコンシューマー市場で売れることを重視した開発にエネルギーを注いでいるという。一方、IBM側だった大和やラーレイのデザイングループはビジネスユーザー向けを対象としているため、装飾で顧客を惹きつける、という発想ではデザインしておらず、そういう点ではレノボになっても変わっていないというわけだ。もちろん、技術的な交流は盛んに行われており、統合から2年が経とうとする現在では、デザイン面でも、デザイナー同士で交流する機会が増え、徐々に理解は深まってきているという。
また、最近では大和のデザイングループがこれまでのThinkPadに加えて、レノボブランドの「Lenovo 3000 Notebook」のデザインを手がけている。通常、ThinkPadの開発には1年程度の時間がかけられるが、Lenovo 3000のスタート時はわずか半年だった。それもLenovo 3000は、これまでずっと手がけてきているThinkPadと違い、まったくゼロからのスタートだっただけに、そのスピードは類を見ないものだったという。しかし、大和のデザイングループはこれまでに培ってきた、中身も十分に知り尽くしたデザイン力を生かし、この難題を克服した。特に即断即決が求められる場面では、ThinkPadのノウハウがかなり生かされたという。
これまで一貫してThinkPadだけを手がけてきたデザイナーにとって、このLenovo 3000シリーズのデザインワークは、とても新鮮なチャレンジだったという。ビジネスユースのThinkPadに対して、スモールビジネス向けのLenovo 3000では、いろいろな面で考えかたやアプローチが違うというのは明白だ。こういった、新しいものへのチャレンジはデザイナーとして常に続けられている。例えばレノボのデザイングループでは「Design matters」というブログを公開して、ラーレイのデビット・ヒル氏、北京のYao Ying Jia氏、そして大和の高橋知之氏というそれぞれのデザイングループのリーダーが、デザインに関するトピックを掲載している。この中にはディスプレイを開けるとキーボードがせり上がってくるコンセプトモデルも紹介されており、このデザインコンセプトの立案には大和のデザイングループも関わったという。
高橋 私の場合、10数年以上もThinkPadに関わってきているので、仕事のうえではあまりにも一体感があるといいますか、空気のような存在になっていますね。でもやっぱり新機種が出たら、「あぁ、新製品だな」って思ってほしいとは当然思っていますよ。「いつもと同じじゃないか」って言われたくはないですから。ThinkPadシリーズの場合、赤かったものが青くなるみたいな大きな変化はないかもしれませんが、やはり常に新鮮なものは出していきたいと思っています。
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