中国のCPUとインテルのFabとの微妙な関係:山谷剛史の「アジアン・アイティー」(2/2 ページ)
中国が独自に開発したCPU「龍芯」が製品化され、搭載PCがリリースされた。その龍芯と先日発表されたインテルの“中国Fab”建設は決して無関係ではないのだ。
インテルが中国でFabを建設する「裏」の駆け引き
現在の中国では、龍芯などのCPUや第3世代携帯電話「TD-SCDMA」、次世代光ディスク規格「EVD」などの中国が独自に開発した先端技術の規格を打ち立てている。これらの活動で共通する目的は、儲けの少ない「世界の工場」(ライセンスを受けて製品を生産する立場)から、儲けられる「世界のライセンスホルダー」(生産国に技術ライセンスを与える)への移行だ。しかし、龍芯以外のCPUプロジェクトは途中で頓挫し、EVDについては技術的な優位性が微妙なうえに中国国内で内部分裂を起こしている。TD-SCDMAに至っては構成技術の多くが外国の特許で固められているうえ、いつまでたっても「実用化の目処がたった」というアナウンスがなければ商用化も進まないいう状況にある。実用化され採用製品が市場に投入されている龍芯やEVDにしても、外国の製品が採用している世界標準規格に勝る製品は作られていない。
そういう状況にあって、2007年3月に開かれた中国の議会「全国人民代表大会」(全人代)では、これらの中国独自規格の開発に参画したメーカーのトップと大学の副学長の3人が「頼むから政府だけでも中国が開発した規格の製品を率先して採用してほしい」という悲痛な願いを訴えている。
産学界が全人代で頭を下げた数日後に、インテルが中国の大連で同社のチップセットを生産する300ミリウエハ製造工場「Fab 68」を新たに建設することが報じられた。中国政府はこれを熱烈に歓迎し、北京の全人代が行われる人民大会堂でインテルと中国政府による調印式が行われただけでなく、調印の数日後にはFab建設に対し10億ドルの援助をすると中国政府が発表している(ただし、Fabが建設される大連開発区の担当者はその報道を否定している)。このとき中国政府関係者は「インテルのFab建設によって中国半導体技術も向上してくれれば……」とコメントしている。この発言からは、インテルの技術が中国が独自に開発するCPUなどの半導体技術を向上してくれると中国政府が期待しているようにも取れる。
中国政府が自国の技術発展のためにインテルに期待していることを示す興味深い逸話がある。
WAPI(Wireless LAN Authentication and Privacy Infrastructure)という中国が独自に策定した無線LANのセキュリティプロトコル規格がある。この規格は2003年に中国で策定されたもので、2004年には「WAPIを採用していないPCは中国での販売を禁止する」という強引な政策でWi-Fiを駆逐しWAPIを普及させようと画策したが、インテルなどが米国政府の支援を受けて猛反対したため、この政策は実行されなかった。インテルが猛反対した理由はいうまでもなく同社の無線LANチップ「Intel PRO/Wireless」が売れなくなるばかりかこの無線LANモジュールを構成要素とする「Centrino」を推進できなくなるためだ。ちょうど1年前の2006年の春、国際標準化機構(ISO)の国際会議でIEEE 802.11iとWAPIのどちらを標準にするかのファーストトラック投票が行われ、WAPIは敗北した。
しかし、インテルのFab建設発表でWAPIが再び脚光を浴びた。中国信息産業部の副部長が「中国におけるFab建設をきっかけに、インテルと中国企業がPC、そしてゆくゆくは通信で提携するようになるだろう。そのときには、“インテルが”WAPIを国際標準として“推薦してくれる”はずだ。米国の米中貿易連合委員会でこれについて承諾を得ることを“インテルは約束した”」という意味深なコメントをしている。
中国メディアの情報を信じるならば、2006年に行われたファーストトラック投票の直前に、インテルはWAPIを“誹謗中傷”したとされている。しかし、インテルのFab建設の決定で突如出てきた件の副部長のコメントや中国メディアの報道が事実で、かつ、“インテルの約束”が実現すれば「インテルによって葬られたWAPIがインテルによって国際的規格として復活する」ことになる。筆者は「国家間の駆け引きって奥が深くて複雑怪奇だよね」と感じざるを得ない。
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