App Storeのプライバシーラベルに見るプラットフォーマーの責任(2/2 ページ)
12月15日、AppleはiOS、iPadOS、macOS、tvOSなど同社が提供する4つのOS用のApp Storeで、アプリの説明表示の方法を新しく刷新した。同社がここ数年重視しているユーザープライバシー保護を、さらに一歩押し進めるための変更だ。IT系企業のみならず、公的機関なども含むデジタル時代の大企業が、どのような社会的責任を負うべきか、改めて考えさせられる。
21世紀の企業は責任と企業戦略とが一体であるべきだ
一時期、CSR(Corporate Social Responsibility)、いわゆる「企業の社会的責任」という言葉が流行り言葉のように使われた。多くのビジネス書やビジネスセミナーがあふれた後、企業の資料にとってつけたように追記されたのは「植樹」などの似たり寄ったりの内容だった。
時価総額でも世界トップクラスのAppleは、世界の企業の規範となるべく、世の中の基準に追われて社会的責任を取るのではなく、しばしば自ら率先して新しい規範を生み出している。
例えば、環境への取り組みだ。気候変動の影響を受け、多くの企業が再生エネルギーの活用など、環境への取り組みを示している。しかし、製造業では二酸化炭素排出や水質汚染などの環境汚染のほとんどは、企業本体ではなく製造を委託している下請け会社で発生している。いくら本社を100%再生可能エネルギーに切り替えても、それは本質的な環境改善にはつながらないのだ。これに対してAppleは、2030年までに同社が部品提供や製造委託をしているサプライヤーなど全体での二酸化炭素排出をゼロにする宣言をしている。
200社以上あるサプライヤーに対して、時には再生エネルギーでの運用に必要な投資や指導を行うのは大変そうだが、Appleはこれまでにもいくつか難しそうに見えた環境への取り組みを予定より前倒しで実現し続けている。
そんなAppleが、次に取り組むのがアプリの生態系を作るOSプラットフォーマーとしてのユーザープライバシーに対しての責任を果たす取り組みだ。
それまでのPCやスマートフォン、PDAなどのアプリは無法地帯で、ウイルスなどの悪質なソフトが混じっていないかは専用のソフトで検出する必要があった。
これに対して2008年、AppleはiPhoneのアプリを流通するApp Storeを発表した。何と1つ1つのアプリを、丁寧に人間が手作業で精査してから提供するという手間のかかる方式をとったことで、登場から12年間、iPhoneではマルウェアと呼ばれる悪質なソフトによる被害をほとんど出していない(何度か監視の網を潜り抜けたアプリによるボヤ騒ぎはあったが、大事になる前に鎮火されている)。
その後、同様のモデルはAppleのmacOS、tvOSなどへと広げていった。
こういった流れを経て、今では他社製のPC、スマートフォン、タブレットなどでも、アプリはApp Storeによく似たアプリストアから入手するのが一般的になった(ただし、管理が複雑になるにもかかわらず企業側の都合から、複数のストアが用意されていることも多い)。
今回、アプリストアという概念を広めた業界リーダーが実装したアプリのプライバシー表示は今後、他のソフトウェア流通市場にも広がっていく可能性が高い。
最近、Appleがアプリ事業者から徴収する売り上げの3割という、いわゆる「Apple税」が高いか安いかの議論があったが、一番大事なところを「楽な自動化」に頼らず、1つ1つ人手で丁寧に確認することでユーザーが安心して利用できるアプリを提供していることを考えると、仕方がない部分もあると思えるのは筆者だけだろうか。
いずれにせよ、世の中には数万、数十万人、あるいは数百万人の日常生活に直接関わる「プラットフォーマー」と呼ばれる巨大企業がいくつかある。その多くが、ここ数年、IT業界の“悪い習慣”を学んで、デジタルテクノロジーを活用してユーザーの行動を監視したり、追跡したりといったことを始めているところも少なくない。
しかし、そういうことをしている企業は、今、世界のトレンドは全くそれと逆向きであることを認識し、改めて自社でのプライバシーポリシーについてもう1度、根本から練り直すタイミングがきていることに気付いてもらいたい(米国でも、その手の技術は、いかに個人を特定しないかに注力した技術が増え始めている)。
なお、誰にでもすぐに分かるプライバシーポリシーの表示をつくろうという取り組みについては、実は日本の方がはるかに古く、2012年にApple同様「食品表示ラベル」からインスピレーションを受けた表示を作ろうという試みがあったことを、こちらのツイート(およびリンク先の記事)で知った。
ただ、日本がそれを形にできなかったのは、こういった取り組みを検討するチームに有識者はいても、それを形にして提示できるデザイナーが不在なことだ。さらにはアプリ開発者に対して、そうしたことを働きかける戦略や人材、そしてこのケースで言えばわざわざ面倒なことをさせる訴求力/強制力も欠けているからだろう。
この辺り、米国の巨大IT企業に対しても臆せずGDPR(EU一般データ保護規則)などの規制をかけられるEU(特にフランス)はすごいと思う。
ぜひとも、日本の巨大プラットフォーマー企業には、デザイナーや戦略を持って、事業と一体になった責任ある取り組みを実践してほしいと思う。
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