「iPhone Pocket」に結実したイッセイ ミヤケとAppleのジョブズ時代から続く縁(2/3 ページ)
iPhone用の新アクセサリー「iPhone Pocket」が登場した。イッセイ ミヤケとAppleが歩んできた道のりを、林信行さんが読み解いた。
日本が世界に誇るデザイン×テクノロジー企業
ここでAppleは知っていても、イッセイ ミヤケというブランドについては知らないという人のために一般的な情報源では得られない、筆者の視点から見たイッセイ ミヤケというブランドについて簡単に紹介したい。
創業者は2022年に惜しまれつつ亡くなった三宅一生氏であることは知らない人がいないだろう。
ファッションを、ただ装飾表現の違いだけで捉えるのではなく、そもそも形としてどうあるべきか、一本の糸にいたるまで研究し、オリジナル素材の開発も行い、その後の服の作り方や展示のされ方、店舗の設計、店舗で配られる水のアルミボトルのデザインまで、常にモノがどうあるべきかまで徹底的に探求し、貪欲に最新のテクノロジーも採用してデザインをしている会社だ。また、ファッションブランドでありながら「エンジニアリングチーム」と名乗る人たちもいる点で、他のファッションブランドとは大きく異なっている。
日本のデザイナーも含め、世界中の多くのファッションブランドは、シャツ、ジャケット、パンツ、スカート、ロングドレスなどいくつかの形の決まったアイテムの文法に沿って、その装飾方法を変えているだけだが、そうしたものを「西洋服」と捉え、それとは異なる服作りを探求してきた。
西洋服の多くは、布をいくつものパーツに裁断し、人の形に合わせて縫い合わせることで立体的な形状を作ってきたが、イッセイ ミヤケは身体との間に余白や隙間を持たせても軽やかで動きやすく身に付けても心地よい服が作れることを実際の製品製作で証明してきた。
人の身体を覆う衣服としておそらく最もシンプルでミニマルな形であり、着物を作る際の基本単位でもある「一枚の布(a piece of cloth)」を理想の形として、ファッションのあらゆる可能性を追求し、その中で世界に衝撃を与える数々のイノベーションも起こしてきた。
中でもファッション業界に激震を走らせたのが、Appleが初代iMacを発表した1998年に発表されたA-POC(a piece of clothの頭文字)と言う技術だ。
それまでのファッションアイテムの多くは、デザイナーが描いたイラストを元にパタンナーと呼ばれる人がそれを立体的に作るために必要な布パーツの形を考え、それを切り取るための型紙を作成していた。これをテキスタイル(布など)メーカーから仕入れてきたテキスタイルに、この型紙を当ててその形のパーツを切り取って服を作っていた。
これに対して、A-POCは糸からあらかじめ切り取るパーツの設計図が組み込まれたテキスタイルを製造してしまう技術だ。あらかじめ服の形やパーツに関するデータをコンピュータに入れておくと、設計図の組み込まれたテキスタイルが出来上がるので、その設計図通りに切り取って縫製すれば、意図していた通りの服が出来上がる。
糸から、あらかじめ服の設計図が仕込まれた布(テキスタイル)が作られ、設計図の通りに切り取る(裁断する)と、それがそのまま服になるというのが「A-POC」の理想形だ(2016年に国立新美術館で開催した「三宅一生の仕事」展にて筆者が撮影)
これは21世紀になってファッション業界で話題になった「裁断ロス」(布の端材を大量に余らせてしまう環境問題)を大幅に減らす画期的な技術でもあり、21世紀に入ってから話題になった「ファッションテクノロジー」を10年以上も前に先取りしていた極めて先進的な技術だ。
今回のiPhone Pocketで中心的役割を担った宮前義之氏も、この技術に衝撃を受けてイッセイ ミヤケの入社を決めた。
宮前氏はイッセイ ミヤケの4代目デザイナーとして、パリコレで発表する衣服のデザインなども手掛けたが、新しい素材や新しい製法を研究する研究者気質を生かして、現在はテクノロジー企業やアーティスト、クリエイターなど他社とのコラボを続ける2021年設立の新ブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」を率いている。
宮前義之氏が率いるブランド「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」でも、設計図が組み込まれたテキスタイルから服を作るA-POCの技術が引き継がれている。こちらは最先端のデジタル技術によってファッションデザインの革新を目指すデザインラボラトリー「Synflux」と協業した「TYPE-IX Synflux project」の設計図が組み込まれた布(テキスタイル)と完成品。イッセイ ミヤケ系の服は「一枚の布」を重視して少ないピース、少ない縫製で作るものが多いが、このプロジェクトでは最新アルゴリズムで「一枚の布」を使い切り、無駄な裁断ロスが発生しない服作りを模索している(筆者撮影)
ソニーが開発したお米のもみ殻で作った天然素材トリポーラスで、これまでの衣服では表現できなかった「黒」を表現した「TYPE-I(ワン)」と呼ばれるシリーズや、3Dプリンタを用いて靴作りをするフットウェアブランド「Magarimono」と組んで作った「TYPE-III Magarimono project」、蒸気を当てると変形する素材スチームストレッチを使って立体的な服を少ない縫製で作れるように東大発ベンチャー「Nature Architect」の最新メタマテリアル設計技術を活用して作った「TYPE-V Nature Architects project」、衣服の製造過程における課題の1つである、テキスタイルの廃棄を減らすため、幾何学やアルゴリズムを応用した新たなデザインのシステム「Algorithmic Couture」を開発するSynfluxと共に作った「TYPE-IX Synflux project」など、技術的に見ても面白いファッションアイテムを非常に多く手掛けている。
変形する素材、メタマテリアルの設計技術を持つNature Architects。同社の技術と宮前氏がイッセイ ミヤケでデビューして以来取り組んでいる蒸気で変形する素材、スチームストレッチを組み合わせ、1個のピースでジャケットを作る技術を模索した「TYPE-V Nature Architects project」。アイロンで蒸気を当てると下のカエデの葉のような形の布が立体変形して上のジャケットの形になるので、後は簡単な縫製を加えて完成する。この写真のものとは違う形になったが、2025年にこの技術で設計したジャケットがついに製品化された(写真提供:©ISSEY MIYAKE INC.)
作っているのは衣服だけでなく、同社のデザインやエンジニアリングの技術を、さまざまな形に応用しているのも魅力だ。現在、東京ミッドタウン六本木にある「21_21 DESIGN SIGHT」(創立者は三宅一生氏)のギャラリー3にて、「一枚の布」と「一本のワイヤー」を融合させた新たな照明器具のプロジェクト「TYPE-XIII Atelier Oi project」の展示も11月24日まで行われている。
これは、スイスを拠点とするデザインスタジオ「atelier oi」(アトリエ・オイ)と「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」との協業で生み出したものだ。
スイスを拠点とするデザインスタジオ「atelier oi」(アトリエ・オイ)が、ミラノデザインウィークで「TYPE-V Nature Architects project」の発表を見て、この技術を使って照明を作りたいと提案。日本を代表するモバイル照明ブランド「Ambientec」なども協力して、「一枚の布」と「一本のワイヤー」を融合させた新たな照明器具が誕生した
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