人気スマホ、ゲーム機……発売日に潤沢な在庫がないのはなぜ?:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
人気の高いスマホやゲーム機では、発売直後に必ずと言っていいほど品薄が発生する。なぜメーカーは発売日に潤沢な在庫を用意できないのだろうか。
万一のハードウェア不良を考慮すると小出しが望ましい
ここまで製品の在庫にまつわる事情について見てきたが、それ以外の面でも、小出しに売った方が望ましい事情は幾つかある。
例えば売り上げについて。ゲーム機のように、数年に1回という新製品が出た場合、一時的に売り上げが爆発的に伸びる。仮に全ユーザーに潤沢に行きわたるだけの在庫をストックしてから一斉発売するとなると、売り上げを示す棒グラフのたった一カ月だけが飛び抜けて何倍、何十倍もの高さになるわけだが、このような状況は、営業的にはあまりよいことではない。というのも、一般的に会社の売り上げというのは、その前年の同じ月との対比、いわゆる前年同月比で検証が行われるからだ。
これはゲーム機はおろかハードウェアに限った話ではないのだが、1カ月に売り上げが集中するよりも、それぞれの月に少しずつ売り上げを上乗せした方が、いかにも営業サイドが頑張って全体が底上げされたかのように見えるし、前年同月比で売り上げをプラスにできる期間が長く続く。仮に突発的な売り上げ減が発生していても、上乗せ分でカバーして目立たなくすることができる。月ではなくクオーター単位の場合でも、考え方は基本的に同じだ。
さらに、ハードウェア特有の、製品の不良にまつわるリスク管理の問題も大きい。潤沢な在庫を用意して販売を開始したものの、不具合が発覚、それがファームアップなどでは解消できない問題で、うっかりリコールになってしまうと、倉庫でスタンバイしている全ての在庫が売り物にならないという、悪夢のような事態になりかねない。
その点、小ロットずつ生産して売るのであれば、万が一ハードウェアの設計に起因するトラブルが見つかっても、被害を最小限に食い止められる。
在庫が潤沢に用意できない事情ありきの「消極的品薄商法」
以上のような理由があるわけだが、これに加えて冒頭で述べたように、一般には品薄商法と呼ばれる、飢餓感をあおるための販売戦略も、よく話題に上るのはご存じの通りだ。実際、新製品の発売直後にメディアで話題になるためには、店頭に在庫が山積みになっている状況というのは、あまり都合がよろしくない。「どこに行っても買える」「過剰在庫」「売れていない」とたたかれるのがオチだからだ。
それよりも、確かに入荷した形跡はあるものの、全数売れて店頭に1つもないという状況の方が、「爆発的に売れている」という空気を作りやすい。最初の段階で入荷したのがそこそこ多い数量だったのか、ごくわずかだったのかについては、メディアおよびユーザーはほとんど注目しない。「入荷したものの即完売した」という事実が何より重要なのだ。
ただしこうしたハードウェアの品薄商法は、食品業界のように、品薄おわびのリリースがニュースになっている段階で、既に量販店のバックヤードに特売用の在庫が大量に置かれているような、明らかに話題作りを目的とした商法とは、根本的に性質が異なる。
発売時に潤沢な在庫を用意できないという事情が先にあって、それをメーカーが逆手に取って品薄商法に似た販売戦略を取っているだけで、いうなれば「消極的品薄商法」とでも呼ぶべきワザである。決して逆の順序で行われているわけではないことは、この種の問題を論じるにあたって、理解しておいた方がよいだろう。
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