5つの視点で振り返る「Apple Watch」のすごさ:林信行が読み解くApple Watch5周年(3/5 ページ)
Appleのスマートウオッチ「Apple Watch」が、2020年4月で発売5周年を迎える。登場前と登場後で何が変わり、これからどこへ向かうのか。林信行氏が解説する。
Apple流もの作りの真骨頂
Series 2までのApple Watchは常にiPhoneに接続して通信を行っていたが、Series 3からはセルラーモデルが登場し、iPhoneを持ち歩かないでもApple Watch単体でメールやメッセージの受信、音楽のストリーミング再生が可能になった。赤いクラウンはセルラーモデルの証だ
Apple Watchの登場は、もの作りをする人々にとってもinspiringな出来事だ。iMac、iPod、iPhone、iPad……3年に1度のペースで新カテゴリー製品を発表してきたApple。その中でも、1つの製品に対してここまで時間とコスト、そして膨大な手間をかけて開発した製品はApple製品の中でも珍しい。
大きなところではスポーツジムの話がある。同製品のフィットネスおよびヘルスケア機能を開発するために、社内に隠れたスポーツジムを作り、開発中のApple Watchや肺活量を測るセンサーなどをつけられた社員たちが、何日にもわたって激しいエクササイズをさせられていたのだ。
小さいところではフォントの話がある。これまでAppleが作ってきた製品の中でも、最小のディスプレイを持つApple Watchの上で時刻やその他の情報を読みやすくするために、Appleはそれぞれの文字盤にふさわしい新しいフォントを何種類も開発した。
中核となるのは「San Francisco」という小さな画面でも見やすいフォントだ。
これ以外にも、腕時計の歴史や広がりを調査した上で11種類の文字盤(フェース)を用意。それぞれに色彩やディテールのバリエーションを検証、用意したり、コンプリケーションと呼ばれる追加情報を表示できるようにしたりしている。
文字盤の1つ「モーション」は従来の時計ではありえないアニメーションをする文字盤だが、この文字盤を作るためにAppleは何種類ものチョウやクラゲを集めてきて大量に写真を撮影した。
人気が高いミッキーマウスの文字盤。これは1933年に登場したミッキーマウス時計に敬意を示して作られた文字盤だが、リズムを取る左足が秒針になっていたりと新しい工夫が加えられ、その動きの1コマ1コマを検証しながら丁寧に仕上げている。
Apple Watchチームには、こうしたフォントのデザインからミッキーの足の角度まで、Apple Watchの全てのディテールを規定した美しい印刷のリファレンスブックがある。その大きさは大判の写真集ほどもあり、かつての電話帳に迫る分厚さがある。
ハードウェアに目を向けても、よく考えられたバンドの着脱機構や、デジタルクラウン、まるで生き物のように内部に入り込んだ水を吐き出してくれる防水機能、美しさと機能性を集約した背面のデザインなど多岐におよぶ。
そして、このこだわりはついにAppleの外へも飛び出すことになる。
例えば2016年から2018年の間、ウーブン・ナイロン(Woven Nylon)というナイロン製のバンドだ。これはAppleのデザインチームが世界で新しい素材を模索する中、日本のあるナイロン工場の技術を見初めて、その工場に専用の機械を入れ、技術指導も行って作っていたもの。他のバンドも、例えば革製バンドも世代を重ねるごとに大きくクオリティーが進化しているし、1つ1つについて世界最高品質のもの作り技術と最先鋭のチャレンジを掛け合わせた物語がある。
「この小さな製品の中によくぞここまで……」と、細かいディテールに感心し始めるとキリがなく、それだけで1冊の本が書けそうになる。
スイス製の時計にしても精巧さや機械的な美しさでは勝る部分もあるかもしれないが、ここまでのストーリーはなかなか込められていないのではないか。ただスマートフォンを小さな時計型に改造し、機能と装飾で化粧を施しただけのスマートウォッチなどとは比較の対象にもならない。
これだけの細やかな作り込みが行われた製品が、ちゃんと認められて、世界で一番売れている時計になっているというのは、真摯な姿勢でものを作る人には勇気づけられる話だ。
もちろん、こうしたディテールは、ある課題を解決するチャレンジがあり、それがある程度、形としてまとまったから作り込まれていったものだ。
Apple Watchが、解決しようとしていた課題とは、Apple自身が世界に広めたスマートフォンへの依存を減らすことである。
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