LEATHERMAN「CRUNCH」<オリジナルであること>:矢野渉の「金属魂」Vol.39
調子に乗って仕事でヘマをすることは、ままあることだ。そのようなときにでも、金属はそっと寄り添ってくれる。
その日、僕は調子に乗っていた。日本で一番日照時間が短い県で育ったせいか、雲一つない青空を見ると興奮するたちである。しかも秋、湿度も温度も申し分なく快適だった。
気分が最高だった
こういうときに仕事が入ると、普段はしないようなミスを起こしやすい。この日はまさにそれだった。
撮影は最新のグラフィックスカードで、PC雑誌の広告用でのカットだった。僕はスタジオに入ると、デザイナーと軽く打ち合わせをして撮影に入った。
この時代のグラフィックスカードはファンやヒートシンクに覆われておらず、基盤がむき出しの物が多かった。ただの平らな電子基板である。これをレンズから45度の角度に固定して、広角レンズで最短撮影距離まで寄る。
あり得ないほどパースを付けた写真の完成である。まるでカードが画面から飛び出してくるような絵だ。今なら写真データをPhotoshopでいじってやるのだろうけれど、フィルムの時代はこんな面倒なことをしていたのである。
これだけ寄ると当然ピントが浅くなる。被写体がボケてしまってはどうしようもない。しかしこのとき僕が使っていたカメラは富士フイルムのGX680というカメラで、レンズ面をシフトできる機種だった。グラフィックスカードの表面にそってレンズをティルトしていく。ピントは全面にきた。
かっちりと仕上がった写真に僕は満足した。しかし、ここでまた余計なことを考えるのである。調子に乗っていたから。
僕は、デザイナーに別の斬新なライティングを提案した。それは今で言うとWindows 10のデフォルト壁紙のような感じだった。グラフィックスカードの裏側から強い光を当て、小さな半田の穴から光が漏れてくるような、シルエットを強調した写真だ。
デザイナーと盛り上がって撮影していると、クライアントが打ち合わせを終えてスタジオにやってきた。
僕は意気揚々とポラを見せた、いいでしょう? と。
クライアントの反応は「何これ、グラフィックスのチップが暗くて見えないじゃない」
瞬殺であった。
金属が教えてくれる
うなだれて帰る途中、僕は歌舞伎町にあるアウトドアショップに寄った。この下がった気分を上げるためには、どうしてもこの金属が必要だった。
それがレザーマンのクランチだ。これはマルチツールの中でもロッキングプライヤーをメインにした珍しい物である。
普通に考えて、ペンチならまだしも、このただ押さえつけ、固定するロッキングプライヤーを携帯する人などいるのだろうか。でもクランチはそこに存在し、鈍い光を放っている。
この完成するまでのギミックがすごい。ただの直方体だった物が2つに割れ、中からプライヤー部分が鎌首を持ち上げる。そこに反対側のグリップが正確にジョイントし、ロッキングプライヤーが完成する。
ここまでオリジナルなマルチツールはない。
クランチは「今日のライティングは悪くなかったよ、オリジナルであることは良いことなんだ」と僕を慰めているような気がした。
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