衛星通信に対応した「iPhone 14」が使い物になる条件とは? 海上での「緊急通報」を考える:海で使うIT(3/3 ページ)
2022年のiPhone新モデルといえば「衛星緊急通報」が注目を集めた……のだが、日本では利用できないこともあり「衛星通信」という側面に強く注目が集まった。しかし、衛星通信を使った緊急通報機能は、既に利用できるものがある。「海難における連絡手段」としてどうなのか、という点に焦点を当てて、メリットを考えてみようと思う。
iPhone 14を待たずとも「緊急通報手段」は複数ある!
iPhone 14/14 Proをきっかけに、日本でも「携帯電話(スマートフォン)を使った直接的な衛星通信」に注目は集まった。しかし、その感心を引いた張本人であるiPhone 14/14 Proは、現時点において日本では衛星緊急通報機能に対応しない。
とはいえ、先述のSPOT Gen 3/Gen 4のように、日本でも利用できる携帯電話ネットワークに依存しない緊急通報ソリューションは存在する。ここからは「絵に描いた餅」ではなく、日本でも使えて、かつ実績もあるソリューション(製品)を紹介しつつ、救難要請を想定した連絡手段を考察してみたい。
信頼と実績の「インマルサット」「イリジウム」
「衛星通信を利用する通信端末」という観点では、実績と信頼性という意味では「インマルサット(INMARSAT)」と「イリジウム(Iridium)」が二大巨頭となるだろう。この連載でも、過去にそれぞれに対応した携帯型端末として「Isat Phone Pro」と「Iridium 9575 Extreme」を取り上げている。
以前の記事から約7年たった2022年時点において、イリジウムではIridium 9575 Extremeがいまだに“現役”である一方、インマルサットでは新モデルとして「IsatPhone 2」が登場した。また、両サービス共に端末を介してデータ通信を行うための無線LAN(Wi-Fi)ルーターもオプションとして用意されているが、ビットレート的にテキスト以外のデータを送受信するのは不向きである。
ただし、インマルサットとイリジウムは衛星通信サービスの中では接続面にける信頼性は高い。そのため、両サービスの端末は緊急通報をするための通信手段として十分に活用できる。緊急事態が発生したときにワンアクションでGPSから取得した位置情報、発信した端末の名称、時間や事前に用意した文章をテキストにして自分で登録したアドレス(電子メールもしくはSMS)に発信できる「エマージェンシーボタン」もある。
ただし、インマルサットとイリジウムは原則として緊急通報機関に直接通報できないという課題もある。日本でいうと、警察署(110番)、海上保安庁(118番)や消防署(119番)には直接通報できない。通報機関の最寄り事務所の電話番号をダイヤルするという手もあるのだが、緊急事態にそれを調べるのは現実的ではない上、そもそも公開されている電話番号は緊急通報を受けるためのものではない。
先述のエマージェンシーボタンを使った際の連絡先として、民間救助組織を入れておくことはできる。しかし、民間救助組織にアクセスした後、組織が用意している機能(自分の情況や必要な救助方法をメニュー形式で指定できる機能)が利用できるかは未知数である。あくまでも音声またはテキストベースでコミュニケーションしなければならない。
海上での救助要請に特化するなら「PLB」もアリ
遭難時の救助要請に特化したデバイスとしては「PLB(Personal Locator Beacon:携帯用位置指示無線標識)」というものもある。PLBは電源スイッチを押して起動すると、事前に登録してある自分の名前やGPSで取得した位置情報など、救助に必要な情報を人工衛星回線を介して航行中の海域を管轄する救難組織に伝達する。その仕組みは国際航路を航海する「本船」と同じで、救難組織の対応も全く同様となる。
この連載でも2018年、国内で“唯一”合法的に使える(=技適認証を取得した)PLBとしてACR Electronicsの「ResQLink+(レスキューリンクプラス)」を紹介した。現在は、その後継商品である「ResQLink 400」を購入できる。ResQLink 400も、現在入手できるものとしては唯一合法的に使えるPLBだ。
日本におけるPLBは、現時点において利用できるのは「海上遭難」時に限定される。救難信号を発信すると海上保安庁がそれを検知し、救助活動を開始する。民間組織ではなく公的機関に“直接”通報されることが大きなメリットだ。
原理的に、PLBは「陸上遭難」でも利用可能で、実際に国/地域によっては陸上遭難時の通報にも使われている。しかし日本では、法令を含む制度上の兼ね合いから海上遭難時にしか使えない。加えて、以下の注意点もある。
- 「遭難自動通報局」の無線局免許を申請して取得する必要がある
- 申請手数料は4250円
- 電波使用料の支払いも必要(1年につき600円)
- 免許の有効期間は5年間で更新可能(※1)
- 免許申請時には2名以上の連絡先を記入する(変更時も届け出が必要)
- 免許がない(失効)状態で電源を入れたり利用したりすると処罰される可能性があ
- PLBを利用できるのは、免許申請者本人のみ
- 添乗者を始めとする他者は利用できない
- 通報ボタンを誤って押してしまった場合は、直ちに海上保安庁へ連絡する必要がある
- 船舶無線でも「118番」でも構わない
- 一瞬でも押してしまったら必ず連絡する(連絡しないと救助がやってくる)
- 免許期間中にPLBの利用をやめる際は、免許の廃止申請が必要
- 免許の廃止(失効)時は電波を発しない処理(=電池の抜き取り)も必要
(※1)免許の更新(再免許)申請は現在保有する免許が満了する期日の3〜6カ月前に行えます
衛星通信機能を備える「GPSレシーバー」もある
「緊急時の発信機能」という意味では、衛星通信機能を備えるGPSレシーバー(GPSコミュニケーター)も役立つ。
その一例がGarmin(ガーミン)が販売する「inReach Mini 2」である。inReach Mini 2はイリジウム衛星を介してメールやSMSなどを送受信する機能を備えており、本体の「SOSボタン」を押すことでIERCCに通報することもできる(※2)。
少し値は張るが、PLBと比べると免許申請は不要な上に陸上でも利用できることが何よりのメリットといえる。
(※2)衛星通信機能を利用するには「inReach衛星通信」の契約が必要です。個人向けの場合、30日単位で契約できる「自由プラン」と1年単位で契約できる「年間プラン」があり、用途に応じて「セーフティ」「レクリエーション」「エクスペディション」の3つのコースが用意されています(緊急通報は全プランで利用可能です)。料金は米ドル建てで、日本円換算した後に10%の消費税が加算されます
iPhone 14/14 Proの「衛星通信対応」によって、多くの人は衛星との通信確立といったハードウェアの観点から関心を寄せているが、Appleが訴求している「緊急通信」や「救助要請」といった利用場面では、ハードウェアと共に、運用体制を始めとするソフトウェアの観点も重要になる。両方がそろっていないと、本当の意味で使えるデバイスとはいえない。
この機能が日本でも利用できるようになれば、「携帯電話の圏外における緊急通報」がもっと身近なものになるかもしれない。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
命を救うためのデバイス 個人で使える遭難信号自動発信器「PLB」とは
海外では山でも使えるPLBが日本ではなぜ海限定なのか。その理由も明らかに。
「インマルサット」「イリジウム」で真冬の海からFacebookに入電せよ
「衛星電話なんて高くてでかくて使えません」というのは過去の話だ。いまや、アマチュア無線より簡単確実で意外と安い。そんな衛星携帯電話でSNSを使ってみた。
艇載ドローンで落水者を救え! ボートショー2018レポート
ボートショー2018の目玉展示をレポート
「C-MAP」と「Plan2Nav」で厳冬期の海を帆走れ!
データストレージと処理性能に制約があるAndroidデバイスでも高機能な電子海図と航法アプリを使いたい船長に朗報。iOS版で評判の“アレ”がAndroidで登場した!
iPhone 14が圏外でも衛星経由で通報、Appleが米企業に4.5億米ドル出資 11月下旬開始に向けインフラ整備
iPhone 14から衛星通信経由でSOS発信ができる機能。Appleは北米(米国とカナダ)で11月下旬から提供する。4億5000万米ドルを衛星関連のインフラ整備に投資する。



