トラフィック爆発、土管化の危機――課題山積の通信キャリア、エリクソンが示す解決策は
スマートフォンの急増に伴うトラフィックの爆発、ビジネスモデルの変化に伴う土管化の危機、新たな収益源につながるビジネスの開拓――。通信インフラを手がけるエリクソンは、山積する通信キャリアの課題に対してどのような支援策を用意しているのか。
モバイル市場は大きな変革の時期にさしかかっている。通信速度の高速化、端末の高度化、スマートフォンの台頭、クラウドの進展といったトレンドが新たなビジネスを生み出している。
その一方で、新たな課題も顕在化している。トラフィックの急激な増加によるオフロード対策や複雑化するネットワークの制御、土管化を避けるための新たなビジネスモデルの創出は、通信キャリアにとっての急務になっている。
社会が急速にネットワーク化に向かう中で、移動体通信のインフラを手がけるEricssonは、昨今のトレンドをどのようにとらえ、どんな対策を用意しているのか。エリクソン・ジャパンでチーフ・テクノロジー・オフィサーを務める藤岡雅宣氏に聞いた。
LTEの普及、カギを握るのはiPhone
――(聞き手:末岡洋子) まずは2012年度の国内モバイル市場のトレンド予測からお聞かせください。
藤岡雅宣氏(以下、藤岡氏) 国内では2010年末にLTEの商用サービスを開始したNTTドコモに続き、イー・モバイルやKDDI、ソフトバンクモバイルがサービスを開始する予定であり、いよいよLTEが本格的な普及期に入っていくでしょう。
端末については、アップルの次のiPhoneがLTEに対応するかどうかが注目されます。もしLTEに対応すれば、スマートフォンのLTE対応が一気に加速するでしょう。日本市場にどう影響するのかが興味深いところです。
―― 世界レベルでのLTE動向について教えてください。
藤岡氏 予想以上の速度で進んでおり、3Gよりも立ち上がりは早いですね。LTE全体の市場が堅調に成長していると実感しています。
その背景にあるのは、スマートフォン人気です。スマートフォンはネットワークのかなりのキャパシティを要求しますが、LTEは3Gに比べて周波数の利用効率が大幅に向上しています。LTEを導入することで、トラフィックの増加を吸収しようと期待する通信キャリアも多いでしょう。
地域別では米国での進展が顕著で、主要キャリアがすべてLTEを採用することになります。中でも、CDMA網を展開してきた通信キャリアのVerizon Wireless(2010年12月に開始)は、積極的にLTEエリアを拡大しています。MetroPCS、AT&TもLTEを開始しており、Sprintも2012年中には開始する予定です。
欧州では、Telia Soneraが世界で最初にLTEの商用サービスを始めており、ドイツやオーストリアでもサービスが始まっています。ただ、周波数帯割り当てなどの事情もあり、米国と比較すると遅いですね。
中国ではEricssonが深センで大規模なTD-LTEのフィールド実験を行っており、まもなくフェーズ2に入るところです。
TD-LTEは、インドで商用サービスがスタートし、(WiMAX事業者の)米ClearWireもTD-LTEを採用するなど、今後サービスが増えると思われます。
―― LTEが進展する中、LTE網で音声通話サービスを実現する「VoLTE」に対する関心が高まっています。
藤岡氏 VoLTEは2009年に「One Voice」としてスタートした技術で、仕様は完成しています。現在、3GPPのLTE、EPC、IMS、MMTel(MultiMedia Telephony)のプロファイリング段階にあり、2012年春からVerizonとMetroPCSがVoLTEベースの通話サービスを開始することになっています。
日本でVoLTEがどのような形で導入されるのかは、注目のポイントです。米国のVerizon WirelessやMetroPCSでは、端末側のデュアル無線を利用して、CDMA 2000 1xとVoLTEとの間でハンドオーバーしながら音声通話を提供する方式を採用しています。この方式はシンプルで導入しやすいのですが、端末側の消費電力が大きくなるというデメリットがあり、日本のユーザーがこれを受け入れるかどうかが難しいところです。
これに代わる方式として、シングル無線のSingle Radio VCC(Voice Call Continuity)方式がありますが、こちらは複雑な処理が必要となります。また、LTEのエリア展開を早めて、単純にシングルモードのVoLTEのみで対応する手もあります。
日本の通信キャリアがSingle Radio MMCにするのか、最初からシングルモードのVoLTEにするのか、近いうちにその分岐点がみえてくるでしょう。
急がれるトラフィック対策、Ericssonのアプローチは
―― 日本ではスマートフォンユーザーの急増に伴う通信障害が起こっています。このスマートフォンブームは通信インフラにどのようなインパクトを与えているのでしょうか。
藤岡氏 LTEインフラを設計した時に予測していたトレンドと、実際の展開が大きく変わってきたように思います。VoLTEはその一例です。当初、LTEの仕様はデータ通信のみを考えて設計されていましたが、LTEを採用するスマートフォンが増えてきたことから、音声対応も必要ということで出てきた動きです。
また、スマートフォンの急激な普及に伴うネットワーク側の対応は急務といえるでしょう。NTTドコモで起こった通信障害は、単なる音声やデータなどのトラフィックによるものではなく、制御信号の増加に対応できなかったことが原因でした。こうした事態への対応は、ドコモに限らず世界のキャリアにとっての課題です。
―― 現在、データのトラフィック対策は、Wi-Fiによるオフロードが主流ですが、Ericssonとしてはどのような技術を提供していくのでしょうか。
藤岡氏 まずは基地局を増やし、マクロ基地局の中にピコセルやマイクロセルなどの小型基地局でホットスポットをつくる“ヘットネット(ヘテロジニアスネットワーク)”ソリューションがあります。次がLTE化で、周波数の利用効率を上げます。その次がネットワークのキャパシティ増加のための基地局間協調送信技術(CoMP)の利用になります。このように、セルラー側を補強したのちに、Wi-Fiネットワークによるオフロードでさらに補完する――というのが、Ericsson提案です。
基地局側では今後、小型基地局を強化していきます。基地局にWi-Fiを統合し、1台でLTEとWi-Fiの両方を使えるようにしていくわけです。このようなソリューションが、今後トレンドになると見ています。
しかし、これらは対処療法的なものでしかありません。現在フォーカスしているのは、事前に対処するというアプローチです。障害やオーバーロードの検知に加え、ユーザー側の体感速度やアプリごとの状況を分析し、障害が起こる前に対応できるようなソリューションを提供する計画です。
それを実現するために、2011年6月にTelecordiaを買収しています。Telecordiaはオペレーションサポートシステム(OSS)、ビジネスサポートシステム(BSS)の技術を持つ企業で、プローブやディープパケットインスペクション(DPI)などの機能を利用して、混雑している基地局に対して、中で流れているパケットの種類などを調べ、原因を分析するのです。エンドユーザーが体感している実際のサービス品質が分かるという点で、これまでのソリューションよりさらに踏み込んだものとなるでしょう。
キャリアを“土管化”させないための支援策は
―― 通信キャリアには、トラフィック対策という課題がのしかかっているだけでなく、ビジネスモデルの面でも「土管(ダムパイプ)化」に危機感を募らせているようです。Ericssonは、キャリアの“脱土管化”を支援する「スマートパイプ」を提唱しています。
藤岡氏 パイプとして使ってもらいながら、アプリケーションの種類に応じたQoS設定を通じてネットワークを最適化したり、セキュリティに付加価値をつけるといった取り組みのことをスマートパイプと呼んでいます。さきほど述べたOSSやBSSも、その一部といえます。
例えば2011年に提携したAkamai Technologiesとは、モバイルクラウドアクセラレーター(MCA)というソリューションを提案していきます。ユーザー(ネットワークの利用者)ごと、または顧客(サービスプロバイダ)ごとに、特定のアプリを利用する際の遅延時間や品質を改善した“優先レーン”を設けるイメージです。通信キャリアは優先レーンの利用について、個人ユーザーに課金する手もありますし、サービスプロバイダに課金する手もあります。これもまた、新たな収益源の創出につなげられるでしょう。
スマートパイプのほかにも、通信キャリアが持つ利用者の位置情報や履歴を利用して、よりパーソナライズしたサービスを提供するようなアプローチも考えられるでしょう。また、通信キャリアが中心となってアプリストアを持つWAC(Wholesale Applications Community)などの動きもあります。
―― マシン間通信(M2M)も新たな収益源として期待されています。M2Mのトレンドについて教えてください。
藤岡氏 世界的には車、電子書籍リーダー、スマートメーターなどで利用されており、日本では自動販売機、デジタルサイネージ、デジタルフォトフレームなどで使われています。
今後のトレンドは2つあるでしょう。まず1つは搭載デバイスの拡大で、家電製品やデジタルカメラなどの身近なものに入ってくると見ています。
2つ目は、M2Mのモジュールを世界中どこでも使えるようにするというグローバル化です。現状では、例えばあるメーカーが中国に機材を納入した場合、日本からその機材の稼働状況を調べる場合は、中国の通信キャリアのネットワークをローミングで利用することになります。これをローミングではなく、地元キャリアのネットワークを直接使えるようにできないか――というところが注目されています。
こうした課題の解決に向け、SIMをソフトウェア的に書き換えて通信キャリアを変更できる「eSIM」(embedded SIM)という仕様の策定をGSMA(GSM Association)で話し合っています。ある国にSIMを差した機器を輸出すると、その国の通信キャリアのSIMに設定できるというもので、トライアルも始まっています。ただ、eSIMを導入すると、通信キャリアの変更が容易になってしまうので、なかなか通信キャリアの協力が得られないところが課題です。
―― 最後に日本市場での取り組みについて教えてください。国内ベンダーはもちろん、中国のHuaweiなどの台頭もめざましく、競争が激しくなっています。Ericssonはどこで強みを発揮できるのでしょうか。
藤岡氏 日本市場では、LTEが1つのカギになるでしょう。トラフィック対策では、OSS、BSSなどの新ソリューションをどこまで提供できるかです。
Ericssonの優位点は、基地局の提供だけでなく、運用管理までカバーするマネージドサービスを含め、広範な技術やソリューションを持っていることです。今後、トラフィックが増え、制御が複雑になってくればくるほど深い専門知識が必要になります。
私たちは研究開発に多額の投資をしており、トラフィック対策については新たにテストラボを設置してさまざまな分析を行っています。また、製品開発を通じて得られたフィードバックを標準化に上げ、よい標準を作っていくという好循環を持つことも強みになるでしょう。
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