第2回 課題も多いHTML5、それでも本格採用に踏み切る企業の思惑:なぜ今、HTML5なのか――モバイルビジネスに与えるインパクトを読み解く(2/2 ページ)
あらゆる分野で期待される技術でありながら、解決すべき課題も多いことからなかなか普及が進まないHTML5。しかし、いくつかの企業は本格的なサービスへの採用を始めている。これらの企業はどこにメリットを感じて本格採用を決めたのか。
次々と克服されるHTML5の諸問題
HTML5はビデオ・ゲーム産業にも導入されつつある。ゲームではソフトの操作性やスピードが重視されるだけに、アクションの少ない電子書籍に比べて、Webアプリ化への障壁は高い。それでも分野を限定すれば、HTML5によるWebアプリ化は既に始まっている。
例えば最近のゲーム業界は、かつてのドラゴンクエストやファイナルファンタジーのような大作ソフトから、スマートフォンなどモバイル端末上で動く手軽な「カジュアル・ゲーム(ソーシャル・ゲーム)」へと関心がシフトしている。
この種のゲームはこれまでAdobeのFlash技術を使って製作されることが多かった。それがこの1年ほどの間に、HTML5を使ってカジュアルゲームを開発する業者が目立って増えてきた。東京都内にあるソフト開発ベンチャー、ユビキタスエンターテインメント(UEI)もHTML5に軸足を移しているが、その理由を次のように語る。
「一言で言うと、開発現場からの声が非常に多い。当社には今、50人ほどのプログラマーがいるが、彼らにFlashでゲームを作らせるとストレスがたまる人が多い。『次(の開発プロジェクト)もFlashでやるなら転職したい』と言う人もいる」(UEIのゼネラルマネージャー、柿添尚弘氏)
HTML5には今、3Dグラフィックスを実現する「Web GL」をはじめ、ゲーム開発に便利な新機能が次々と取り入れられている。これに対しFlashにはそれほどの進化が見られないという。
「同じことをやるにも、Flash Lite(Flashのモバイル版)だと『職人技を駆使して』みたいなところがある。しかし今さら、そんなテクニックを磨いても先はない。『これからはHTML5の時代』というのは、当社のみならず開発者コミュニティの一致した見解だと思う」(柿添氏)
その一方でHTML5には、これまでゲーム開発における技術的な限界が指摘されてきた。すなわちスマートフォンでちょこっと遊ぶカジュアルゲーム程度のものなら作れるが、本格的なゲーム機の上で動くドラゴンクエストのような大作、あるいはMMORPGのような大規模オンラインゲームはHTML5ではできない。これは確かに事実だが、最近ではサーバー側の技術革新も相まって、HTML5で作れるゲームの水準も相当高くなっている。例えば「node.js」と呼ばれるサーバー側のJavaScript機能や、「Web Socket」と呼ばれるサーバー、ブラウザ間のリアルタイム通信機能を使えば、MMORPGほど本格的ではないが、疑似的な対戦型ゲームも構築できるようになった。
もちろん今でも問題は残されている。その一つは前述したブラウザの仕様分裂だ。これについてゲーム開発の現場担当者は次のように語る。
「今、(iPhoneの標準ブラウザ)Safari用にWebアプリを作ると、それは(Google製のブラウザ)Chrome上でも完璧に動く。しかし(Mozilla製のブラウザ)Firefoxで動かすためには、そこにちょっと手を加える必要がある。(別のブラウザである)Operaになると、もう2、3回は手を加えないといけない。さらに(古いバージョンの)I.E.になると、全く別のコード(プログラム)に書き換えないといけない」(UEIの企画セクションマネージャー、山崎祥氏)
本来、HTML5の最大の売りである「プラットフォームの互換性」に問題があるなら、一体何のためにHTML5を使うのか?
「そうは言っても、(HTML5を使えば)基本的には1つのコード(プログラム)で何とかなる。要するに異なる端末やプラットフォームごとに、違いを調整すればいいだけの話だ。個別にゼロからコードを書き始めるのとは、アプリ開発者の労力において比較にならないほどの差がある」(山崎氏)
HTML5で作られたWebアプリには、この他にも課題が残されている。前述の通り、SafariやAndroid付属ブラウザなどの主要ブラウザから、カメラやセンサーなど、モバイル端末に内蔵された各種部品を使うことができない、ということだ。実は、Opera Softwareの「Opera Mobile 12」やMozillaが先頃リリースした「Android向けFirefox」などでは、カメラなど端末の内蔵部品を操作できる。しかし市場に出回るスマートフォンの大半には、SafariやAndroid付属ブラウザが搭載されているため、上記のような競合他社によるブラウザの改良も事実上はユーザーの手の届かないところにある。
もっとも、これらの問題を解決するための開発用ツールが最近整備されつつある。例えば米Nitobe Software社が開発し、その後Adobeに買収された「PhoneGap」や、米Appcelerator社が開発した「Titanium」などがそれである。これらのツールは、アプリ開発者が一旦HTML5で書いたコードを、個々のプラットフォーム(OS)や端末に向けたネイティブコードへと変換してくれる。これによって互換性の問題が解決すると同時に、Webアプリでは使えないカメラやセンサーなどの内蔵部品も使えるようになる。
ボイジャーの関係者はHTML5が普及するのは、まさにこれからと見ている。前述の通り、W3CがHTML5の最終勧告(事実上の「標準化完了」宣言)をするのは早くても2014年であり、仕様の策定プロセスに若干の混乱が見られるのも事実だ。しかしHTML5の根幹をなす主要部分は、ほぼ標準化が完了し、最終勧告を待たずしてI.E.やSafari、Firefox、Chrome、Android付属ブラウザ、Operaなど主要ブラウザに実装されている。つまり現時点でも、HTML5は十分に利用可能な段階に達しているのだ。それが今後普及する上で必要となってくるのは、便利で使い易い開発ツールの登場である。
「HTML5を取り巻く今の状況は、ちょうどWebが普及し始めた1996、7年に似ていると思う。当時、(ホームページを記述するための)各種タグは整備されてはいたものの、それらのタグを使って正確にホームページを書き切るのは正直難しかった。が、やがて(Adobeの)Dreamweaverのようにホームページ制作を支援する便利なツールが登場したことで、クリエーターがタグ(技術)を意識することなく、表現だけに集中できるようになった。ちょうと今のHTML5も当時と同じ状況にあり、その種の簡単に使える制作ツールが出始めれば、急速に普及するのではないか」(ボイジャー取締役の鎌田氏)
(連載第3回に続く)
小林雅一氏プロフィール
KDDIリサーチフェロー。東京大学大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学しマスコミ論を専攻(東大、ボストン大とも最終学歴は修士号取得)。ニューヨークで新聞社勤務後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとったあと現職。著書は「神々の『Web3.0』」(光文社ペーパーバックス)、「モバイル・コンピューティング」(PHP研究所)、「Web進化 最終形『HTML5』が世界を変える」(朝日新書)、「日本企業復活へのHTML5戦略」(光文社)など。
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