エンタープライズ:コラム 2003/07/08 23:26:00 更新


Gartner Column:第100回 もう一つのソフトウェア訴訟

訴訟というとSCOを思い浮かべるかもしれないが、先ごろ、カシオがソーテックを訴えている。知的財産権が権利者側に有利になっていくのは世界的なすう勢で、ユーザー企業は自己防衛手段を考えるべきだ。

 今、ソフトウェア関連訴訟というとSCOによる対IBM訴訟や、J.D. Edwardsの対Oracle訴訟を思い浮かべるかもしれないが、今回は、あまりメディアで騒がれることもなかったカシオの対ソーテック訴訟について考えてみよう。

 この訴訟の争点になっているカシオの「マルチウインドウの表示に関する」特許とはマルチウインドウの整列方法に関するもので、要するにWindowsのタスクバーで「重ねて表示」を選択してウインドウを斜めに整列させるというのと同じである。カシオはこの特許に基づき、この機能を持つWindowsを搭載したPCを販売しているソーテックを訴えたわけである。ここまで書いたところで、一部の読者の方の頭の中には大量の疑問符が浮かんでいるのではないだろうか?

 「こんな当たり前の物が特許になるのか?」

 言うまでもなく、特許とは有用な新発明をしたパイオニアに対して与えられる権利である。一般に知られている発明やだれでも思いつくような発明には特許は与えられない。

 しかし、このカシオの特許が出願されたのは1986年2月15日のことである。1986年というと、Macintoshが世に出て2年ほどであり、Windowsはまだ1.0で、画面を区切るだけのタイリングウインドウを使っている時代であった。当時において、カシオの特許が当たり前であったかというとそうは言えない。

 過去に取得された特許の多くは今の視点で見れば当たり前のものである。コロンブスの卵のようなもので、言われてみれば大したことはないが、言われるまでは思いつかない発明というのは多いのである。その意味では、このタイミングで日本においてこの発明を特許化できたカシオの功績は認められるべきかもしれない。

 「なぜ、カシオは敗訴したのか?」

 裁判中において、1986年1月16日に米国で販売開始されたMacintosh用ソフトであるFULLPAINTが同種の機能を使用していたことが判明し、カシオの特許は無効になってしまう(なんと、わずか1カ月遅れということである)。要するに、1986年当時の特許庁審査官の調査漏れということである(インターネットもごく一部でしか使用されていなかった当時の技術水準でこの種の特許を完璧にチェックしろというのも無理な話であっただろう)。

 特許権とは強力な権利であるが、必ずしも100%確実なものではなく、裁判などにより無効と判断されてしまうこともある(ICの基本特許といわれていたキルビー特許を思い出す人もいるだろう)。

 「なぜ、ソーテックなのか?」

 特許法上は、特許権の侵害品を販売する者も訴えることができる。ゆえに、Windows搭載のパソコンを販売するソーテックをカシオが訴えることは法律的には間違っていない。特許権はかくも強力な権利なのである。

 本当に自社の特許に自信があるのならば、マイクロソフトを訴えればよいではないかという疑問は当然生じるだろう。ソーテックというあまり法務機能が強くないであろう企業を訴えることで、うまく和解に持ち込もうとしたと思われてもしょうがないだろう。違法ではないが、道義上はぎりぎりの線というところではないだろうか?

 「このような事件は今後も増えるのか?」

 確実に増えていくだろう。なぜならば、特許をはじめとする知的財産権が権利者側に有利になっていくのは、世界的なすう勢だからである。自社の特許を武器として使用する企業はますます増えていくだろう。

 これはあるべき姿なのだろうか? 当然のことながら知的財産権は企業の武器であり、この武器を最大限に使って競合優位性を獲得するのは間違ってはいない(実際、キヤノンなどの大企業がこのような戦略を全面的に打ち出している)。

 ただし、私見を言わせていただければ、ソフトウェアに関して、現在の特許制度が本当に最適な制度なのかは再検討すべきだろう。特に基本アルゴリズムや画面の表示方法に特許が認められてしまうと、権利が強力になりすぎるきらいがある。

 また、特許の権利期間の20年というの長すぎる。もともとは権利者の利益と公共の利益のバランスを取るために期間が限定されたわけだが、いかんせん20年という期間はソフトウェアの世界ではほぼ永遠と言ってもいい期間である。しかし、今後、この期間が短くなるという可能性はほぼないであろう。前述のように、知的財産法は権利者側に有利になる方へと動いているからである。

 「ユーザーは何をすればいいのか?」

 ユーザーにとってのソフトウェア知的財産権侵害のリスクが高まっていくのは確実であるが、この問題に対してユーザーの立場から直接できることはあまりない。基本的にはベンダーのサポートについて確認することが重要となるだろう。

 ちなみに、最近、マイクロソフトはソフトウェアのユーザー契約の内容を変更し、ユーザーが同社の製品を使うことで知的財産権に関する損害が発生した場合には、無制限で保証するという条項を加えた。長年のユーザーからの要望に答えたものであるというが、このタイミングで発表すると「やはりSCOの裏にはマイクロソフトが!?」とあらぬ疑いをかけられてしまうので、あまり大々的には発表してはいないようである。

 今後は、たとえオープンソースソフトウェアを使用する場合であっても、知的財産権に関する責任は供給元のベンダーに委ねる(そして、その保険料も含めた形でサポート料金を支払う)という形態が一般化していくのではないだろうか。

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[栗原 潔,ガートナージャパン]